番外編 新婚生活2
会場に入ると熱気を感じるくらい人が多い。
「貴族は全員招待されているからな」
とリュカが耳元で囁いた。
「オデット!」
と声をかけられて、そちらの方向を見るとマリー、ソフィー、ナタリーが笑顔で手を振っていた。
私は嬉しくて彼女たちに駆け寄る。
「久しぶり!みんな元気だった?」
とはしゃいでいる私達の様子を微笑ましそうに見ていたリュカは、誰かに話しかけられてそこで話の輪に加わった。
久しぶりに会う懐かしい友達との話の種は尽きない。三人とも婚約が調って近いうちに結婚するらしい。
おめでたい!
お互いにお祝いの言葉を交わしていたら
「うるさいわね!」
という苛立った声がして、私達はビクッと話を止めた。
その言葉を発したのは、赤いドレスを着たアンジェリック嬢だった。
「ああ、嫌だ。婚約とか言ったって、どうせ金も地位も名誉もないブサイクな男しか寄ってこないくせに」
アンジェリック嬢を取巻く令嬢達が一斉にクスクス嗤う。
「あんた達みたいな下位貴族まで呼ぶことないのよ。人が多くてうんざりするわ」
「まったくですわ!」
と取巻きその1が調子を合わせる。
「あんた達みたいなしょぼい令嬢が出入りしたり、アラン様の婚約者もどこの馬の骨とも知れない卑しい女だし、この王宮の質もどんどん下がっていくばかりね」
「その通りですわ!アンジェリック様のような高貴な方が御心を痛められて・・・。なんておいたわしい・・・」
取巻きその2の台詞だ。アンジェリックは満足気に頷く。
私は敬称をつけるのを止めた。
「私の婚約者はクリスチャン・ベルナール公爵子息ですのよ。もうすぐ公爵位を継承される予定なので私は公爵夫人になるの。既に公爵令嬢だから特に身分が上がる訳ではないけど、まあ我慢できる範囲ですわ」
「まあ、あの容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、将来有望、富貴栄華を絵に描いたような貴公子がアンジェリック様に夢中なんですって!?」
取巻きその3が甲高い声で叫ぶと、アンジェリックは自慢気にほーっほーっほほと哄笑した。
すごいな・・・。
何がすごいって、先ほど男性陣に囲まれていた時とのギャップだ。
さっきまでは謙虚で可憐な令嬢風じゃなかった?
リュカから言われたことを思い出して黙っていようと思っていたのに、つい言葉が口から出てしまった。
「クリスチャンが婚約したって話は聞いてないけど・・・」
それを聞いたアンジェリックの目つきが剣呑なものに変わった。
「・・・ちょっと、あんた。誰よ?あんたみたいな下位貴族がクリスチャン様に近づける訳ないでしょう」
と詰め寄ってくる。
そ、そうだね。一旦引こう。この迫力に押されたら敵わないし、こんな人と張り合うのは時間の無駄だ、と思った瞬間、マリーが声をあげた。
「その方は、マルタン伯爵夫人でいらっしゃいます。元モロー公爵令嬢であられますわ!」
それを聞いたアンジェリックと取巻き令嬢らはその場で固まった。
しかし、アンジェリックはすぐに立ち直り
「ああ、アラン様に振られて、自分より下位の伯爵に嫁いだ方ね。どうせ大した男でもないでしょうけど。マルタン伯爵なんて聞いたことないし。勿論、クリスチャン様に比べたら、誰でもしょぼいでしょうけどね!」
と再び取巻き連中と一緒になって私達を嘲笑う。
はぁ、と内心溜息をついていたら
「オデット・・・どうした?大丈夫か?」
とリュカが現れた。
少し心配そうな顔が余計に色気を醸し出している。
近くにいた令嬢達は皆リュカを見て、彼を意識しているのが分かる。顔を赤くしてもじもじしている女の子たちばかりだ。
やっぱり、モテるな!
「何かあったのか?」
とリュカが周囲を見回すと、視線を受けた取巻き令嬢らの顔が真っ赤になった。
アンジェリックは呆気に取られた顔でリュカを見ている。
「り、リュカ?あなたがマルタン伯爵・・・?」
「ああ、知らなかったのか。・・・大々的に宣伝した訳じゃないからな」
リュカが強張った顔で答えると、アンジェリックが艶っぽく微笑んだ。
「あなたがそんなつまんない女と再婚したなんてね・・・。もっと女の魅力に溢れた女性が好みかと思っていたわ。胸とかね・・・ふふ」
と言いながら、アンジェリックはリュカの腕に自分の腕を絡ませた。ついでに豊満な胸をさりげなく彼の腕に押し付けている。そして、私の胸に視線を向けると『ふふん』という顔をした。
むっき――――――!!!
内心の動揺が隠し切れない。それくらい迫力のある胸だ。
「私、あなただったら伯爵でも嫁いでいいかなと思ってたのよ。ねぇ、あんな子よりも楽しいでしょ?夜だって物足りないんじゃない?」
と婀娜っぽい声で囁くのが聞こえて、益々落ち着かない。
勿論、リュカが私を裏切る訳ないけど、ちょっとでも彼の心が動いたら嫌だ!
恐る恐るリュカを見ると、彼は痰壺にはまったナメクジを見るような目でアンジェリックを見ていた。
それくらい明らかな嫌悪感が全面的に表れていて、アンジェリックはたじろいだ。
リュカは乱暴に腕を振り払う。
汚いものでも払うかのように腕をはたくと
「お前のような女に魅力を感じたことは一度もないし、俺はオデットで完璧に満たされているから彼女以外は必要ない。俺にとってお前みたいな女は黒光りする害虫以下の存在だ」
と言い切った。
あまりの台詞にその場がカチ―――ンと凍り付く。
アンジェリックの顔が怒りのあまり赤を超えて紫に近くなった。
震える拳を握り締め
「・・・高位貴族に対する無礼。後で覚えておきなさい。ただで済むと思わないでよ!」
と捨て台詞を残してその場を去ろうとした時、クリスチャンが走って来るのが目に入った。
「・・・あら、早速私のために駆け付けてくれたのかしら?私への数々の侮辱を知ったら、クリスチャン様は怒り狂うでしょうね?将来の宰相候補を怒らせて、後悔しても遅いのよ」
とアンジェリックは余裕を取り戻し、クリスチャンを迎える体勢を整えた。
目に少し涙を浮かべ、上目遣いにアヒル口で準備万端だ!
パチパチと目を瞬かせる回数も半端ない。蜂が飛んでいる時の羽根のようだ。
彼女の変貌ぶりにある種の感動を覚えているとクリスチャンが息を切らしてやって来た。
「・・・っ、クリスチャン様。私のために来て下さったのね!」
と出迎えたアンジェリックに一瞥もくれずクリスチャンは通り過ぎた。
クリスチャンは一直線に私の前まで来るとその場に跪いて、私の手を取る。
「オデット。君は相変わらず美しい。天上の美とは君のことだ。美の女神が光臨してきたかと思った。例え、他の男のものになったとしても、僕の忠誠は永遠に君のものだ」
と言いながら、私の手の甲に口付けた。
私の隣でリュカがものすごい殺気を放っているのを感じ、急いで手を離す。
それをワナワナと震えながら見ていたアンジェリックは
「私にこのような屈辱を・・・絶対に許さない!後悔させてやる!」
と叫んで走り去った。
取巻き令嬢達も慌てて後を追う。
「・・・あれは・・・誰だ?」
とクリスチャンが呟いた。
すみません・・・。あともうちょっと続きます。




