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番外編 リュカの憂鬱 その3



その次にプティ商会のポールに面会した時、俺は販売の許可を与えるつもりだと彼に伝えた。


ポールは満足気に頷きながら


「良かったです!マルタン伯爵領の人々の生活に貢献することがプティ商会の喜びです!」


と握手を求めてきた。


俺も笑顔で握手を返すと、指に何かチクっと感じた。


棘でも刺さったかなと思ったが、その後は何も感じなかったので、そのまま商談をする内に忘れてしまった。


商談が無事に終わった頃、ジョセフィーヌが前回のようにお茶と焼き菓子を運んできた。


「また、ジョセフィーヌが焼いたものです。今日のお茶はセントジョーンズワートではなくて普通のダージリンですが」


とポールに言われて、俺も有難くご馳走になることにした。商談が終わったせいだろう。不思議な高揚感があった。


俺は給仕してくれるジョセフィーヌに御礼を言いつつ


「娘もお嬢さんの作った焼き菓子を美味しいと食べていましたよ」


と伝えると、彼女は顔を赤くして喜んでいた。


結局、俺の口には入らなかったからなぁ、と思いながら、焼き菓子を口に運ぶ。


うん。美味いな。もちろん、オデットが作ったチョコレートブラウニーには負けるが。


彼女が初めて作ってくれたチョコレートブラウニーの味は一生忘れない。あの頃のオデットはまだ八歳だった。可愛かったなぁ・・・。


オデットのことを考えていて、ついお茶も一口飲んでしまった。


飲み込んだ瞬間『しまった!』と思った。


強力な薬が入っていたのだろう。手足が痺れて、体の自由が効かなくなった。カップを取り落とし、床に倒れ込む。


・・・まずいな、と思っていると、妙齢の娘が部屋に入って来た。


どこかで見たことある、と思ったら、以前舞踏会でしつこく言い寄られた娘だった。


手紙も沢山送り付けられたような微かな記憶が残っている。


ジョセフィーヌを部屋から追い出すと、ポールは


「いいか。何としても既成事実を作るんだ。上手くいけば側室か愛人になれるかもしれない」


「・・・で、でも、私はとっくに振られていて・・・」


「例え、事実がなかったとしても、朝起きたら未婚の娘と裸で同衾していたら、責任を取るのが筋だろう。大丈夫だ。伯爵の服を脱がせて、一緒に寝るだけでもいい。弱みを握れれば、マルタン領内での薬の専売権も脅し取ることができる。その後は薬の値段も上げ放題だ。伯爵は恐妻家で有名だからな。伯爵夫人に知らせると言えば、俺達の言いなりになるだろう」


・・・俺は・・・恐妻家ではなく・・・・愛妻家なんだ・・・。


と内心で反論しながらも『オデットが知ったらどう思うだろうか?』と不安が募る。


少しはやきもちを焼いてくれるかな・・?


いや・・・それよりも・・・怒って離婚されたら・・・俺は生きていけない。


くそっ・・・体が動かない。焦燥感だけが募っていく。


その時、バンっと大きな音がして、部屋の扉が開いた。


僅かに動く瞼の筋肉を駆使して、何とか瞼をこじ開けた。


そこに立っていたのはなんと・・・


・・・オデットだった。


ポールが焦って警備を呼ぶ声がするが、オデットは不敵に笑いながら


「あんな弱っちい連中、全員片付けたわよ!」


とポールに完璧な飛び回し蹴りを決めた。


ポールの体が吹っ飛んで壁に当たり、ずるずると落ちる・・・。


さ、さすがの破壊力だ・・・。


ポールの娘は悲鳴を上げながら部屋から逃げていった。


オデットは半分意識を失ったポールの胸倉を掴み、


「冗談じゃないわ!リュカには女性へのトラウマがあるのよ。私は彼を傷つけるものを絶対に許さない。私がリュカを守るのよ。絶対にこれ以上彼を傷つけさせやしないから!」


と怒鳴りつけた。


俺の奥さんがカッコよすぎる。これ以上俺を好きにさせてどうするんだ・・・?


と思いながら・・・俺は意識を手放した。




目を覚ますと、そこは自分の寝室でオデットが不安そうに俺の顔を覗き込んでいた。


相変わらず可愛いな・・・と彼女の頬に手を添えると、オデットは俺の手を握って、すり・・と頬を擦り付けた。


俺の奥さんが可愛すぎる・・・と感動に打ち震えていると、オデットの瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。


「どっ、どうした!?オデット?何があった?」


と尋ねると、


「リュカが・・・無事で良かった」


とオデットが涙を拭う。


「俺は大丈夫だ・・・でも、助けに来てくれてありがとう。夢かと思った・・・」


「凄く心配したんだよ。だって・・・リュカ・・・そういう美人局つつもたせっていうか・・・そんな目にあったら、また傷ついて女性不信になっちゃうんじゃないかって・・・」


・・・俺のことを心配してくれたのか?俺のことを想ってくれたのか?


俺の胸は歓喜ではちきれそうになった。


「でも・・・なんで分かったんだ?」


そう訊ねると、オデットは不審に思った理由を話してくれた。


彼女は俺に手紙を寄こしていた女性の中に、プティという苗字の女性がいたことを覚えていたらしい。


それに薬専売の商会、というと神経質にならざるを得なかったという。フランソワに頼んでプティ商会についても調べてもらったそうだ。


確かに・・・薬で酷い目にあったからな・・・。


ミシェルの顔が思い浮かぶ。


それにオデットは話が上手すぎる気がしたのだという。フランソワによれば、評判もそれほど良くない商会だったという。


だから『夫の忘れ物を届けに来た』という口実でプティ商会を訪れ、


「マルタン伯爵はいらしておりません」


という受付の人間の言葉を聞き、直感的に俺が危険な目に遭っていると思ったんだそうだ。


ポールはまず判断力を鈍らせるような高揚感を与える薬を小さな針に仕込み、俺に握手をした時に、指に刺したらしい。その後、紅茶に強い痺れ薬を混ぜて俺に飲ませたという。


ああ、そんな典型的な手にやられたのか、と情けなくなる。


こんな情けない夫にオデットは愛想を尽かせたんじゃないか、と不安になって、彼女を見つめた。


するとオデットは顔を赤くしながら、早口で捲し立てた。


「大体ね。リュカは・・・自覚ないだろうけど・・・。すごく、すご~く、モテるんだからね。私がいつも不安に思っちゃうくらい。私が三人も子供を産んでおばさんになっていくのに、リュカは年と共にますますカッコよくなっちゃって・・・。い、色気とかすごいし・・・。だから・・・もっと・・・気をつけて。不安になっちゃうから・・・」


最後は消え入るような声で呟いたオデットの愛くるしさは悶絶ものだった。


「・・・恋文を見た時も、全然気にしてなさそうだったじゃないか?」


と尋ねると


「だって・・・嫉妬なんてみっともないじゃない?本当は・・・すごく気になったけど、リュカは嫉妬されたりするのも嫌かな、って・・・やせ我慢してた」


と俯きながら小さな声で答える。



俺は毎日これ以上オデットを好きになるのは無理だ、と思うくらいの愛情を感じている。


それを簡単に超えさせるのがオデットなんだ。毎日毎日、俺の彼女への想いは積もり重なっていく。


どうしようもないくらいの愛おしさを感じて、俺は堪らずオデットを抱きしめて、深く口付けた。どうしようもなく彼女が欲しかった。


息を荒くして


「愛している。オデット・・・狂いそうなくらい・・・もう狂っているのかもしれない、と思うくらい、好きなんだ」


と彼女を強く抱きしめた。


「愛している」とバカの一つ覚えのように繰り返し、彼女への愛情を全て注ぎ込んだ。


満足感と幸福感に包まれ、俺はオデットに愛されていると確信が持てた輝かしい一日。


しかし、その翌日から彼女は再び素っ気ない態度に逆戻りしてしまった。



はぁ~。あれは現実だったんだろうか・・・?


俺は再び溜息をつく。


俺の願望が見せた夢だったのかもしれない、と不安に思うほどだった。


少しだけ塩対応への不満をこぼすと、オデットがちょっと舌を出しながら


「いつもだと・・・うーん、飽きられちゃいそうで・・・不安なんだよね。でも、気持ちはいつも同じ。大好きよ」


と真っ赤になりながらデレた。


あまりの可愛さに全身がゾクゾクと震えた。


俺は彼女に一生敵わないと思った瞬間だった。


「ご馳走様」としか言いようのないカップルです(*^-^*)。読んで下さってありがとうございました!

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