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番外編 新婚生活


結婚式の翌日、私達はヤンが作ったドアを燃やした。


リュカと二人で離れがあった空き地にドアを運ぶ。空き地にはそこに建物があったという痕跡はどこにもない。草花が生え、蝶や蜂が飛び交う平和な空間が広がっているだけだ。


私達は言葉もなくその光景を眺めていた。リュカの目が潤んでいるように見えて、ギュッと彼の手を握る。リュカは黙って私の手を握り返した。


何も残っていないけど、私達の胸の中には確かにここで出会って恋に落ちた思い出が存在する。それは何があっても消せないものだ。


そういうとリュカは少し笑って、私を抱き寄せると額にキスをした。私も彼の背中に手を回す。


彼は理不尽な理由で多くのものを失った。どうかこれから私が沢山彼に与えてあげられますように、と心から願う。


私は火の魔法を使いドアを焼いた。リュカは風の魔法で煙を制御している。パチパチと音を立てながら燃えるドアはあっという間に真っ黒な消し炭になり、地面に崩れ落ちた。


空き地の隅っこに土の魔法で穴を掘ると、そこに消し炭を埋めた。


ドアのおかげで私達は救われた。ありがとうと心の中で独り言ちる。


「ここに花の種を蒔いてもいいかもね」


と私が言うとリュカは


「そうだな」


と寂し気に微笑んだ。


その日の夜、リュカは眠りながらひどくうなされた。悪い夢を見ているのだろう。


離れやドアは彼にとって複雑な思い出がこびりついている。


私は眠りながら苦しむリュカの胸にそっと手を当てる。


闇の魔法がどれだけ効果があるのかは分からない。でも、少しでも彼の心を癒したかった。



どうか、リュカの心の傷が少しでも癒されますように。


どうか、リュカの苦しい思い出が少しでも薄れますように。


どうか、リュカが幸せになれますように。



私は心からの祈りをこめた。


しばらくすると、リュカの呼吸が落ち着いて、寝顔が安らかになった。良かった・・・。


リュカの端整な寝顔を見つめながら、そっと彼の凛々しい眉毛に沿って指を滑らせる。


どうか一生この人と寄り添えますように。


私は逞しいリュカの二の腕にそっと頭を乗せた。




翌朝、目を覚ますと麗しいリュカの微笑みが目の前にあった。


嬉しそうに私の髪を撫でるリュカに


「おはよ・・・」


と声を掛けると、何も言わずに私の頭ごと引き寄せて、深い口付けをする。


朝一番に感じる柔らかい舌や唇の感触に体がきゅんと反応する。


どんどん深くなる口付けに息が上がってきた。


「夕べ、お前がいなくなる夢を見た・・・。どこを探してもいないんだ・・・」


ようやく頭を離してくれたリュカがぽつりと呟く。


・・・やっぱり悪夢を見ていたんだね。


「私はずっとここにいるよ。ずっと一緒だよ」


とリュカの頭を撫でると、再び深い口付けをされた。


朝から頭がくらくらするくらい激しい口付けをされて、私は息も絶え絶えだ。


リュカが熱い息で


「お前がここにいるって確かめたい」


と力一杯私を抱きしめる。


うん、それであなたが安心するなら、と私もリュカの背中に手を回す。


ん・・・?あれ・・・?


どんどん手の動きがけしからん感じになってきている・・・かな?


「お前が俺のものだって確かめたいんだ・・・ダメか・・・?」


その顔はずるい!そんな捨てられた子犬のような目をして見つめられたら・・・



ダメとは言えなかった・・・。




そんな風に私達の新婚生活は甘く、リュカは隙あらば私を篭絡しようとする。


でも、リュカは領地経営に熱心に取り組んでいたし、私も王宮で宮廷魔術師としての仕事を続けていたので、二人とも忙しい毎日を送っていた。



ある日、アランとエレーヌの正式な婚約が発表され、婚約披露パーティを兼ねた夜会が王宮で開かれることになった。


エレーヌはモロー公爵家の養女になったので、公爵令嬢として嫁ぐことになる。


アランは身分なんて気にしないが、アランの周囲の人間は気にする人が多い。


迅速に手続きを取ってくれたお父さまに感謝してもしきれないとエレーヌは話していた。


私とリュカもマルタン伯爵夫妻として夜会に招待された。


幸いエレーヌはアランのご両親にも気に入られているようで、私も嬉しい。


きっと彼女なら将来素晴らしい王妃になるだろう。


フランソワは最初「苦労するぞ」なんて言って反対していたが、エレーヌの決意が固く、それにとても幸せそうなので諦めたらしい。


私は初めてリュカの妻として参加する夜会が楽しみなような不安なような不思議な心持だった。


夜会用のドレスはリュカが選んでくれた。


今回は珍しく青色のドレスなので理由を聞くと


「緑色のドレスは可愛すぎて他の男に見せたくない。青なら俺の瞳の色だから、お前が誰のものか周知できるだろう」


と独占欲満々の返事が返って来た。


そういうリュカは黒のタキシードで、めちゃめちゃカッコいい。


髪はいつもより若干丁寧に梳っていて、緑色のリボンで結んでいる。胸に挿したチーフも緑だし、リュカが身に付けるものは緑色のものが多くて、少し照れくさい。


リュカは背が高く足も長いので、全体的なバランスが整っていて見栄えがする。タキシードのせいで余計に大人っぽい雰囲気が漂い、精悍な顔立ちも相俟って、鼻血が出そうなくらいの色気が溢れ出ている。


・・・こんなに魅力的な人が私の旦那様なんて・・・と見惚れていたら、リュカも熱い溜息をついて


「・・・可愛い。お前みたいな奥さんがいるなんて、俺は前世で身を犠牲にして一国を救うくらいの徳を積んだに違いない。神様ありがとう」


と手を合わせている。


私は恥ずかしくなって「早く行こう!」とリュカを急かした。




王宮で行われる夜会は華やかで、多くの美しく装った紳士淑女が騒めいている。


お父さま達は今夜エレーヌに付き添う予定で挨拶やら儀式やらで忙しいらしい。


私とリュカはのんびりと夜会を楽しむだけだ。


少し早く到着してしまったので、二人で会場の外にある庭園を散歩することにした。


庭園には美しい噴水があり、水しぶきが空中に華麗な文様を描いている。


噴水の脇に空いているベンチがあったので、そこに二人で腰かける。


周囲には、他にも何人もの人が涼んだり談笑したりしている。


その中に、一際賑やかな集団がいた。


周囲が顔を顰めるくらい大きな声で話をしている。中心にいるのはとびきりの美男美女の二人だ。リュカほどの美男じゃないけどね。


女性は胸の谷間が強調されるような胸の開いた赤いドレスを着ている。


・・・大きいな。


すると、彼らの会話が聞こえてきた。というより、こんなに大きな声で話していたら嫌でも耳に入って来る。


「全く王太子も女の趣味が悪いよなぁ。最初は評判の悪い令嬢で、次はどこの馬の骨とも分からない娘だと!」


「一応モロー公爵家の養女になっているけど、元々の出自が卑しいのは問題視されないのか?王家なら猶更血筋を重視すべきだと思うが・・・」


「地味だしな~。男としては物足りないよな」


「アンジェリックの方がずっと美しいのに。女を見る目が全然ないんだな」


「・・・いえ、そんな・・・私なんかが殿下の婚約者候補になれただけでも光栄ですわ・・・」


と赤いドレスの令嬢が恥ずかしそうに応えている。


それを聞いた男達がウォ――っと盛り上がった。


「こんな可憐で謙虚なアンジェリックを選ばないなんて、王太子は本当にバカだな」


「あのエレーヌとかいう女は生意気そうだしな。可愛げもないのに、どこが良かったんだか」


王族やその婚約者に対して失礼な・・・とつい眉を顰める。


何気なく視線を送るとリュカが小さな声で囁く。


「あの中心にいる二人はルソー公爵の令息と令嬢だ。確か名前はバチストとアンジェリックと言ったかな。アンジェリックはアランとお前が婚約解消した後、婚約者候補の最有力だったんだ」


なるほど。アンジェリック様が選ばれなかったから取巻きたちは怒っているのかな?


「何だか目立つ人たちね」


騒がしい人たちというのは気が引けたので違う表現を使ったが、王族に対して不敬なことばかり言っているし、飲み物や食べ物を給仕している使用人たちの足を引っかけて嘲笑ったり、はっきり言ってとても態度が悪い。


誰も遠巻きにするだけで注意しない。私が何か言おうと立ち上がりかけたら、リュカに止められた。


「あいつらに関わらない方がいい。社交界でも特に評判が悪いんだ」


「そうなの?でも、ルソー公爵は鉄血宰相と呼ばれて尊敬されているってお父さまが言っていたわ」


リュカは複雑そうな顔で考え込んだ。


「確かにルソー公爵は清廉潔白で立派な方だ。ただ、公爵の強みは主に財政面だからな・・・。人間的には少し不器用な方かもしれない。ただ、これだけ腐敗した貴族政治の中でリシャール王国は健全な財政を維持出来ている。これは一重にルソー公爵の功績だな」


あ、そうだったんだ・・。


「ルソー公爵は鉄製の頑丈な金庫のようで、目の前で血を吐いても決して無駄な予算は出してくれないというので、鉄血宰相というあだ名がついたくらいだ」


「それは良かったわね・・・。これで財政面もボロボロだったらアランが国王になった時に今以上に苦労するわ」


「そうだな。だが、そのせいでルソー公爵は色んな人の恨みを買っているそうだ。社交も嫌いで、夜会にも滅多に参加しないらしい。自分の子供達にも恨まれているというか・・・仲は良くない」


「子供達って・・・あの感じの悪い・・・?」


やから』と言いかけて、さすがに公爵子息らに使っていい言葉じゃないと慌ててそれを飲み込んだ。


リュカは真剣な顔で頷く。


「あの二人には関わるな。ルソー公爵から金を引き出せないからと非合法な手段を選んだ連中だ」


「二人を知っているの?」


「ああ、アンジェリックは魔法学院で一緒だったし、二人はイザベルと仲が良かった。あいつらはイザベルと同類だと思っていた方がいい」


「確かに・・・」と私は令嬢の大きく張り出した胸を見つめて呟いた。そして、自分の胸を見下ろしそっと手を置く。


私の視線の先に気が付いたリュカは慌てだした。


「・・・お、お前、また何か変な誤解をしていないか?」


「なに?男の人はみんな巨乳が好きだってこと?」


私の声に苦さが混じる。


「きょ・・・、お前は・・・なんて言葉を・・・」


とリュカが衝撃を受けている。


「大丈夫よ。リュカは私の胸でも我慢してくれているって知ってるから」


と言うとリュカがスクっと立ち上がって


「俺は!お前くらいのが可愛くて好きだ!」


と力を込めて言う。


「私くらいの・・・ね」


と俯くと、リュカの握り締めた両拳が震えた。


「違う!俺はお前の胸が大好きだ!お前以外の女の胸を見たいとも触りたいとも思わない!」


と叫んだリュカは、自分が周囲の注目を集めてしまったことに気づいたらしい。


真っ赤になって、どすんと私の隣に腰かけると片手で顔を覆いながら、もう片方の手で私の手をそっと握る。


私も頬がやたらと熱い。二人で熱が鎮まるまで少し待つことにした。


噴水の音が涼やかで風が心地よい。リュカを見上げると、ちょうど目が合った。


リュカの眼差しは、私のことが可愛くて堪らないというように甘い。


どうしよう?この瞳に見つめられると本当に蕩けてしまいそうだ。


リュカは私の手をそっと持ち上げるとゆっくりと指に口付ける。


何故かその行為に胸がキュンとしてしまった私は、また頬が熱を帯びるのを感じた。


まずいな・・・。益々リュカが好きになる。この感情は膨らむばかりだ。いつか止まるんだろうか?


「・・・狡いな」


とリュカの独り言が聞こえたので、


「何が?」


と訊ねると


「俺ばかりがお前のことが好きで、しかも指数関数的にその感情が増えていく。お前も少しは俺を好きでいてくれるのか?」


と自信なさげに問いかける。


「あ、当たり前じゃない!何度もリュカが好きって言ったよね?」


「お前は優しいから・・・同情じゃないのか?」


「違うよ!今だって、リュカを好きな感情は大きくなるばかりで止まらないなって思ってたんだよ」


「本当か?」


嬉しそうに微笑むとリュカは私の腰を強く抱き寄せた。私の頬に手を当てて優しく撫でた後、端整なリュカの顔が近づいて来る。私が目を閉じた瞬間・・・


「このバカップル!」


と突然罵倒された。


誰だ!?と思ったら、アランがゼイゼイしながら私達を睨みつけていた。


「お前らなぁ。ここは公衆の面前だということを覚えているか?俺達の婚約パーティも兼ねた夜会なんだぞ!」


と叱りつけられ、私はしゅんとしてお説教を喰らう。


リュカは平然と


「お前だってエレーヌとやりたいけど出来ないから八つ当たりしてんだろう」


とうそぶく。


アランはうぐっと詰まったが


「とにかく!二人の世界は二人っきりの時にやってくれ。そろそろ夜会が始まるから!」


と言い捨てるとズンズンと会場に向かって歩いていった。


気が付いたら周囲の人たちも、あの輩の連中も会場に向かっている。


いけないいけない、と反省しつつリュカをみると、彼は苦笑いしていた。


私もクスリと笑ってしまう。


リュカが手を差し出してくれたので、その手を取って立ち上がる。


いよいよ、夜会が始まる。


気が付いたら長くなってしまいました(汗)。今夜続きを投稿するつもりです。

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