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番外編 ウィリアムの物語 その2



昼休みにジル・フォーレに『学院内を案内する』と提案すると、


「必要ありません。ここには来たことがありますから」


と即答で却下された。


「そ、そうか・・・。でも、学院やクラスのことなんか不安じゃないかい?良かったら一緒に昼食を・・・」


と言いかけると、マーガレットが


「そうね。みんなで一緒に食べましょうよ!男子生徒の中に女生徒が一人なんておかしいから、良かったら女生徒のグループを紹介するわ。一緒に女子会ランチしましょうよ!」


と話しかけた。


しかし、ジル・フォーレはやはりニコリともせずに


「私はここに友達を作りに来たわけではありませんから結構です」


と言い放って、つかつかと教室から出て行った。


置いていかれた僕は茫然としていたが、マーガレットは


「ね、ウィル。彼女は独りで居たい人なのよ。ウィルが構うことないよ。今日は私と一緒に昼食を食べよう!お弁当作って来たのよ」


と僕の手を引っ張る。


そこにドミニクが近づいて来て


「ウィル。やたら転入生を構うなぁ。一目惚れか?」


と揶揄った。


「まさか!恋愛に興味がないって言ってるウィルがそんなはずないじゃない!」


とマーガレットが甲高い声で笑い、僕も気恥ずかしくなって否定したが、ジル・フォーレが気になるという気持ちはどうしても消すことが出来なかった。


観察してみるとジル・フォーレはとても優秀な生徒だと分かった。魔力も強いし、コントロールも巧みだ。授業や訓練への熱心な態度を見ていると、学院には本当に勉強だけをしにきたんだな、というのが良く分かる。


まぁ、当然か。平民で魔法学院に通うということは余程の才能と後ろ盾がないと難しいだろう。


父のリュカも叔父のフランソワも平民の出自だが、モロー公爵の後ろ盾があったというし、才能もずば抜けていた。


ジル・フォーレの後見は誰がしているんだろう?


彼女が快適な学院生活を送っているかどうか気になって、色々と話しかけても、ほとんどの場合無視されっぱなしだった。


はぁ~、とまた大きな溜息をつくと、マーガレットが


「ねぇ、もう話しかけるの止めたら?迷惑がられてると思うよ」


と声を掛けてきた。


「余計なお世話なのは分かってるよ。でも、彼女、いつも独りだしさ・・・。友達が居た方が楽しいんじゃないかな・・・」


とブツブツ言うと


「分かるけど・・・。なんでウィルがそんなに構うの?女の子には女友達が必要なのよ。だから、ウィルが話しかけても意味ないと思う。私だって、女生徒のお茶会とか色々誘ったんだけど、悉く断られたし。本当に一人で居たい人なんだと思うよ」


と言われ、仕方なく僕も頷いた。


「そうだな。あまり不愉快な思いをさせたら申し訳ないし。もう近づかないようにするよ」


と言うと、マーガレットは嬉しそうに笑った。



***

正直言うと、その後もジル・フォーレのことは気になっていたが、積極的に話しかけることはしなかった。彼女は休憩時間にはどこかに消えてしまうし、最初は彼女の服装の陰口を言っていた女生徒たちもその内に慣れたのか、彼女は風景の一部としてクラスに落ち着いた感じだった。


そんなある日、放課後剣術の訓練に汗を流していると、ふと視界に黒髪の少女が目に入った。


『ジル・フォーレだ!』


と思った瞬間、僕の相手をしていたドミニクの剣が腕に当たり、僕は剣を取り落としてしまった。


うっ、失態・・・。訓練用の剣には本物の刃はついていないので安全だが、少し痣になってしまった。


彼女は見ていなかっただろうな・・・と横目でチラ見する。


ドミニクは呑気にも


「お前にしては珍しい失敗だな。まぁ、俺はようやくお前から一勝出来て、嬉しいが!」


と笑っている。


くそっ!ドミニクのゴツイ肩に軽くパンチを入れてやった。


それにしてもジル・フォーレは何をしにこんなところに来たんだろう?


剣術指導の先生が彼女と何かを話している。


気になった僕は先生のところに駆け寄った。


「先生。何かありましたか?」


先生と彼女は僕を振り返った。


「ああ、ウィリアム。ちょうど良かった。彼女が剣術訓練を受けたいっていうんだが、全く初めてなんだそうだ。女子生徒がここで訓練を受けることは滅多にないんだが、オデット様やスズもここで剣術指導を受けていただろう?彼女の指導を手伝ってくれないか?初心者は目が離せないが、私も彼女の指導だけするわけにはいかないから、手伝って貰えると助かるよ」


「もちろんです!僕に出来ることがあれば」


と言うと、彼女は露骨に嫌な顔をした。


・・・地味に傷つくなぁ・・・


「えーっと、君の名前は?」


「ジル・フォーレです。あの・・・その人に手伝って頂く必要はないと思いますが」


先生は困ったように頭を掻いた。


「いや・・・君ね。剣術をなめてるでしょ?女子で初心者の場合、危ないから目を離す訳にいかないが、私も君一人に時間を取ることは出来ない。そもそも、こんな猛者い男ばかりの中で訓練を受けたいというのが狂気の沙汰なんだ。ウィリアムは剣術が得意だし、紳士だからこの中でも一番信用がおける。感謝すべきところを、そんな言い方をするなんて、失礼だと思わないか?」


それを聞いたジル・フォーレの顔が真っ赤になった。


「で、でも、女生徒でも剣術の訓練が受けられると聞きました!」


「ああ、そうだ。だけど、全くの素人はいない。ここに来る生徒は男女関わらず、これまでに剣術の訓練を受けた経験のある者ばかりだ。特にウィリアムの母君と姉君は幼い頃から物凄い剣術の訓練を受けてきた。あの二人には正直、私も敵うかどうか分からない。だから、別格なんだよ。素人が訓練を受ける場合、安全を確保するには誰かが常に傍にいる必要がある。危険だからね。それが分からない生徒には剣術の訓練を受ける資格はない」


それを聞いたジル・フォーレは真っ赤になって俯いていたが、しばらく沈黙した後、僕に向かって深く頭を下げた。


「何も分かっていないのに失礼な態度を取って申し訳ありませんでした!良かったら剣術の指導を宜しくお願い致します!」


先生はようやく笑顔になり、僕に目配せをして


「そういうことだ。ウィリアム。頼んだぞ」


と言い、他の生徒たちの指導に戻って行った。


ジル・フォーレはまだ頭を下げている。彼女の肩が少し震えているのに気が付いた。


「えっと、あの、頭を上げて貰える?」


彼女は顔を上げて僕を見た。凄く反省しているというのが分かる表情をしている。まだ顔が紅潮していて可愛い。


僕は初めて彼女の視界に入ったような気がして嬉しかった。


「あの・・・ジルって呼んでもいい?」


と聞くと彼女は小さく頷いて、今度は首から耳まで赤くなった。


「僕のことはウィルって呼んでよ」


と言うと


「それは出来ません」


と首を振る。


「絶対に、何があっても、意地でもウィリアム様と呼びます」


と頑なな態度に僕も諦めた。


僕・・・何か彼女に嫌われるようなことをしたっけ?



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