番外編 ウィリアムの物語 その6
ジルはすぐに家族に馴染み、彼女の明るい笑い声がしょっちゅう聞こえるようになった。
特に母さんとスズの三人で気が合っているようだ。
そうは言っても、剣術の稽古になると母さんは人格が変わるから、ジルが圧倒されて怖い思いをするんじゃないかと思ったけど、ジルは厳しい稽古に必死でくらいついている。泣き言も言わずに頑張っている健気な姿から、僕は目を離すことが出来なかった。
妊娠中も運動は必要だと主張するスズが、一緒になって剣術をしているのが心配でならないらしいフランソワと並んで彼女たちの稽古を見学していると、ジェラールにポンと肩を叩かれた。
「観てるだけじゃなくて。やるでしょ?」
とウインクするジェラールとドミニクと僕の三つ巴で剣技の演習を始めたら、フランソワも仲間に加わり、更には仕事の休憩中らしい父さんまでもが入って来た。
気が付くと家族と客人全員が必死で剣を振り回すという異常事態になっており、終わった時には「いい汗かいたなぁ」という変な連帯感というか充実感が生じていた。
ジルは母さんたちと剣術の稽古をするだけでなく一緒に料理をしたり、お菓子を作ったり、とても楽しそうに過ごしていた。
「こんなに幸せな思いをするのは生まれて初めてです。私には家族と呼べる人がいないので。剣術もとても勉強になります。誘って下さって本当にありがとうございました。いつか必ず恩返し致しますね」
律儀に頭を下げるジルに、
「そ、そんなの気にしないで。僕達もジルが来てくれて嬉しいから」
とあたふたすることしか出来ない情けない僕だった。
こんな時にカッコいい口説き文句でも出てくればいいのに・・・。はぁ。
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そして、あっという間にジルが帰る日が来てしまった。母さんとスズが必死に滞在を延長するようジルにお願いしている。二人ともグッジョブ!
ジルは迷っていたが、母さんがダミアンに連絡してOKが出たというと、ジルは躊躇いながらも滞在を数日間延長すると言ってくれた。
遠慮がちなジルだが、嬉しそうな表情も見え隠れして、僕も『やった!』という感情を隠し切れない。
よし、この機会にもっとジルとの仲を縮めよう、と思っていた矢先に思いがけない人物が現れた。
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その日、マルタン伯爵家を訪れたのはシャルル・マクロン侯爵とその令嬢だった。
その令嬢とはマーガレット。つまり、マーガレットと彼女の父君が突然屋敷にやって来たのだ。
「あぁ!ウィル。会いたかったわ!」
とマーガレットが僕に抱きついてきた。父親のマクロン侯爵はうんうんと満足げに頷いている。
対照的に父さんと母さんは厳しい顔つきで
「侯爵直々にお越し頂くなんて、どのような緊急のご用件でしょうか?」
と尋ねている。
ひとまず、客間に侯爵と護衛らを案内している間に、マーガレットは僕とドミニクの間に入り込んで
「友達同士で積もる話もあるから~」
と自分の父親に手を振った。
ドミニクは彼女に聞こえないように
「・・・俺は何も言ってないぜ」
小声で僕の耳に囁く。
分かっている。ドミニクは信頼しているし、慎重な男だ。彼に目配せして頷くと、安堵した顔つきになった。
「マーガレット。突然で驚いたよ。いきなり連絡もなく父親連れでクラスメートの屋敷に押しかけるなんて、礼を失しているようにも見えるが・・・」
ドミニクの言葉に僕は内心『その通り』と頷いた。
ただ、直接は言いにくい・・・。
マクロン侯爵は最近王宮で力をつけてきているという噂を聞いた。当然ながら侯爵位は伯爵よりも上だし、父さんに迷惑を掛けたくない。
事なかれ主義だと自分でも情けなくなるが、表立ってマーガレットを非難するのは得策とは思えなかった。
僕は曖昧な態度のままマーガレットに
「何か用事でもあった?」
と聞いてみる。
「あら、だって。ジル・フォーレさんとドミニクが休暇中にウィルの屋敷に滞在するって聞いたから。私だけ仲間外れにするなんてずるいわ」
「なんで、ジルとドミニクが滞在しているのを知っているんだ?」
「あら~。王宮に行ったらダミアン様に偶然会ってね。オデット様がわざわざ休暇を取って、フォーレさんに剣術を教えるって聞いたの。オデット様は才色兼備で剣術や体術にも優れていらっしゃるから、私にも是非ご教示をお願い出来たらな、と思って」
「母さんは僕の休暇とスズたちの帰省に合わせて休暇を取ったんだ。わざわざジルに剣術を教えるために休暇を取ったんじゃない。それに、君は剣術なんて全く興味がなかっただろう?なんでいきなり剣術を習いたいなんて言い出すんだ?家族の休暇中なんだから邪魔しないでくれよ」
という言葉を聞いてマーガレットの両目にみるみる涙が盛り上がった。
しまった・・・つい本音が・・・。
「ひ、ひどいわ・・・。そんな言い方しなくても。それに・・・だったらフォーレさんは何なの?彼女だって家族の休暇を邪魔しているんじゃなくって?彼女には剣術を教えて、私には教えてくれないなんてずるいじゃない!」
と泣きだした。
・・・・・はぁ。やっぱり。結局マーガレットも他の令嬢達と同じだったんだな。
僕は大きな溜息が出るのを我慢できなかった。
僕の溜息を聞いて、彼女の泣き声が益々大きくなる。
悪いことに彼女の泣き声が聞こえたのか、マクロン侯爵が客間から飛び出してきて
「どうした!?マーガレット?何があったんだ?」
と狼狽している。
涙ながらに訴えるマーガレットの言葉を聞いて怒った侯爵の顔が真っ赤になり、鬼のような形相になる。ああ、悪い意味で親バカタイプの父親なんだな・・・。
何事かと後をついてきた父さんと母さんに向かって
「伯爵!これはどういうことかな?同じクラスメートなのに、一人には剣術を教えて、うちの娘には剣術を教えられないというのですか?これは深刻な差別の問題になりますな!」
と怒鳴りつけた。
父さんは全く表情を変えずに
「差別というか、好き嫌いの問題ですね。好感が持てる息子の友達に対して、お宅のお嬢さんには全く好感が持てません。そもそも息子はお嬢さんを招待したいなんて一度も言ったことがない。しかも、剣術が出来るような基礎もなさそうだ。なぜ、妻がわざわざ貴重な休暇の時間を割い・・・」
と言い終わらない内に、母さんが父さんの口を手で塞いで
「あ、あの!マクロン侯爵。もしお嬢様さえ宜しければ、拙宅に滞在して頂いて、私が喜んで剣術を指導させて頂きますわ。ただ、私の指導は厳しいと有名なので、お嬢様について来られるか分かりませんけれど・・・」
父さんの言葉を聞いて逆上しかかったマクロン侯爵は、母さんの必死のとりなしに渋々と頷いた。
「そうですか。では、娘を宜しくお願いします」
そう言い放って、マクロン侯爵は意気揚々と帰って行った。




