第9話 暴露された秘密
私は早速、マデリーンからの手紙を開封した。便せんは二枚。最初の一枚には、私の懐妊を祝う言葉が綴られていた。
「……ありきたりの文面ね。安産を願う言葉やお祝いばかり。皮肉や悪口がひとつもないなんて、どういう風の吹き回しかしら? まるで別人だわ。何か悪い物でも口にしたのかしら?」
サロンでアレクサンダー様と紅茶を嗜んでいたので、その言葉を耳にした彼がクスクスと笑った。
「姉の懐妊を祝う手紙なんて、ごく当たり前のことだろう。だが、マデリーン嬢が書くと不思議に思えてしまうのか……面白いな」
「えぇ。だってマデリーンはいつも必ず嫌味や悪口を忘れない妹でしたから。こんなに素直な手紙を送ってくるなんてありえません。それに、最後には思い出話まで書いてあって……」
「思い出話? どんなことが書いてあったんだい?」
「……オレンジンの果汁で遊んでいた頃が懐かしい、とありましたの。もう随分昔のことですのに、今になってなぜそんなことを持ち出すのかしら。しかも二枚目の便せんは白紙で……あっ、ひょっとすると」
「あぁ、なるほど。二枚目を火にかざして読め、ということかもしれないな。だが、どうして今さらそんな遊びを持ち出すんだろう……やはり、マデリーン嬢は変わった人だね」
私はアレクサンダー様に頷き、二枚目の手紙を火にかざした。どうせ、うんざりするような悪口が並んでいるのだろう――そう身構えていたのに。
そこに浮かび上がったのは、王太子殿下から魔道具をつけられ、言葉を発することができなくなったという告白だった。さらに、彼が怒りやすく、癇癪を起こしては暴力を振るうことも記されていた。
(だから、オレンジンの果汁で書いたのね。手紙を王太子殿下にチェックされている可能性も考えたのだわ)
思わずかわいそうにと胸が痛んだが……次に目に入った一文で、やはり変わらない妹だと呆れるしかなかった。
「『私が、お姉様の代わりに不幸になってあげたのだから、助けるのは当然よ』ですって。いったいどうすれば、そんな思考回路になるのかしら?」
「うーん……やはり、マデリーン嬢は常識から外れているな。それに、その程度の訴えでは、助けるのは難しいだろう。なにしろ他国の王太子の話だ。妃が軽率に発言を繰り返すからという理由で、言葉を封じる魔道具をつけたとしても、『外交上王族の威信を守るため』と言われてしまえば反論の余地はない。暴力の件も、夫婦間の問題に外から口を出すのは難しいからね」
「待って……まだ続きがあるわ。……嘘でしょう? こんなことって……アレクサンダー様、落ち着いて聞いてください。魔道具をつけられた理由は、秘密を漏らせないようにするため、と書いてあります。その秘密というのは……皇室の血を引く公爵家の嫡男ハリスン卿――捕虜だった彼を、王太子殿下と近衛兵たちが制裁と称して、キングスリー教会の地下で死に至らしめたからだと……」
「ハリスン? ブルゴーニュ公爵家のハリスンのことか? 彼は戦場で命を落としたはずだ。遺品も一つとして戻ってこなかったし、遺体すら返されなかった。損傷が酷かったのだろう。高価な家紋入りの指輪やペンダントを身につけていたはずだが、戦場では盗みが横行する。戻らなくても不思議ではない……叔父上は号泣されていたが、勇敢に戦ったのなら国の誉れだと自らを納得させていた」
「……マデリーンは虚言癖があるけれど、こればかりは嘘に思えないです。でも、証拠はきっと王太子殿下が隠滅しているでしょうし……どうしたらよいでしょう?」
「バントック帝国の密偵を動かそう。王太子とその側近を徹底的に洗わせる」
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ここまでお読みくださり、ありがとうございます! 次のお話は、王太子の末路の予定です。
※オレンジン:異世界の果物で、現実のオレンジとは別物です。火であぶらないと決して読めないし、便せんも汚れないという設定です。異世界仕様だと受け止めていただけると嬉しいです(^^)




