番外編 ウィリアムの物語 その5
休暇が始まるとすぐにドミニクがやってきた。休暇中ずっとうちに滞在する予定だ。
うちの家族は全員ドミニクを気に入っているので
「どうせなら休暇中ずっと滞在すればいいのに」
と母さんが言い、奴が
「いや~!いいんですか?嬉しいなぁ」
と思いっきり乗っかった結果だ。
ジェラールもドミニクと仲が良いので、三人でバカな話をしたり、剣術の稽古をしたり、毎日楽しく過ごすことが出来る。
その後スズとフランソワも合流して、とても賑やかになった。
久しぶりに会う姉はすっかり落ち着いて、穏やかな雰囲気の人妻になっていた。元々闊達な美少女だったが、今ではすっかり大人びた美女になっていて、隣のフランソワが自分の妻から目が離せないという顔でずっとスズに見惚れている。
驚くことにスズは妊娠していて、出産するまで屋敷に滞在する予定だと言う。
父さんは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、母さんは歓喜に打ち震え、早速赤子のための準備を始めると高らかに宣言した。
赤ちゃんか・・・・。スズが母親になるなんて想像できなかったな・・・。
「そういえば、スズとフランソワは冒険者を止めて戻って来るの?そしたら、フランソワがモロー公爵家を継ぐ方がいいよね?」
と僕が尋ねると、フランソワは首を横に振った。
「俺は自分から家を捨てた身だ。そんな厚かましいことは考えていないよ。ウィリアムの方が適任だと思う。それに俺はポーションマスターとしてどこでも仕事は出来るから」
「でも・・・」
と言いかけると、母さんが
「まあまあ、久しぶりに家族が揃ったんだから、そんな話は止めましょう。後でお祖父さまに相談して御覧なさい」
とパンパンと手を叩いた。
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気の置けない友人や家族と一緒に過ごせる休暇は楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。
そして、ジルが滞在する日がやって来た。
滞在期間は結局三泊四日ということで落ち着いたが、ジルは最後まで
「そんな図々しい・・・」とか
「オデット様に遠慮のない子と思われたら・・・」
と心配し続けていた。
母さんは僕が初めて女友達を家に連れて来るということで、大興奮だ。なんなら1週間でも2週間でも滞在して欲しいと言っている。
「えええ!ウィリアムが女の子を連れて来るの?!」
と一番衝撃を受けていたのはスズで、落ち着いた後は好奇心丸出しでジルを迎えるのを楽しみにしている。
別に恋人を連れて来ると言った訳でもあるまいし、何故そんなに興奮しているのかが全く理解できない。
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その日、ジルはダミアンと一緒に伯爵邸にやって来た。
ダミアンは保護者として挨拶だけしに来た、と満面の笑みで母さんに手土産を渡している。
悔しいけど、ダミアンは年齢を重ねても男としての色気がダダ洩れのイケオジだ。
父さんは目で射殺しそうな勢いでダミアンを睨みつけているが、ダミアンは慣れたもので全くビクともしない。
平気で母さんに
「オデット、普段着のオデットもまた魅力的だね。最近ますます綺麗になった」
なんてお世辞まで言っている。
父さんの眉間の皺が益々深くなった。
「ダミアンはホント口が巧いわね」
なんて母さんは冗談にしているけど、ダミアンは結構本気で言っているような気がする。
「君が貴族なんて今でも信じられないよ。オデットは俺が今まで会った誰よりも素晴らしい女性だ。貴族と平民なんて敵同士みたいなものだからね。でも、君のおかげで多少は貴族アレルギーが軽減された」
「多少はお役に立てたみたいで嬉しいわ」
と母さんはクスクス笑っている。
そんな笑顔を見るダミアンの眼差しはとても切なそうだ。
二人の様子をじっと見つめていたジルが肩を落として俯いた。
その様子がとても悲しそうに見えて、やっぱりジルはダミアンのことが好きなんだ、と確信した。
僕は悔しくてダミアンの胸倉を掴んで詰ってやりたくなった。
こんな・・こんな真面目で優秀で性格も良くて可愛い子がお前のこと好きなんだよ!!!
いつまでも人妻のことなんて引きずってんじゃねえ!!!
と怒鳴りつけ・・・るのは、もちろん脳内の中だけにした。
僕が顔を上げるとフランソワとバチっと目が合う。
ダミアンの切ない想いを母さんは全く、これっぽっちも気づいていない。
多分、スズやジェラールも気づいていないだろう。どちらも脳筋タイプだ。
父さんは、母さんに気のある男については信じられないほど鋭いが、他はそうでもない。
うちの家族は恋愛に関してはかなり鈍感な方だと思う。
その中でフランソワは・・・なんだかんだ言って、人の感情の機微に鋭い。
彼自身の昔の片思い歴がそうさせるのかもしれない。
フランソワが僕の顔を見て、少し表情を変えた。
『何か面白いものを見つけたぞ』
という顔つきを見て、嫌な予感しかしない。どうか余計なことは言わないでくれ!という内心を読んだのか分からないが、フランソワは何も言わず、会話も和やかに過ぎていった。
ジルはスズやジェラール、ドミニクと一緒に楽しそうに談笑している。母さんが羨ましそうにそちらを眺めているが、父さんが母さんにピッタリとくっついて離れないので、会話に加わることが出来ないようだ。
『ジルが楽しそうで良かった』
俺はこっそりと安堵の溜息をついた。
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ジルに滞在してもらう部屋を案内すると
「こんな立派な部屋を一人で丸々使ってもいいんですか?」
と感嘆したような声をあげた。
「お客様用の部屋だから、どうか遠慮しないで使って。必要なものは用意されていると思うけど、足りないものがあったら言って欲しい」
彼女の旅行鞄を置きながらそう言うと、ジルは目をキラキラさせて
「ありがとうございます!」
と深くお辞儀をした。
「ウィリアム様のご家族は皆さん、とても素敵ですね。オデット様はもちろんだけど、リュカ様もスズもジェラールも、優しくて面白くて・・・。とっても憧れます!こんな素晴らしい家族がいるなんて羨ましいです!」
こんな風に興奮して手放しで褒めるジルは見たことがない。頬を赤くして握り拳で力説するジルは内心悶えてしまうほど可愛い・・・。
確かに僕の家族は素晴らしいと思う。僕にとっても自慢の家族だ。
・・・でも、それは僕の凡庸さが際立つ部分でもある。家族は素晴らしいのに、僕には誇れる取り柄がない。僕の自慢は家族と肩書きだけって・・・。ちょっと情けないよな。
そんなことを考えていたら少し暗い顔つきになってしまったんだと思う。
ジルが怪訝そうに僕の顔を覗き込んできた。思わぬ至近距離に心臓がドキドキする。
「ウィリアム様。どうしました?私、何か変なこと言ったかしら?」
「・・・いや、家族を褒めてくれて、とても嬉しいよ。自慢の家族なんだ。でも、俺自身には何の取り柄もないから、ちょっと情けないな、って」
「何を言っているのですか?ウィリアム様はうちの学校でも女子人気ナンバー1の超優良株って言われているのですよ?」
それを聞いて、僕は益々虚しくなった。
「ははっ・・」と、自嘲しながら
「それは僕が公爵家の次期当主になるからで、僕自身に魅力がある訳じゃないよ。父さんのおかげで、多少は容姿で褒められたことはあるけど、僕自身の努力の結果ではない。父さんや母さんみたいに苦労したこともないし、スズみたいに将来の夢も持っていない」
と呟いた。
ジルは驚いたように僕をまじまじと見つめると、
「それだけ恵まれた環境にあるのに、奢らずに剣術でも勉強でも頑張っているウィリアム様は立派だと思います。高位貴族というだけで、努力もせず傲慢で鼻持ちならない男性を沢山見たことがあります。ウィリアム様は謙虚で、努力家で家族思いの優しい方です。私は中身もとても魅力的な男性だと思いますよ」
と言ってくれた。
思いがけない言葉に僕の目頭が熱くなった。まずい、ちょっと泣きそうだ。
僕はこの子が好きなのかもしれない、と初めて自覚したのはこの時だった。
そして、ダミアンの顔が思い浮かんだ。
ジルが好きなのはやっぱりダミアンなんだろうか・・・?




