番外編 リュカとオデット
*注意:ベタすぎる展開の、ただ甘いだけの話です(*^-^*) 苦手な方はご注意下さい。
*リュカ視点です。
オデットと結婚してから約半年が過ぎた。
俺にとっては幸せ過ぎる蜜のような時間で、毎日愛しいオデットに酔いしれている。
毎朝、目が醒めると目の前にオデットがいる幸福感。
柔らかな金色の髪を一房掴み、そっと口付ける。
真っ白な陶器のような肌。長い睫毛。柔らかそうな唇はわずかに開いていて、俺は途端に激しく口付けしたい衝動に駆られてしまう。
長い睫毛が震えて、オデットの目が開いた。まだ、ぼーっと焦点の合っていない瞳が可愛い。
こんな無防備な姿を見せるのは俺だけだと思うと有頂天になり、彼女を抱きしめて頬や額に何度も口付ける。最後に思う存分唇を味わうと、信じられないくらい甘い。
いつもだったら
「・・・もう、朝から!」
と軽く叱られるのだが、その日のオデットはどことなく疲れた様子で顔を背けただけだった。
その仕草に不安を覚えた俺は
「・・・悪い。嫌だったか?」
と恐る恐る訊ねた。
「・・・ん。ごめん。ちょっと体がだるくて」
というオデットの答えに俺は即座に
「今日は仕事を休め」
と命令した。
「・・・仕事を休むほどじゃないのよ。大丈夫」
というが俺は心配で仕方がない。
「ダメだ。お前は頑張り過ぎて疲れているんだ。今日は休め」
「平気よ。リュカは心配しすぎだから」
「大事な奥さんのことを心配して何が悪い。ダメだ。今日は俺がベッドに縛り付けるからな」
とオデットを腕の中に閉じ込めると、オデットがキレた。
「・・・本当に大丈夫だから!放っておいて!」
とさっさとベッドから起きて、支度を始めてしまった。
俺は非常に情けない顔をしながら
「・・・オデット。俺はお前が心配で・・・無理はしないでくれ」
と懇願する。
「私は大丈夫!今日は王宮に行かないといけないの」
「なんでだ?」
「・・・リュカには関係ないでしょ?」
「関係ある。お前は俺の嫁さんだぞ」
「私にだって予定はあるのよ」
「どんな予定だ?」
「ああもう!しつこい!」
とグサッと心に刺さる言葉を投げつけ、オデットは寝室から出て行った。
俺はベッドの上で頭を抱えて苦悩した。
今日は王宮に行かないといけないってどうしてだ?
誰かと会うとか?・・・まさか男とか?
いや、オデットに限ってそんなことはありえないが、彼女の人の好さにつけこむ男がいるかもしれない。
一度考え始めると、それが正しいように思えてしまう。
俺はその日王宮に行くことにした。
領内の問題で王宮に行く用事があったのを思い出したので、それを口実にオデットの様子を見守ろうと思う。
万が一、変な男が近づくようなら俺が追い払ってやると妙な気合が入った。
王宮での用事を済ませて、オデットの働く部局に向かう途中でオデットが若い男と並んで歩いているのが目に入った。
オデットは朝の不機嫌さを欠片も感じさせない輝くような笑顔を見せている。
男は若く小柄で、爽やかな印象だ。
・・・なんだ。軽薄そうな男だな、と心の中で文句を言う。
何を話しているのか気になる。俺は彼らの視界に入らないようにコッソリ茂みに隠れながら近づいた。
二人の話し声が聞こえる。
「・・・僕から旦那さんに話をしようか?」
「んー、大丈夫。私から話すわ。リュカは、少し動揺し易いから、伝え方を考えないといけないし」
「分かった。無理しないで。僕が出来ることがあったら連絡して」
「ありがとう。近い内にまた伺います。頼りにしてるから」
そう言って二人は分かれた。
俺は二人の会話を聞いて、ショックを隠し切れない。
嫌でも最悪のシナリオを想像してしまう。
「・・・僕から旦那さんに(君と別れるよう)話をしようか?」
「んー、大丈夫。私から話すわ。リュカは、少し動揺し易いから、(別れ話の)伝え方を考えないといけないし」
「分かった。無理しないで。僕が出来ることがあったら連絡して」
「ありがとう。近い内にまた伺います。(離婚後は)頼りにしてるから」
あああああ!
なんてことだ!
オデットの心は既に他の奴に動いていたのか?
俺達はずっと愛し合ってると思っていたのに・・・全く気付かなかった自分に腹が立って仕方がない。
だからと言って簡単に引き下がる気はない。絶対にオデットは渡さない。
強気で自分を鼓舞したものの、実際の俺はどんよりとした気持ちで自邸に戻った。
夕食の席のオデットはいつもと変わらぬ笑顔を見せる。
「リュカ・・元気ないけど大丈夫?もしかして今朝のことが原因?ごめんね。ちょっと最近感情的になっちゃうことがあって・・・」
「それは、俺に隠し事をしてるからじゃないか?」
俺の質問にオデットの顔が紅潮した。
「・・・なんで知ってるの?」
くそっ、やっぱり勘違いじゃなかったのか。
「でも、オデット。俺は反対だ。お前の将来のことも考えて、止めた方がいいと思う」
オデットが顔面蒼白になる。
「・・・なんでそんなこと言うの?!酷い!そんな人だとは思わなかった」
とボロボロ涙を溢すオデットに、俺は象に心臓を踏まれたような気持ちになった。
・・・そんなに奴が好きなのか?俺よりも?
俺は世にも情けない顔をして
「・・・俺はお前を愛してるんだ。何があっても別れたくない。お前がいなくなったら、多分俺は生きていけないと思う」
と正直に告白した。
オデットは目をまん丸にして
「え?何の話をしているの?」
と、読者の皆さんならとっくの昔にお気づきであろう俺の勘違いは解消された。
オデットは妊娠三ヶ月で、王宮で会っていたのは担当医師だと言う。
はぁ、良かった、と安心したのも束の間、オデットから
「それでしばらく寝室を別にしたいの」
と言われ、俺は泣き崩れた。
*オデット視点です。
妊娠していることが判明して、リュカの過保護ぶりが加速度的に高まった。
しかも、アランから
「出産は命がけだから、大事にしてやれよ」
と言われて、
『出産は命がけ』の部分に引っかかってしまったらしい。
万が一、私が出産で命を落としたらどうしようと物凄く苦悩しているのが分かる。
それに寝室を別にして以来、良く眠れないらしい。
妊娠してから常に胃の膨満感や胸やけのような吐き気がするし、倦怠感があるのに夜は深く眠れなかったりもする。
眠る時は一人の方が正直気が楽なので、寝室を別にするようお願いしたのだが、
「俺の鼾がうるさいからか?俺は匂うか?」
と変なところを気にしている。
リュカのそういう思い込みの激しいところとか、考えすぎるところも可愛いのだが、今は一人でゆっくり眠りたいというのが本音なのだ。
だから、リュカを安心させるために、私もいつも以上にギアを上げて甘甘モードに入るように心掛けている。
夕食の後、ソファで本を読むリュカの背後から思いっ切り抱きついて
「何読んでるの?」
と耳元で甘く囁くと、リュカが嬉しそうに身震いした。
本を脇に置くと私を軽々と抱き上げて膝に載せる。
「・・・そうやってオデットが甘えてくれるのは久しぶりだな」
と私の首元に顔を埋めて、リュカが嬉しそうに独り言ちる。
私の首の後ろの手を回して、そっと啄むような口付けをするリュカ。最終的には噛みつくような大人のキスになり、私もリュカも息が荒くなった。
「・・・オデット、愛してる。絶対に俺を一人にしないでくれ」
と熱い吐息で囁くリュカに
「大丈夫。私達はずっと一緒よ」
と微笑むと、
「俺はいつまで我慢すればいいんだ・・・」
というリュカの切実な溜息が漏れた。
ふと脇に視線をやって、リュカが読んでいた本のタイトルを見ると
『はじめての妊娠・出産 ― これで安心!パパのサポート』
となっていた。
リュカが恥ずかしそうに
「俺は全然知らないことばかりだからさ。オデットが一番大変なのは分かってるけど、俺もサポートできることがあったらな、って思って・・・」
と本を手に取る。
ああ、こういう真面目で優しい人だから、好きになったんだよね。
この人と一緒になれて、本当に良かった。
「リュカ、大好き!愛してる!」
と言って彼の首に抱きつくと、彼は最高の笑顔で私をぎゅっと抱きしめた。
出産当日。驚くほどの安産で生まれた赤ん坊は女の子だった。
ほぎゃぁ、ほぎゃぁと部屋に泣き声が響き渡る。
助産師に抱かれた赤ん坊は泣き声で目一杯自己主張している。
助産師から赤ちゃんの抱き方を教わり、まだふにゃふにゃしている赤ちゃんを抱っこすると、小さな桜色の指が私の親指を握り締めた。こんなにちっちゃいのに、想像より力が強い。
その力強さが愛おしくて涙が出そうになる。
リュカが助産師に案内されて近づいて来た。
恐る恐る赤ちゃんの頭をそっと撫でるリュカに
「パパよ」
と優しく声を掛けると、リュカの顔が真っ赤になった。
助産師さんに習った後、実際に抱っこしてみたリュカは腰が引けていたが、目に涙を浮かべて生まれたばかりの娘に見惚れる立派なパパの顔をしていた。
どうか、この子の人生が幸せなものになりますように。安らかなものでありますように。
親だったら誰でも思う当たり前の願いを私は心の中で呟いた。




