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番外編 ウィリアムの物語 その7



その話を聞いたジルは泣き出しそうな顔になって、すぐに自分は屋敷を退去すると言い出した。


「まぁ、ジルならそう言うだろうと思ったけど・・・」


ドミニクが溜息をつく。


「だって!私がここに来たせいで、皆さんに大変なご迷惑がかかってしまいました。本当にごめんなさい。今すぐ帰ります。そうすれば、マーガレット様もここに居る理由がなくなって・・・」


ずっと俯いて考え込んでいたスズが首を横に振った。


「ううん。ジル、しばらくこの屋敷に居た方がいいと思う。今一人になると危険・・な気がする。ここに居れば、私たちがずっと傍にいて守ってあげられるから」


姉のスズから後光が見えるようだった。姉、グッジョブ!


でも・・・気になる台詞が含まれている。


「危険って・・・?」


僕の問いにスズは呆れたように肩をすくめた。


「ウィリアム。あのね、私はああいう令嬢をこれまで何人も見てきたの。マーガレットはウィリアムが好きなのよ。だから、邪魔なジルを排除したい。ああいうタイプの令嬢はね、悪人を雇って邪魔な恋敵を誘拐させて襲わせるようなことを平気でするのよ。知らないの?」


え!?まさかそこまで?!


僕が衝撃を受けていると、ドミニクも


「ウィルは・・・まぁ、世間知らずで坊ちゃん育ちだからなぁ」


と追い打ちをかける。


どうせ、僕は世間知らずの坊ちゃんだよ・・・。


とズーンと落ち込んでいたが、


「ウィリアム様はとても純真なんです!令嬢達の手練手管や底意地の悪さなんて、想像も出来ないくらいお人好しなんです!私はそういうウィリアム様もとても素敵だと思います!」


とジルが力説してくれたおかげで、僕は立ち直った。


スズとドミニクはニヤニヤと僕達に生暖かい視線を送って来る。


「な、なんだよ・・・」


ああ、居心地が悪い。


でも・・・ジルも言ってしまってから照れたようで、その姿も可愛い。


「ジル。スズもああ言っているし、もう少しこの屋敷に滞在してくれないか?僕も君が近くに居てくれた方が安心できるから。僕も君を守るよ」


僕の言葉に赤くなって頷くジルは・・・筆舌に尽くしがたい愛らしさだった。



****


屋敷に滞在するようになったマーガレットは、僕にベタベタ纏わりついてこようとしたが、家族たちに何かと邪魔されて、二人きりにならないで済んでいる。家族、グッジョブ!


特に母さんは内心怒っているのかもしれない。


剣術の訓練は激しさを増し、マーガレットは屍のように横たわり息も絶え絶えになっていた。この様子だと、もう剣術の稽古がしたいなんて言わないと思う。


それにしても、ジルの方がもっとキツイ訓練を受けているのに、ケロリとしている。やっぱり体力がついて、実力も上がってきているようだ。


翌日からマーガレットは剣術のことには触れなくなった。かといって帰る様子もない。


やっぱり、マーガレットは僕狙いなのか?


でも、ジェラールにも近づいては媚び媚びしているので、結局顔と家柄が良ければそれでいいんだろうな、と感じるけど。


どうして僕は、マーガレットは他の令嬢とは違うなんて思ったんだろう?


僕はやっぱり世間知らずの坊ちゃんだな、と軽く落ち込む。


たまたま通りかかったジルが僕の顔を覗き込んで


「また、変なことを考えているでしょう?ウィリアム様はもっと自信を持って下さい。人を疑わない純真な心はそれだけで価値があるものですよ。私は尊敬します」


とくれる言葉が嬉しくて、また目頭が熱くなった。


ジルは僕が欲しい言葉を欲しいタイミングでくれる天才だ。


ジルと・・・もっと親しくなりたいな。


「ジル・・。あの・・さ。明日二人で遠乗りに行かないか?」


とダメモトで誘ってみた。


「え!?いいんですか?でも・・私、実は馬に乗れなくて・・」


「大丈夫。僕と一緒に乗ればいいよ。それに近所の森なら15分程度で行けるから、そんなに遠くではないし」


「じゃあ、お言葉に甘えて・・・あの・・・ありがとうございます。嬉しいです」


はにかむジルの表情を脳裏にしっかりと焼き付けて、僕は浮足立ったまま部屋に戻った。



****


翌日、僕は朝から張り切っていた。


母さんは既に僕達が遠乗りに行くことを知っていて、軽食や飲み物の入ったバスケットを用意してくれていた。


スズからも


「楽しんできてね。馬の上は冷えるかもしれないから、これ持って行って」


とジルのためにストールを渡された。


光沢があるシンプルなアイボリーのストールで、表面が微かに発光しているように見える。ジルに似合いそうだ。


ドミニクやジェラールはただニヤニヤしているだけだが、目が口ほどにものを言っているようで、やっぱり居心地が悪い。


マーガレットも僕とジルが遠乗りに出るのを知っているようだったが、何も言わずに黙々と朝食を取っていた。



****


真っ蒼な空の下で馬の遠乗りはとても気持ちいい。特にジルと馬に二人乗りしているので、ジルが至近距離にいるということで僕は正直浮かれていた。


僕の顔のすぐ前にジルの頭があり、髪からほんのりと爽やかな石鹸の香がする。


その時


「見て!鹿が走って行ったわ!」


と興奮した口調でジルが振り向き、その弾みで彼女の額が僕の唇をかすめた。


ジルは真っ赤になって、額を手で押さえている。


「あ、ご、ごめん・・・」


「いえ、私が悪かったんです。急に振り返ったから・・・。ごめんなさい」


気まずい沈黙の中、僕達の乗る馬はカツカツと軽快な蹄の音を立てて進んで行く。


僕なんかの唇が額に当たって・・・嫌だったのかな・・。


不安が募ったが、その後ジルは気にした様子もなく普段通りに喋ってくれたので、ほっとした。


森の中の小高い丘まで到着したので、そこで休憩して軽食を取ることにした。母さんが美味しそうな焼き菓子やパイを沢山用意してくれたらしい。


「オデット様はお料理も素晴らしくお上手でいらっしゃいますよね。本当に万能でいらっしゃる」


ジルがミートパイを頬張りながら呟いた。


「そうだね。ただ、母さんの場合は努力して何でも出来るようになった、という方が正確かな」


と言うと、ジルが躊躇いがちに


「ウィリアム様が恋人を作らないのは、やはりお母さまのような方を探していらっしゃるからですか?」


と尋ねた。


思いがけない質問に僕はカチーンと固まってしまった。


母さんのような女性を探している訳ではない、と思う。


ただ、母さんが父さんを愛するように、打算でなく愛してくれる女性を探している、とは言えるかもしれない。


これは・・・どう答えるのが正解なのか?


でも、ジルは母さんのように努力家で、全てのことに全力で取り組んでいる。


そういうところも大好きだ。


自分の気持ちをどう表現していいか分からず、僕が答えられずにいるとジルが言葉を続けた。


「・・・オデット様のような女性に巡り合うのは不可能な気がします・・・」


「いや、そんなことないんじゃないかな?現に目の前にいるし・・・」


つい本音が出てしまった。


ジルは最初意味が分からなかったのだろう。ポカンとしていたが、徐々に頬が紅潮して赤くなってきた。


僕も思いがけなく告白みたいなことになってしまい、どうしようと内心焦って混乱していた。


でも、ここまで言ってしまったら、きちんと伝えよう。


僕は正面からジルを見つめた。


「ジル。僕は君が好きだ。どうか僕と結婚を前提に付き合ってくれないか?」


こんな時まで定型文のような告白しか出来ない自分が情けないが、これが僕の正直な気持ちだ。


ジルは信じられない、という顔で呆然としている。


「勿論、返事は急がないから。ゆっくり考えてみてくれるかい?君には他に好きな人がいるかもしれないし・・・」


「・・・他に好きな人?」


「あ、いや・・・ごめん。君はダミアンが好きなのかもしれないと思ったから・・・」


「は!?」


ジルの口が大きなO字を描いた。その顔が純粋に驚いていて、それに僕も驚いた。


「え?違うの?!」


「違います!」


とジルが言い募る。


「あの、ダミアン様はとても尊敬しています。私を養子にして、後見人にもなって下さいました。ダミアン様のおかげで、魔法学院で勉強することも出来るようになったんです。心から感謝していますし、いつか必ず恩返しするつもりです。でも・・・それは恋心とは違うと思うので・・・」


それを聞いて、僕は心の底から安堵した。


「じゃあ、僕とのこと考えてもらえる?」


しかし、期待に反して彼女は首を横に振った。


「平民で、しかも孤児の私とウィリアム様では身分差がありすぎます。住む世界が違うとずっと感じていました。私のせいでウィリアム様の経歴に傷がつくのは嫌です。それにご家族の皆さんにもご迷惑をお掛けしてしまうでしょう。だから・・・」


「身分差なんて関係ないよ!前も言ったけど、僕の父は平民だった。僕の家族は身分なんて気にする人達じゃないのは分かっているだろう?」


「それは・・・確かに、私みたいな者にも分け隔てなく優しくして下さいました。本当に素晴らしい方々です。それでも・・・やはり素性の知れない私がウィリアム様とお付き合いとなると・・・良い気分はしないのではないでしょうか?」


僕は頭を掻きむしりたくなった。僕が聞きたいのはそんなことじゃない。


「僕は!ジルの気持ちが聞きたい。僕のことをどう思ってるの?」


「ウィリアム様のこと・・・」


ジルの顔が突如として完熟トマトのように真っ赤になった。首や耳まで火照ったように赤くなっている。


「そりゃ・・・ウィリアム様は誰もが憧れる男性です。優しいし、頼れるし、心から尊敬できる方です。それに・・・」


「それに?」


ジルは顔を真っ赤にして俯きながら、小さな声で


「可愛いし・・・」


と呟いた。


男が『可愛い』と言われて、喜んでいいのか、情けないと嘆くべきか迷ったけれども、ジルは好意的な意味で言っていたような気がするから、僕は肯定的に受け取ることに決めた。


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