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番外編 リュカの憂鬱 その2


俺が今商談を行っているのは『プティ商会』という比較的新しい商会だ。


プティ商会が領内で商売することを認めても良いか、審査・検討中である。


彼らは医薬品専門の商会で、庶民が必要とする解熱剤や咳・鼻炎の薬などを良心的な価格で販売したいという。


ポーションマスターでもある義弟のフランソワに薬を鑑定してもらったら


「良い品だな。これをそんなに安い値段で販売して儲けが出るのか?」


と言われた。


なるほど・・・。儲けが出るか分からないほどの低価格というのは、極端なお人好しなのか、あるいは裏があるのか?


裏がある方かな・・・?


俺はこれまでの人生のせいで、あまり人を信用できない。人間の欲とか醜い面を沢山見てきたからな。


もちろん、信用できる人間がいることは良く分かっている。だから、信用出来る人達を大切にしたいと思ってきた。


だが・・・新しく近づいて来る相手には慎重にならざるを得ない。


俺がプティ商会との話し合いで、領内での販売は認められないと言った時の相手の顔は驚愕に震えていた。


「・・・は、伯爵・・・。これほどの品をあの値段で卸すことが出来るのはうちくらいですよ。な、なにがご不満で・・・?」


「いや、質も良いし値段も良心的だ。だが、安すぎる、と言う点が不審に思う理由だ。あの値段で儲けが出るのか?」


俺の言葉を聞いて、プティ商会の代表であるポール・プティは、ホッと安堵の溜息をついたようだった。


「ああ、それで不審に思われたのですね。確かに解熱剤と咳・鼻炎の薬では我が社に利益は出ません。しかし、我が社では他にも様々な医薬品を扱っています。初めての市場に参入するには利益を度外視して、人々の認知度を高め、ブランドイメージを上げてから他の商品を売り出すという戦略があるのです」


「なるほど・・・その理屈は分かるが・・・」


「それに解熱剤と咳・鼻炎の薬は一般の方々が頻繁に必要とする薬です。それらを安く抑えることは領民の皆さんの生活に役に立つことではないでしょうか?」


「ふむ・・・。それで、プティ商会の薬が良いという評判を取った後で売りたい薬とは何だ?新しい薬を売る時は、その都度認可を取らないといけないのは分かっているだろう?」


「もちろんです。セントジョーンズワートという精神をリラックスさせる薬を売り出したいと思っています。ハーブティのように飲むことが出来ますので、良かったら今試飲してみませんか?実は既に準備させております」


とポールは熱心に勧めたが、俺は良く分からないものを口に入れるのは抵抗がある。


「いや、その薬をポーションマスターに鑑別してもらうので、試用品として貰えないか?」


と俺が言うとポールが目を見開いて驚いている。


「お、お抱えのポーションマスターがいらっしゃるのですか?貴重なポーションマスターが領内で売られる薬を全て鑑別されると・・・?」


「当然だろう。それに、覆面調査も行っている。販売中の薬を無作為に抽出して品質が変わっていないかポーションマスターが再鑑定するんだ。ポーションマスターが認可したものと同じ薬が店頭で販売されていることを確認するためにな」


ポールは感服したように


「そこまで厳しい品質管理をされている領地は他に存じ上げません。我が社の商品の品質の高さを理解して下さるお客様でいらっしゃいます。是非、是非弊社の商品を領内で売って頂けないでしょうか」


と頭を下げた。


その時コツコツと扉をノックする音がした。


振り返ると10歳くらいだろうか?可愛らしい少女がティーワゴンを押して入って来た。


ワゴンの上に焼き菓子とお茶らしきものが乗っている。


「ああ、ジョセフィーヌ。セントジョーンズワート・ティーを持って来てくれたのかい?すまない。伯爵はお飲みにならないから下げておくれ」


とポールはすまなそうに少女に話しかける。


少女はがっかりしたようで悲しそうに俯いた。


「娘さんですか?」


と声を掛けると


「ええ、まあ」


と照れくさそうに頭を掻いた。


「下の娘です。お菓子作りが好きなので、お茶請けの焼き菓子も伯爵のために張り切って作ってくれたのですが・・・。娘は伯爵のファンなんですよ」


と言われると、さすがに俺も罪悪感を覚える。


「それでは、焼き菓子は家におみやげで頂いても宜しいでしょうか?家で妻と一緒に頂きますよ。美味しそうですね」


と言うと、ジョセフィーヌと呼ばれた少女は嬉しそうにはにかんだ。


多少は罪悪感が和らぎ、俺はセントジョーンズワートの試用品と焼き菓子を貰って、自邸に戻った。


自邸に戻るとオデットは既に帰っていて、都合が良いことにフランソワも訪ねて来ていた。


スズは奇妙なことにフランソワに懐いているので、ずっと彼に纏わりついている。


多少面白くない気分にもなるが、子犬がきゃんきゃん跳ねているようで可愛いな、と微笑ましく思った。


「フランソワ、ちょうど良かった。鑑定して欲しいものがあるんだ」


オデットとフランソワに事情を説明して、セントジョーンズワートと焼き菓子を鑑定してもらう。


スズは目をキラキラさせて、焼き菓子を見つめていた。


・・・スズは何でも疑わずに食べてしまいそうだな。素直で警戒心がないのは可愛いところなんだが、親としては心配でならない。


フランソワはどちらも真面目に鑑定してくれた。


「全く問題ない。どちらも安全だ。セントジョーンズワートは質も良いな。これは幾らで売るんだ?」


セントジョーンズワートの販売予定価格を伝えると


「まぁ、多少高めだが、暴利と言うほどではない。セントジョーンズワートは生活必需品というよりは嗜好品だから、買うとしたら富裕層だろう。妥当な値段だな」


というフランソワの言葉に安堵した。


庶民に必要な薬を安く、富裕層向けの薬を高くするのは良心的だと言える。


プティ商会は合格かな・・・と考えている間に、スズが焼き菓子をパクリと食べた。


「美味しい~!」


と叫ぶスズを見て、フランソワが声をあげて笑った。


こいつが笑うなんて今夜は嵐か?!と思っていたら、何か考え込んでいたオデットが手をパンパンと叩いて


「さぁ、みんなで夕食にしましょう!スズ、もうお菓子は食べちゃダメよ」


と朗らかに宣言した。


我が家ではオデットが法律だ。


全員が大人しくオデットに従ったのは言うまでもない。



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