番外編 ウィリアムの物語 その3
他の生徒たちの迷惑にならないように、僕は彼女を隅っこに誘導した。
まず彼女が持っている剣を見てみる。
うーん、大きくて重すぎるな。女性は身体的な力では敵わない。だから、スピードといかに魔法と組み合わせるか、が勝負になる、と母さんが昔言っていた。
女性にはもっと軽くて、小回りが利く剣の方がいいだろうな・・・。
まず訓練用の剣を持ってもらう。
両手で握っているので、片手で持てるかどうか聞いてみた。
片手だと手が震えているのが分かる。重すぎる・・・というか、多分圧倒的に筋力が足りないんだ。母さんは華奢な体形だけどしっかりした筋肉がついている。重い男性用の剣でも楽々振り回すことが出来る。
まず基礎体力と筋力をつけてもらわないと・・・。
「ジル。君にはまず筋肉が足りない。それも圧倒的に足りない。基礎体力作りから始めないと剣術の訓練は始められない。これくらいの剣なら片手で楽に振り回せないと無理だな」
そう言うと彼女は悔しそうに拳を握り締めた。
「・・・わ、分かっています。私は能力不足で足りないところだらけなので・・・。でも、どうしても剣術も出来るようになりたいんです!」
「なんで?君はもう魔法も使えるし勉強でも優等生じゃないか?そもそも女子生徒には剣術は求められていないし・・・」
「あの!先程、先生がオデット様・・と仰っていましたが、それって・・・あのオデット・マルタン伯爵夫人のことですよね?」
珍しく彼女の言葉に熱が籠っていたので、僕は少し驚いた。
「ああ、母のことだよ。母を知っているの?」
「はい!何度かお目にかかったことがあります!ずっと、ずっと憧れの方でした。オデット様は魔法も勉強も剣術も完璧だったと伺っています。私はいつかオデット様のようになりたいと目標にしているんです」
「えっ!なんで母に会ったことが・・・?」
彼女の言葉にびっくりして話を聞くと、彼女の後見人はダミアン・アルノー・フォーレだという。勿論、僕も彼を知っている。王城の筆頭魔術師で母さんの上司だ。母さんの職場でジルは顔を合わせたことがあるそうだ。
彼女は孤児院の出身だが、ダミアンが彼女の才能を見出して養子にしてくれたという。彼が学院で勉強する手続きもしてくれたらしい。
「・・・ダミアン様には感謝してもしきれない恩があります。いつかダミアン様のお役に立てることが私の生きる意味だと思っています。だから、勉強以外に興味はありません」
「でも、剣術は・・?」
彼女の顔が再び赤くなった。
「あ、あの・・・ダミアン様はオデット様をとても尊敬していらっしゃいます。いかにオデット様が素晴らしい方かということは何度も・・・耳にタコができるくら・・・こほっ・・・いいえ、その、繰り返し伺っていました。私はその・・・そんなダミアン様が憧れるような女性になりたくて・・・」
真っ赤になりながら、俯いてぼそぼそと呟くジルは超絶可愛い。
だが、ダミアンのために努力するっていうところが引っかかる・・・。ダミアンに淡い恋心でも抱いているのだろうか?
「じゃ、じゃあ、今度うちに遊びに来たらいいよ。母は喜んで剣術について指導してくれると思うよ」
何しろスズのこともスパルタで育てた人だからね。
ジルの顔が一瞬で青ざめた。
「いいえ、そんな・・・恐れ多いし、あの・・・ウィリアム様は大変人気のある方なので・・・その、ご自宅にお邪魔するなんて・・」
口籠っているジルを見て、ピーンと来た。
昔から僕の周りでは、女生徒同士のいがみ合いや訳の分からない諍いが多かった。僕が誰かに親切にすると、何故かその子がターゲットになって他の女生徒にいじめられるんだ。
僕ははぁ~っと溜息をついて
「ごめんね・・・。もしかして、僕のことで誰かから嫌がらせをされた?」
と尋ねてみた。
彼女の肩がビクッと揺れたのを見て『ああ、やっぱり・・・』と申し訳ない気持ちになる。
彼女は何もしていないのに、嫌な思いをさせてしまったな、と反省した。嫌われても当然だ。
でも・・・真面目な話、女子の剣術の指導でうちの母さんに勝る人はいないと思う。もし、ジルが真剣に学びたいのであれば、母さんの助言を受けるのが一番良いんだけどな。
「僕の家に来て母さんの指導を受けることは誰にも言わないようにする。母さんは姉の剣術や体術も幼い頃から指導しているし、一番適任なんだよ」
というと、彼女が迷っているのが分かった。
「いずれにしても家に帰れるのは長期休暇の間だから、それまでに考えておいて。それまでに基礎体力をつけてもらう。僕がメニューを作るけどいいかな?」
そういうとジルは嬉しそうに頷いた。
「何から何まで親切にして頂いて、ありがとうございます!」
その日は基本的な剣の持ち方と姿勢について教えて、最後に毎日の基礎体力作りのメニューを伝えた。
「・・・こんなに?」
と呆然としていたが、3歳のスズはもっとキツイメニューをこなしていた。
それを伝えるとジルはキッと顔つきをあらためて
「さすがです!努力あってこその才能なのですね!私も頑張ります!」
と堂々と宣言した。
教室では話しかけて欲しくないというので、その場で次回の剣術訓練の予定を決めた。
終わった後先生に報告すると、先生は
「ウィリアムがいてくれて助かったよ。ありがとう!良くやったな」
と僕の頭をグリグリと撫でた。
子供じゃないのに!と思いながらも、少し嬉しかった自分がいる。
これまで平凡極まりなく、惰性で過ぎていた日々が少し色彩を持ったように思えた。




