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番外編 クリスチャンの物語


僕はクリスチャン・ベルナール公爵子息としてこの世に生を受けた。


一人っ子の僕は家族の期待を一身に受けて成長した。


父が50歳を越えてからようやく授かった一粒種の僕は、大切に大切に真綿にくるむように育てられた。


が、同時に全てにおいて卓越した成果を求められたのだ。


父上は厳格で、母上は完璧主義者だった・・・と思う。


二人とも完璧な子育てをすれば、僕が完璧に育つと考えていたのだろう。


各分野での一流の家庭教師を揃え、子供の頃から文武両道をモットーに育てられた。


王太子のアランの側近候補として選ばれた時は、父上も母上も飛び上がって喜んだ。


そして一層精進して、いずれは宰相として国を支えられるように、と更に厳しい試練が課せられるようになった。


全てにおいて一番にならないと勘当するという台詞は幾度となく聞いた。


僕は両親の期待に応えるためにも常に一番を目指していたのだ。


そんな自分が井の中の蛙だったことを教えてくれたのはアランとオデットだった。


僕が魔法学院での最初の学力テストで三位だったことを両親に報告する時、正直僕の膝は震えていた。


父上からも母上からも見捨てられるのではないかという恐怖があった。


しかし、二人とも僕の結果を受け入れてくれた。


父上は確かにショックだったようで「次回は一位を目指せ」と言われたけれど、それでも僕に対する態度が変わる訳ではなかった。


母上から


「次の試験で頑張ればいいわよ。それに私もお父さまも魔法学院での成績はそれほど良くなかったのよ」


と言われた時は驚愕で顎が落ちるかと思った。


・・・なんだ。俺は何を怯えていたんだろう。


オデットが言ったように、一番じゃなくてもちゃんと見てくれる人はいるし、愛してくれる人もいる。


何も怖がることなかったんだ、とストンと胸に落ちた。


それ以来、アランとオデットは僕にとって特別な友人になった。


特にオデットには淡い恋心を抱いた時期もあった・・・が、彼女が僕に興味がないことは最初から明らかで、期待することが無かった分、失望や落胆も少なかった。


変な薬入りのチェリーパイを食べて、オデットに酷いことをしてしまったこともある。


オデットは笑って許してくれたが、自分ではいまだに許されないことをしたと夜中に眠れなくなることもしょっちゅうだ。


いつか彼女に罪滅ぼしと恩返しをしたいと思っているのだが、残念ながらその機会はなかなか来ない・・・。




オデットとリュカの結婚式は心温まる素晴らしいものだった。


心からお祝いの言葉を述べると、幸せに満ち溢れたオデットの笑顔が見られて、僕まで晴れ晴れとした気持ちになれた。


結婚っていいな、と初めて思ったのはその時だ。


アランは気が付いたらエレーヌと付き合いだしていて、常にハートマークを背負っているような雰囲気だったし、僕の周囲には幸せなカップルが増えていった。


でも、僕は恋愛未経験者だ・・・。我ながら不器用な自信はある。


こんな僕を心から好きになってくれる人がいるだろうか?


そんな不安は常に僕につきまとっていた。


一方、父上は本格的に引退する意向を示し、僕が結婚相手を見つけるのは公爵位を継ぐ上でも必須課題だった。


最初は覚える仕事が忙しくてそれどころではない、と断っていたが、そろそろ仕事を言い訳に逃れられない状況になってきた。


どんな勉強よりも難しいと思っていた課題だが、父上はあっさりと「見合いだな」と言って、山ほどの姿絵を僕に届けさせた。


確実に公爵位を継ぐ僕は結婚相手として理想的らしい。


多くの結婚の申し込みが来ていると父上は素っ気なく言った。


僕は執務机に積み上げられた姿絵のどこから見ていいかも分からないくらいだった。


すると執事が


「私が良さそうな方を選抜しておきましょうか?」


と言ってくれた。


「それは有難い。お願いしていいか?」


と頼むとパッパッと姿絵と釣書きを見比べて、二つの山に分け始めた。


一つは合格、もう一つは不合格、ということらしい。


大体同じくらいの高さの山が二つ出来たが、最後の姿絵を見て執事はしばらく考え込んだ。


釣書きもじっと思案気に眺めたまま動かない。


「ど、どうした・・・?」


と尋ねると


「いや、何でもありません・・・」


と言って、それを不合格の山に乗せた。


僕は逆にそれが気になったので、執事が出て行った後にその姿絵を手に取ってみた。


姿絵を見ると、びっくりするような瓶底眼鏡をかけた令嬢が立っていた。


瓶底眼鏡のインパクトが強すぎてどんな顔だか全く分からない。


瓶底眼鏡・・・オデットと比べちゃいけない、それは分かっているのだが、これはあんまりではなかろうか?


というかこんな姿絵を送ってくる時点で、僕には興味ありませんよ、と言っているのと同義だよな。


若干腹を立てながら釣書きを見るとニコル・ロジェ伯爵令嬢と書いてある。


趣味は読書と執筆とオデット・モロー・・・と書いてある。


趣味がオデット・モロー???


どういう意味だ?謎かけか?こちらの気を引こうとしているのか?


僕は真面目に結婚相手を探すために取り組んでいるのに・・・。


次第に腹が立ってきた僕は執事を呼び、ニコル嬢との見合いを手配するように指示を出した。


直接会って、嫌味の一つでも言ってやろうという気持ちだった。


執事は一瞬呆気に取られたが、すぐに表情を引き締めて


「かしこまりました」


と部屋から退出した。


その後執務に取り掛かるが、どうにもニコル嬢のことが気になってならない。


趣味がオデットって一体なんだ?それを言うなら、僕だって趣味はオデットだ。


気持ち悪いと言われるだろうが、オデットのことなら気づいたことは何でも記録している。


勿論、誰にも言ったことはないが・・・。リュカに殺されそうだしな・・はは。


それ以降も頭の片隅に常にニコル嬢のことが浮かび、どんな令嬢なんだろうと見合いの日が楽しみにも思えるようになってきた。


まずいな・・・これが敵の手なのかもしれない。


懐柔されないように用心しようと自分を戒める。




そして、いよいよ見合いの日がやって来た。


公爵邸に彼女と両親がやって来るというので、気楽に楽しんで貰えるように、庭にアフタヌーンティーを用意させた。


屋外の方が開放感もあり、リラックスできるだろうと思ったのだ。


そこにニコル嬢とロジェ伯爵夫妻が案内されてやって来た。


伯爵夫妻の顔は青褪めていて、挨拶の前に深く頭を下げて謝罪を始めた。


「・・・大変・・・大変申し訳ありません。うちの娘は変わり者で有名でございまして・・・その・・・まさか、あの絵姿を見て公爵閣下のお目に留まるなどとは思いもかけず・・・。このまま失礼させて頂いた方が宜しいかと・・・」



と言い募る。


隣に立っているニコル嬢はやはり瓶底眼鏡をかけているが、口元はニコニコ笑っている。


・・・唇は可愛いな。ぷるんとして・・さくらんぼみたいで。


と考えて顔が赤くなった。な、なにを考えているんだ。僕は・・・。


「いや、僕はまだ公爵ではないですし、そんなに緊張なさらないで下さい。僕の両親ももうじきこちらに来る予定ですので、良かったら大人同士でご歓談下さい。僕はニコル嬢とお話することを楽しみにしていたんです」


と如才なく挨拶をすると、伯爵夫妻はそれでも不安そうにニコル嬢を見つめる。


「・・・ニコル・・・。決して口を開いてはいけないよ」


という伯爵の言葉に驚くと、


「あ・・・いや、クリスチャン様に話しかけられたら勿論お答えするんだよ」


と付け加える。


伯爵夫妻が居るとゆっくり話せないなと思った僕はニコル嬢に


「良かったら庭園をご案内しますので、一緒に散歩しませんか?」


と尋ねてみた。


伯爵夫妻は不安そうに彼女を眺めているが、それをちらっと見ながら、彼女はコクリと頷いた。


二人きりになってようやく彼女の声が聴けると思っていたら、突然彼女が立ち止まった。


どうしたのかな、と思って彼女を見ると


「あの、失礼ながらクリスチャン様は・・・あの!あの!天上の美と清浄な魂と兼ね備えたオデット様と親しくていらっしゃるのですよね?私は魔法学院でご一緒させて頂いて以来、ずっとオデット様を密かに追跡させて頂いております。ちなみにこの瓶底眼鏡はオデット様が初めてアラン王太子殿下と対面された時に装着されていたものと同じモデルでございます。この世のものとは思えない美しさを隠すためにわざと瓶底眼鏡をかけ、時代遅れのドレスを着る奥ゆかしさ。くぅぅぅっ、素敵過ぎて、私は初めてお話を伺った時に鼻血が飛び散るかと思うくらいでございました」


・・・・・・?!


今なんて言った?早口過ぎてところどころ聞き取れなかったんだが・・・。


呆然とニコル嬢を眺めると、彼女は顔を真っ赤にして


「・・・た、大変申し訳ございません。私は好きなことの話になると夢中になってしまい、息継ぎもせず話し続けてしまう癖がございまして・・・」


「い、いや。少し圧倒されただけだ・・・。問題ない。それに僕もオデットのことは崇拝していると言ってもいい。だから、気持ちは良く分かるよ」


というとニコル嬢の瞳がキラリと輝いた。


「さようでございますか!勿論、クリスチャン様がオデット様と親しくされているのは存じ上げておりました。私などは神の視界に入るのも恐れ多い卑小な存在でございましたから、こっそり廊下の隅に隠れてでございましたけれど、密かにオデット様達のことを拝見していたのでございます。噂ではクリスチャン様はオデット様の手料理を振舞われたこともあるとか?素晴らしい天上界での饗宴を享受されたのでございますね。その時の思い出などをお聞かせ頂けましたら無上の幸福でございます。そして出来ますれば、料理の献立や、料理をされている時のオデット様のスタイル、エプロンのお好みなどご教示頂けましたら幸いでございます!」


と熱弁を振るう。しかも、口調はモノトーンで凄まじい早口だ。


でも、僕はオデットの思い出話をするのが好きだ。


話を聞いてくれる人が今までいなかったから、したことないけど。


だから、僕は内心張り切って、オデットがジャガイモの皮の剥き方を教えてくれた話とか、常に一番でいないと落伍者だと凝り固まっていた僕の価値観をオデットがどうやって解きほぐしてくれたかなど、初めてオデットの手料理を食べた時の話をすると、ニコル嬢がぶるぶると震えだした。


大丈夫か?と彼女の顔を覗き込むと、涙が滝のように頬を伝って流れていく。


「お、おい・・・?大丈夫か?」


と不器用に背中を擦る。


「・・・オデット様の無限の優しさ、慈悲深さ・・・そして、オデット様の言葉を真っ直ぐ受け止めることが出来るクリスチャン様の感受性の豊かさ・・・。全てが・・・全てが・・・尊い・・・」


と叫びながら、蹲って泣き伏した。


僕は・・・絶句しながらも不思議な充足感に浸っていた。


オデットの言葉が僕の心の琴線に触れた時、僕も・・・僕も今の彼女と同じ気持ちになったんだ。


初めてあの時の気持ちを誰かに共感して貰えた気がした。


僕は彼女にハンカチを渡すと、立ち上がるのを支えるために手を差し出した。


ハンカチで目を拭くために彼女は瓶底眼鏡を外し、想定外のぱっちりした可愛い瞳が現れた。


なんで・・・こんなに可愛いのに、わざわざ瓶底眼鏡なんてかけてるんだ?


彼女は恥ずかしそうに僕の手を取りすっくと立ちあがると、ほこりだらけになったドレスの裾をバンバン叩いている。


「・・・君はとても愛らしい容姿をしているのにどうして瓶底眼鏡をかけているんだい?」


と聞くとニコル嬢は晴れ晴れとした笑顔で


「もちろん、オデット様へのオマージュですわ!」


と握りこぶしを振り上げて答えた。


僕はあまりに予想通りの答えに爆笑してしまった。


彼女は何で僕が笑っているのか分からないという表情だ。


僕が笑いながら


「君は本当に可愛いね」


と言うと、彼女は怒ったように


「オデット様を身近に見た方が私を可愛いなどと思うはずがありません!」


と言い切る。


僕はニコル嬢がどれだけ可愛いか、ちゃんと分からせてあげたいな、と思った。




その後、僕とオデットとの思い出話や、過去のオデットの様々なエピソードを聞くためにニコル嬢は公爵邸に入り浸り、気が付いたら僕達は結婚していた。


アランとエレーヌよりも先に結婚式を挙げた僕達に、アランは終始嫌味を言っていたが、僕は全然気にならなかった。


僕達の結婚式にはオデットとリュカも参列してくれて、ニコルはそれだけで昇天しそうなくらい感動の涙を流していた。


僕とロジェ伯爵夫妻の説得が実り、ニコルは結婚式の当日は瓶底眼鏡を外してくれた。


真っ白なウェディングドレスが良く似合う。


やっぱり、可愛いな、と彼女の頬を指で撫でると、頬がピンク色に上気する。


こんな風に誰かを好きになれるなんて思ってもいなかった。


彼女も同じ気持ちでいてくれるといいな、と思いながら


「ニコル、好きだよ」


と微笑むと、彼女の顔が完熟トマトよりも赤くなり、小さな声で


「・・・私もです」


と囁いた。


その後、ニコルは結婚パーティでオデットに告白し、サインと握手をしてもらって「人生最良の日だ!」と叫んでいた。


相変わらずのニコルだけど、僕はそんな彼女が好きで、可愛いなと思う。


でも、僕もアランもオデットもニコルが魔法学院で同じクラスにいたという事実を覚えておらず、これは僕達の秘密にしようと約束したのだった(汗)。


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[良い点] 全部一気読みしました!めっちゃ面白かった(*⁰▿⁰*)! 娘編もこれから読みます!
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