番外編 リュカとぷくの物語
私とリュカが結婚して一年ほどが過ぎた。
信じられないほど幸せな一年で、リュカとは相変わらず仲良しだ。
そして私は妊娠している。ジルベールの話を信じるなら、女の子が生まれるはず。
当初考えていたように名前を「スザンヌ」にするか迷ったが、リュカと話し合ってゲームなるもののために好きな名前を諦めるのは良くないと決めた。
娘が生まれたらサットン先生のように強く逞しい女性になって欲しい。
大きくなったお腹を撫でながら、早く顔が見たい、元気で出ておいで~と心の中で声を掛ける。
勿論、リュカも赤ちゃんが産まれるのを楽しみにしてるけど、私が赤ん坊の世話に掛かり切りになるのが心配らしい。
「俺のことを忘れてしまいそうで心配だ」
と真剣に言われて、つい笑ってしまって叱られた。
リュカは私が思っていたよりずっと甘えん坊なんだな、とこの一年で良く分かった。
そして、それがすごく嬉しいと思ってしまう自分がいることも。
甘えん坊のリュカはとても可愛い、と言ったら、きっと怒って拗ねてしまうから、言わないけど。
仕事は出産ギリギリまで続けさせて貰う予定だ。
王宮は最近大きな動きがあった。あの鉄血宰相ルソー公爵が急死したのだ。
直前までピンピンしていた公爵の突然の死に「毒殺されたんじゃないか?」なんて不穏な噂まで出たくらいだ。
王宮が調査に乗り出したらしいなどと、きな臭い噂が飛び交ったが結局何もなかったのだろう。
最近あのバチストが公爵位を継承したと聞いた。
名前を思い出すだけでもうぇっとなってしまうが、幸い王宮で顔を合わせる機会もないので、嫌な記憶も朧気になっている。
アンジェリックは海の向こうのタム皇国の皇子と婚約が決まったらしい。
タム皇国はリシャール王国の同盟国ではない。常にこの大陸への侵略を狙っている。どちらかというと敵国だ。
だから、国王陛下が婚約を承認したことも驚いたが、今後はタム皇国とも友好関係を築きたいという外交政策の表れでもあるらしい。
ルソー公爵の死によって、モロー公爵(お父さまだ!)が宰相になり、既にベルナール公爵位を継いでいたクリスチャンが宰相補佐となった。
自分が宰相になると思っていたバチスト・ルソー公爵は新体制に不満を持っているとの噂だ。
新体制も整い、国王陛下はいよいよ譲位のタイミングを考えているという。
アランは王太子として精力的に働き、婚約者のエレーヌも有能で積極的に王太子を補佐しているらしい。
アラン達の結婚式はいつになるのかな・・・?とボーッと考え込んでいたら、気になることを思い出してしまった。
ぷくのことだ。
ぷくは私達の結婚式でも姿を見せなかった。
リュカと婚約して以来、私はぷくを見ていない。婚約前にリュカと会えなかった時期はたまに顔を見せていたんだけどな・・・。
ぷくはリュカに対して明確な敵意を持っていた。
結婚して一年も経つのに全く気配も見せない。まだ怒っているんだろうなぁ。
ぷくにとってリュカは突然私に襲い掛かった悪者で、どうして私がリュカと仲良くしているのか理解できないのだろう。
元々気まぐれにしか姿を見せない私の守り役だったけど、もう一年半以上姿を見せないとなるとさすがに不安になる。
まだ私の傍にいてくれるのかな?
もう愛想を尽かしてお母さんの元に帰っちゃったのかな?
・・・神龍がお母さんなのかお父さんなのかは謎だけど。
たまに小さな声で「ぷく~」と呼んでみても全く現れない。
その日も周囲に人が居ないのを確かめてから「ぷく~、ぷく~、居るなら出てきて~」と小さな声で呼びかけてみたが、やはり全く反応がない。
ふぅ~っと溜息をついて、ソファに腰かけた時に背後から突然声がした。
「・・・ぷくを呼んでいたのか?」
ビクッとして振り返ると暗い顔をしたリュカが立っていた。
・・・あ、しまったと思った。
リュカは頭を抱えてソファに座り込んだ。ものすごく落ち込んでいる。
リュカにはぷくが現れないことは伝えたけど、元々滅多に姿を見せない子だからと言い訳しておいたんだ。
でも、さすがにこれだけ長い間姿を見せないのは自分のせいだと、リュカはずっと心配している。
今日もリュカは暗黒のオーラを纏い
「・・・ぷくが俺を許せないのも無理はない!俺が全部悪いんだ!」
とズーンと落ち込んでいる。私は慌てて彼の背中を擦った。
最近では闇の魔法を使わなくても、私が背中を擦るだけで気持ちが落ち着くようになってきているが、リュカは責任感が強いし、私を殺そうとしたことでずっと自分を責め続けている。
ぷくと仲直り出来ないと、余計に自分を責め続けるんだろうなと想像できるから、二人(?)には仲良くして欲しいんだけど・・・。
その後もぷくに関しては変化のない日々が続いていた・・・
・・・のだが、ある日何の前触れもなくぷくが姿を現した。
その日、私は王宮を歩いていた。
少し離れた廊下をダミアンともう一人の男性が歩いているのが見えた。その男性は長いマントにフードを被っていて、どんな人か全然分からない。
誰だろう?と思っていた時、突然ぷくが現れた!
「あ、ぷく!」
と呼びかけたのに、ぷくは私を無視して真っ直ぐにダミアンの隣の男性に向かっていった。
まあ、人には見えないし気づかれないだろう・・・と思っていたら、驚いたことにその男性が振り向いた。
頭からフードをスッポリ被っていて、顔全体を黒いマスクで覆っているので、顔は全く見えない。
ぷくはその男性の周囲に纏わりついて身を擦り付けている。
あれは・・・間違いない。甘えている時のぷくだ。
私はジェラシーに燃えた。
私にだってあんなに甘えたことないのに・・・。
驚いたのは、その男性がぷくを視認したことだ。
明らかにぷくを見て、しかも何か話しかけている。
・・・何者?
ダミアン先生は戸惑ったように黒マスク男に話しかけている。
黒マスク男が何かを答えて、私の方を指さした。
ダミアン先生が慌てた様子で私の元に駆け寄って来た。
「オデット」
「ダミアン先生」
「いや、もう先生はやめてくれ・・・」
「すみません・・・つい」
ビックリしすぎて、昔の癖が出てしまった。
「いや、いいんだ。お前には神龍の赤子が守り役でついているというのは本当か?」
私はダミアンにはぷくの話したことがなかったので、純粋に驚いた。
「何で知ってるんですか!?」
「やっぱりな。あそこに立っている人は宮廷筆頭魔術師のマーリン様だ」
「・・・・えええ!?あの方が!?誰も顔を見たことがないという伝説の?」
「まあ・・・そうだな。俺も顔を見たことはない。あの方はすごい魔力を持っているんだが、人間が嫌いなんだ」
「はあ・・・?」
「人間と関わりを持ちたくないから仕事もしたくない。だから、神子姫が居る間は彼女に国防を全て任せて王宮にもろくに来なかった」
「・・・それで、いいんですか?」
「まあ、神子姫のおかげでそれが許されていたらしいが、彼女が去ってからは、マーリン様が国の防衛の要だ。国境もそうだが、この大陸自体強力な魔力で結界が張られているのを知ってるだろう?」
「ええ、まあ、一応」
「神子姫が張ってくれた結界を維持するためにも、マーリン様に頑張って貰わないといけないからな。それで今日もこれから国王陛下と話し合いがあるんだが・・・突然マーリン様が神龍の赤子が居ると言い出してな」
「そ、そうです。ぷくは他の人には見えないはずなのに、あのマーリン様には見えているみたいで・・・。しかも、ぷくは・・・ぷくは私よりもマーリン様に懐いているんです!」
私はジェラシーで胸を震わせながら訴えた。
「マーリン様は人間以外の全ての生き物に好かれるからな・・・噂だと動物と話も出来るとか」
「本当ですか?!」
「いや、分からん。あの方はとにかく謎ばかりだから・・・」
こうやって話している間にもぷくはマーリン様に纏わりついて甘えている。
くぅ、ジェラシー!!!
「・・・まあ、それでだ。マーリン様が言うには、その、ぷく?だったか?・・・赤子は拗ねているんだろう?お前とリュカに対して怒っているらしい。でも、リュカが赤子の喜ぶものをプレゼントすることが出来たら、許してやってもいいと言っているそうだ」
プレゼント・・・?リュカがぷくの喜ぶものをプレゼント出来たら仲直りしてくれる・・・?
「・・・マーリン様はぷくと話も出来るんですね?それは、マーリン様が動物と話す能力があるからですか?」
「・・・いや、確か神龍の赤子はある程度成長すれば主人と話が出来るはずだぞ?何故マーリン様に赤子の姿が見えて、しかも話が出来るのかは謎だがな」
え・・・。もしかして、私を避けている間に話が出来るようになっていたの・・・?
私は激しい衝撃を受け、足がよろめいた。
その時、ようやくぷくがマーリン様を離れて私の近くに来た。
私と正面から顔を合わせるぷく。
「ぷく~、会いたかったよ~」
と抱きしめようとすると、ぷくはぷいっと顔を背けて消えてしまった。
・・・ぷく(泣)。
ダミアンはぷくのことは見えないまでも事情を察したのだろう。
私の頭を撫でると
「すまん。俺達はこれから国王陛下と謁見があるから行くわ」
と言って慌てて走り去ってしまった。
はぁ、と重い溜息が出た。くぅ、ぷく・・・(涙)。
その日の夜、リュカにその出来事を話した。
「・・・ぷくが喜ぶプレゼント?」
リュカが呆然としながら額に手を置いた。
「うん、そうしたらぷくは許してくれるって」
「・・・ぷくは何をあげたら喜ぶんだ?」
「いい質問ね。私も全く分からないわ」
「・・・でも、ぷくが喜ぶプレゼントをあげたら許してもらえるんだな。とにかくやってみるしかないな!」
とリュカは気合を入れて立ち上がった。
それからリュカの奮闘が始まった。
まず、食べ物から攻めることにしたらしい。
果物。ケーキ。チョコレート。マカロン。プディング。パン。カレー。シチュー。ステーキ。コロッケ。おにぎり・・・果てしないメニューが続いた。
しかし、ぷくは出て来ない。
というか、ぷくに食べ物は必要ないんじゃないかな~~?と思ったけど、真剣な顔でおにぎりを差し出すリュカには何も言えなかった。
次に各種飲み物。
草花。
宝石。
香水。
刀剣。
武具。
ハンカチ。
絵画。
彫刻。
ドレス。
アクセサリー。
バッグ。
靴。
本。
文房具。
家具。
何だか訳の分からないものまで含めて、リュカは頑張った。
しかし、報われない。
ソファに座り両手を顔で覆って俯きながら
「やっぱり俺には無理なんだ!俺はダメな人間だ!」
と嘆くリュカの背中をせっせと撫でる。
「明日ダミアンにマーリン様に相談できるか聞いてみる。マーリン様なら何か教えてくれるかもしれない」
リュカは目をうるうるさせながら
「不甲斐ない夫ですまない!」
と私に抱きついた。うちの夫が可愛すぎる・・・。
翌朝、うまくダミアンに遭遇できたので、事情を説明するとダミアンの顔が曇った。
「マーリン様に会うのは難しいな。人間嫌いだから・・・俺も本当は嫌がられているんだ。でも、仕事で会った時に何か助言してもらえないか聞いてみるよ」
とダミアンは笑顔で言ってくれた。
その日の夕方、私が担当している国境付近の結界に異常がないか確認していると、ダミアンが私のところに来た。
「マーリン様からの助言だ。まず赤子は女の子だそうだ。あと、赤子が一番好きなものは何なのかを考えろと仰っていた」
「・・・ありがとう!ぷくは女の子だったんだね?!」
私はダミアンを通じて得たマーリン様のアドバイスをリュカに伝えた。
リュカは
「女の子・・・ぷくの好きなもの・・・」
と言いながら額に手を当てて、ずっと考え込んでいる。
私は邪魔をしないように、そっと部屋を出た。
その後、しばらくしてリュカは私のところに来た。
「・・・これが正解の自信はないんだが・・・」
と言って、自分の髪に結んだ緑色のリボンをスルスルと解く。
そして、そのリボンを差し出しながら
「ぷく。このリボン、良かったら使ってくれないか?オデットの瞳の色なんだ。ぷくが一番好きなのはオデットだろう?だから、これなら喜ぶんじゃないかと思ったんだが・・・」
と声を掛けた。
しばらく待ったが何も起こらない。
「やっぱりダメか・・・」とリュカが肩を落とした瞬間、私の胸から突然白い光と共にぷくが現れた。
相変わらず可愛い。
「ぷく・・・」
と堪らず声を掛けると
「・・・今までごめんね」
とぷくが声を発した。
私は感動で胸が震えた。
ぷくが・・・ぷくが・・・しゃべった!しかも、声も可愛い。
「リュカに、私はもう怒ってないよ、って言って」
リュカにぷくの言葉を伝えると、彼は腕を目に押し当てて嬉し涙を流した。
ぷくはリボンを尻尾に付けて欲しいという。
実体がないのになぁ、と思っていたら、魔法で何とか出来るらしい。
私が悪戦苦闘しつつ、ぷくの尻尾に緑色のリボンを結ぶと、ぷくは喜々として飛び回り、リボンがふわふわと揺れるのを眺めている。
ぷくにつけた途端リボンが見えなくなったらしいリュカは戸惑っていたが、ぷくはすごく嬉しそうだよと言うとリュカが破顔した。
その日の夜、私とリュカがベッドに並んで他愛もない話をしている間も、ぷくはふわふわと私達の周りを飛び回っていた。尻尾のリボンがヒラヒラと宙を舞う。
ぷくがこんな風に一緒に居てくれるのは初めてで嬉しい。
ついぷくの動きを目で追ってしまう。
リュカが少し不満そうに私の顎に指をかけて、顔を自分に向けた。
「俺だけを見てろよ」
と言いながら、顔を寄せて私に口付けしようとするリュカに
「あ、ごめん。ぷくが居るから・・・」
と胸を押しやると、彼はガクリと肩を落とした。
「待て・・・まさか・・・もしかして、ぷくが居る間は口付けも出来ないの・・・か・・・?」
愕然とするリュカ。
ちょっと可哀想だけど、やっぱりぷくがいる前だと恥ずかしいよ。
まだ小さいし教育上良くないよね。
そう伝えた時のリュカの絶望的な面持ちを見て、ぷくがウシシとほくそ笑んでいたことは、リュカには内緒だ。
ウシシ(ザマ―ミロ!)by ぷく
*『悪役令嬢は殺される運命だそうなので、それに従います。』の続編を投稿しました。
続編のタイトルは
『乙女ゲームのヒロインですが、私の好きな人は攻略対象じゃないんです!どうしたらいいですか?』
https://book1.adouzi.eu.org/n8293gm/
です。オデットとリュカの娘が主人公です。読んで頂けたら嬉しいです!宜しくお願いします。




