番外編 ウィリアムの物語 その4
それ以来、僕は剣術の訓練が楽しみで仕方がなくなった。
ドミニクは僕がジルの剣術指導をしているのを知っているが、誰にも言わないと約束してくれている。
教室では絶対にジルに話しかけないし、彼女にとっても平穏な学院生活が送れているようだ。
「ねぇ、最近なんか良いことでもあった?」
とマーガレットから聞かれて、僕はちょっと驚いた。
「・・・そんな風に見える?」
「うん。なんか・・・前よりも生き生きしているみたい」
「そうかな?自分では分からなかった。・・・もうすぐ休暇が近いから、それも楽しみなのかも。姉夫婦が戻って来るみたいだし」
それは本当だ。母さんからの手紙にそう書いてあった。スズは結婚してから数度しか里帰りしていない。
父さんは『スズはどうしてるんだ?』と常に彼女を気にかけているが、売れっ子の冒険者になったスズはいつも忙しいらしく、連絡も滅多に来ない。
そんなスズがフランソワと一緒に僕の長期休暇中に戻って来るというので、父さんと母さんはソワソワしているらしい。
僕が休暇中にクラスメートの女の子を招待してもいいか?と聞いたら、それも興奮に拍車をかけたらしく、母さんから「喜んでお迎えするわ!」という熱っぽい手紙が届いた。
一応母さんから剣術指導を受けたいんだけど・・・とは伝えたんだ。でも、母さんは何か間違った方向に暴走しているような気がして少し心配だ。
「ふぅ~ん」
と納得いかなさそうな顔のマーガレットは、僕の隣に座っていたジルに声を掛けた。
「ねえ、フォーレさん。フォーレさんは長期休暇中どうするの?」
「私は孤児院育ちなので、そこのお手伝いをする予定です」
というジルの返事を聞いて、マーガレットの眉が上がった。
「あなた、孤児院育ちなの?ご両親は?」
「知りません。私は赤ん坊の時に孤児院の前に捨てられていたそうなので」
「そんなんで良くこの学院に来られたわね?誰が後見人なの?」
根掘り葉掘り個人的なことを聞くマーガレットに、僕は少し苛立ってしまった。
「マーガレット。そんなに個人的なことまで聞く必要ないだろう?失礼じゃないか?」
とついきつい言葉が出てしまった。
マーガレットは一瞬顔色を変えたが、すぐに気を取り直したようで
「ああ、確かに失礼だったわ。フォーレさん、ごめんなさいね。ウィルにも不快な思いをさせちゃってごめんね。」
と笑顔で謝った。
「僕こそごめん。きつい言い方をしてしまったな」
「いいのよ。気にしないで。それより、長期休暇中に良かったら私の家に遊びに来ない?ドミニクたちも来るわ。結構長く滞在する予定なの」
というマーガレットは気にしている様子は全くない。
僕はマーガレットのこういうところが気に入っている。他の女生徒だったら、少しきつい言い方をしただけで泣かれてしまうからな・・・。
涙を武器にするなと、母さんが口を酸っぱくするほどスズに説いていたのを思い出す。
「ありがとう。でも、スズとフランソワが一緒に戻って来るし、今回は家で休暇を過ごしたいんだ。だから、またの機会にね」
それを聞いたマーガレットは一瞬真顔になったが、
「うん、分かった。久しぶりのお姉さんたちとの再会を楽しんでね!」
とすぐに笑顔で返してくれた。
そうだな。休暇が楽しみだ!
****
その日の放課後も剣術の訓練だった。最近は僕がドミニクと演習試合をしている間にジルが素振りや自主トレを行い、その後僕とドミニクが交代で彼女の相手をしつつ、剣術を指導するというやり方が定番になっている。
ジルはまだ初心者レベルだが、最初のへにゃへにゃぶりに比べると格段に体力がついて、剣さばきもそれなりに様になってきた。
ドミニクもジルが気に入っているようで、なんだかんだと構っている。
ジルがドミニクに笑顔を見せる度に落ち着かない気分になるのはどうしてだろう?
ぼーっと考えていたら、
「そういえば、ジルは休暇中にオデット様に指導してもらえるんだろう?」
と声を掛けられて、ハッと我に帰った。
「あ、ああ、うん。ほんの数日だけどな」
「いいな~。俺もオデット様に指導されたい。俺もウィルの家に行ってもいいか?」
というドミニクに
「いいけど、お前を指導するなら父さんだよ。あの父さんが母さんを簡単に他の男に近づけると思うか?」
「確かに!」
と二人で笑い合う。
その時ジルが不思議そうに
「あの・・・ウィリアム様は貴族の生まれですよね?貴族なのに何故『母さん』『父さん』と呼ばれるのですか?」
と質問した。
「ああ、僕の父は平民出身でね。姉のスズには『お父さま』と呼ばれてデレデレしてたんだけど、息子に『父上』とか呼ばれると気持ち悪いらしくてね。僕と兄のジェラールはずっと『父さん』呼びだよ。母さんもその方が気が楽だって・・。気が付いたらそういう呼び方になっていたな」
と苦笑する。
「ああ、皆さん、とても気さくで素敵なご家族なんですね」
という初めて見たジルの笑顔が爽やかで、僕の頬は紅潮した。ふと見るとドミニクも顔を赤くして彼女に見惚れている。
僕は思わずドミニクの頭を叩いてしまった。
「おい!何するんだ!?」
「いや・・悪い。なんか突然腹が立って」
慌てて僕が謝ると、ジルがクスっと笑い声を立てた。
僕とドミニクは再び彼女の笑顔に見惚れて、その場で固まってしまったのだった。
****
剣術の訓練後、僕とドミニクはジルを女子寮に送り、その後一緒に男子寮に戻った。
夕食もドミニクと一緒に食堂で食べる。
「あのさぁ、俺はジルに気がないから、ウィルは心配する必要ないぞ」
と突然ドミニクに話しかけられて、僕はゴホゴホと咳込んでしまった。
「・・・い、いきなり、何の話だ?!」
「いや・・・そのままの話なんだけど。ウィル。お前、自覚ないかもしれないけど、ジルのこと相当気に入っているだろう?」
「え!?いや!?気に入っているというか、真面目で熱心で良い子だな、と思ってるくらいで・・・それは友達として当然のことだろ?!」
ドミニクはニヤニヤしながら
「あのさぁ、俺は子供の頃からお前を知ってるわけ。ウィルは異常にモテるのに、女性に関心がないから、ずっと心配してたんだよ。でも、安心したよ。今が遅い初恋ってことだ」
と揶揄う。
「は、初恋!?そんな訳ないだろう?というか、ジルに対してそんな感情なんて持ってないよ」
と焦る僕を見て、ドミニクは相変わらず余裕な態度でニヤついている。
くっ、腹が立つ。
「今までウィルが自分の家に女生徒を招いたことがあったか?」
「ジルを招いたのは母さんに剣術の指導をお願いするためだよ。他に理由なんてないから」
「・・・まあ、いいや。自覚なしか。でも、他の女生徒にはバレないように気をつけろよ。休暇中に家に招いたなんてバレたら、ジルが酷い目に遭うぞ」
ドミニクはそんなことに気がつく繊細なタイプに見えなかったから、彼の言葉には純粋に感心した。
「ドミニク・・お前、結構鋭い奴だったんだな?」
「おい、俺を何だと思ってんだ!?」
と頭をグリグリ削られた。
「俺はそんなことは分かってるから誰にも話していないし、剣術の訓練のことも秘密にしているんだぞ」
というドミニクの言葉に素直に感謝する。
「ありがとう。本当はドミニクにもジルと一緒に家に来てもらえたらいいなと思っていたんだが、休暇中はマーガレットの屋敷に長期滞在するんだろ?またの機会に遊びに来てくれよ」
と言うとドミニクがきょとんとした顔をしている。
「・・・マーガレットの屋敷?何の話だ?」
「え?マーガレットから、ドミニクたちを休暇中に招くから一緒に来ないかって誘われたんだが・・・?」
僕達はポカンと顔を見合わせた。
「きっとマーガレットが何か勘違いしたか、行き違いがあったんだろうな」
と僕が言うと、ドミニクが首を振った。
「いや・・・。お前はマーガレットと仲が良いから、彼女のことが好きなんだと思っていたんだ。だから、今まで言わなかったが・・・。正直、彼女には気をつけた方がいい」
というドミニクの真剣な表情に驚いた。
「どうして?」
「ウィル。マーガレットはお前に気がある・・・と思う。俺達も一緒だとウィルを安心させて休暇中に屋敷に誘い込む計画だったんじゃないか?彼女は野心家だ。将来の公爵夫人を狙ってるんじゃないかと思う」
「まさか!彼女は恋愛には興味ないっていつも言っているし」
ドミニクは呆れたように溜息をついた。
「ウィル・・・あれはお前を油断させるための嘘だよ。お前はあからさまな恋愛感情を持って近づいて来る女生徒をずっと避けているだろう?お前に警戒されないように嘘をついたんだと思う」
「まさか!?」
嘘・・・?信じられない。
でも、ドミニクがこんなことで出鱈目を言うはずがない。
「お前に近づこうとする女生徒たちや、お前が親切にした女生徒は酷い嫌がらせを受けていたんだ。マーガレットがやったという証拠はないが、俺は彼女を疑っている。以前土曜日に彼女の部屋に食事に招待されたことがあっただろう?あの時に当日ドタキャンしてくれ、って密かに彼女から頼まれたんだ。ウィルと二人きりになりたいからって・・・。俺はそんな話に乗るのは嫌だって断って、ウィルにそのことを話すって言ったら『単なる冗談なのに』って笑っていた。結局その話は流れたし、お前はマーガレットを信用しているようだったから、何も言わなかったんだが・・・。でも、もし彼女にジルのことを知られたら・・・」
僕は背筋がゾッとした。
「分かった。教えてくれてありがとう。まだちょっと信じられない部分もあるが、気をつけるよ」
ドミニクは安心したように笑顔を見せた。
「それで・・・良かったらドミニクも休暇中僕の家に滞在しないか?」
「え!?本当にいいのか?スズさんたちも帰って来るんだろう?」
「ああ、ドミニクは何度も遊びに来ているから家族みたいなもんだ。長く滞在してくれても構わないよ。ジルは最大でも数日と言って譲らないんだけど。ドミニクも一緒の方がジルも気を遣わなくて済みそうだしな」
と言うとドミニクは
「確かに!ジルはいつも遠慮してばかりだからな」
と明るく笑った。




