59.リュカ ― 初夜
*ただ甘いだけの話です。苦手な方はご注意下さい。
結婚式とパーティの後、俺とオデットは伯爵邸に泊まることにしていた。
初めてオデットが俺の寝室に入る・・・と考えただけで鼻血が出そうだったが、メイド長に相談すると彼女は張り切って胸を叩いた。
「バッチリ初夜に相応しいように準備しておきますから、お任せ下さい」
俺にとっては良い思い出ばかりの屋敷ではないので、いずれ全面的に改築する予定だ。
その時にはオデットの好きなように部屋を設計して貰うつもりだが、まずは領地経営を安定させ、イザベルの贅沢のせいで放漫財政だったやり方を是正することが先決だ。
だから、結婚後もしばらくは俺の寝室を一緒に使うことになりそうだ、と考えた途端にまた鼻血が噴き出しそうになる。
オデットは自分だけの寝室を欲しがるだろうか・・・?
俺は結婚した後、オデットが同じ屋敷にいるのに別な寝室で眠っているのを許せそうにない。
オデットが俺と同じ部屋で眠りたくないと言ったらどうしよう・・?
臭いとか・・・?
鼾がうるさいとか・・・?
想像しただけで泣きそうになり、頭を抱えた。
「オデット、君は俺と同じ寝室で眠るのが嫌じゃないか?」
そう彼女に尋ねた時には緊張しすぎて心臓の動悸がバクバクと激しくなった。
「嫌じゃないよ。リュカが嫌じゃないなら・・・」
顔を赤らめて答えるオデットは可愛すぎて卒倒しそうだった。
***
俺たちの結婚式とパーティは参列者が心から祝福してくれる温かいものだった。
自然と感謝の気持ちが湧いてくる。俺たちは果報者だ。
隣に立つオデットはいつも以上に美しくて幸せそうで、俺は舞い上がっていた。
舞い上がっていたのに、結婚式の誓いの口付けの前には俺はガチガチに緊張していた。情緒の乱高下がひどい。
だって、俺たちの初めての口付けだぞ!こんな人前で!
オデットの柔らかい頬に手を触れるだけで、そのしっとりとした感触に痺れる。
そっと触れるだけの口付けなのに、オデットの唇のぷるんとした柔らかさが伝わってきて、悶えそうになった。
表面上は冷静さを保てた自分を褒めてやりたい。
結婚式の後、二人で屋敷に戻りオデットを俺の寝室に案内しながら、俺は突如として自分は何かに化かされているんじゃないかという不安に襲われた。
俺の人生、こんなに幸せでいいはずがない。
オデットは本当に俺でいいんだろうか?
突然の不安にパニックになると、オデットが俺の背中を擦ってくれた。
彼女の手の感触を背中に感じると俺の不安はいつも軽くなる。
今回も彼女の手を感じながら、深呼吸をしたら気持ちが落ち着いた。
オデットの愛らしい顔を眺めると、彼女が「ん?」と首を傾げる。
可愛すぎる・・・。
自分の寝室のドアを開けると、殺風景ないつもの部屋とはあまりに違っていて俺は固まってしまった。
ピカピカに磨き上げられた寝室のあちこちに美しい生花が飾ってあるし、ベッドのリネンも新品に替えられていた。艶のある真っ白なシーツに俺の想像力が膨らんで顔が熱くなる。
カーテンや調度類も新しくなっている。特に真っ白な化粧台を見たオデットは目を輝かせた。
ソファとテーブルも新品で、お茶や軽食の準備も出来ている。
さすがだ・・・と優秀な使用人たちに脱帽した。
お茶を飲みながら、オデットと今日の結婚式のことを話す。オデットはアランとエレーヌがうまくいって、心から喜んでいるようだった。
疲れたからそろそろ寝ようかと身支度を整えていると、急に極度の緊張に襲われた。
オデットは初めてだ。
・・・俺は大丈夫か?もし、オデットが怖がったり、嫌がったりした時に止めることが出来るか?
自問自答する。
絶対に止められない、という情けない自信がある。
嫌がるオデットを無理矢理・・と考えただけで、自己嫌悪で腹を切りたくなった。
今夜は疲れているだろうから、何もせずに眠るだけでいいんじゃないか?
触れさえしなければ、一晩を安全に過ごせるだろう。
・・・うん。そうだな。それがいい。オデットに触れずに寝た方が安心安全だ。
そう心に決めて浴室で身を浄めた後、寝室に戻ると既に寝間着に着替えたオデットがベッドに腰を掛けていた。
俺の姿を認めるとカーっと赤面するオデットに『ずるいだろう!』と心の中で叫ぶ。
そんな可愛い顔を見せられたら、我慢できるものも出来なくなる。
俺は敢えてオデットとは離れたベッドの端に腰を掛けた。
オデットは少し不安そうな表情を見せた。
「・・・リュカは、私に触れたくないの?」
彼女が小さな声で呟く。
・・・えっ!?なんで!?なんでそうなる?
「だって・・・全然私に近づかないし。今だって・・・」
悲しそうに訴えるオデットに俺は同じ間違いを繰り返してしまったことを悟った。
「・・・ごめん!違うんだ。その・・・俺はお前を怖がらせたくないんだ。無理矢理とかダメだろう?だから・・・」
焦って言い訳するがオデットは攻撃の手を緩めない。
「私はリュカが好きだから結婚したんだよ。もう我慢する必要ないよね?やっぱり私に魅力がないからなの?・・・胸だって・・・昔よりは大きくなったんだよ・・・」
俯くオデットを見て、俺の理性がぶちっと切れる音がした。
***
翌朝、芳しい花の匂いに包まれて目を覚ますと、腕の中に天使がいた。
オデットはまだ眠っている。起こさないように気をつけながら、柔らかい金髪を手でそっと撫でる。
『夕べは無理をさせてしまったかな・・?』
不安になるが、どうにも自分を抑えることが出来なかった。
オデットの体のあちこちに痕跡を認めて、少し恥ずかしくなる。もう少し大人の余裕を見せたかった・・・。
彼女の端整な寝顔に見惚れながら、この美しい女性が俺の妻になった奇跡に再び感動を覚える。
しばらくしてオデットが身じろぎをすると彼女の瞼が震えた。
微かに薄目を開けて俺の顔を認めると、彼女の目がまん丸になる。
可愛すぎてクスクスと笑い声を立てると、オデットが真っ赤になって隠れようとする。
俺は容赦なく彼女を捕まえて抱きしめると、彼女の頭を固定してゆっくり口付けを楽しんだ。
顔を真っ赤にして息を切らしているオデットも最高に魅力的だ。
「・・・もうっ。意地悪」
拗ねたように言うオデット。
「意地悪な俺が好きなんだろう?」
微笑みかけると彼女の顔だけじゃなく全身が紅潮してピンクに染まった。
これ以上揶揄うと自分が辛くなるので、自制心が効くうちに止めることにする。
「もう起きる時間じゃない?」
オデットは言うが、俺はこの幸福な時間をもう少し味わいたかった。
「まだ大丈夫だ」
そう言ってオデットを腕の中に閉じ込める。
オデットが俺の胸に頭をコテンと乗せた。その重みや感触が心地よい。
「・・・あのね。いつか私たちに子供が出来たらね」
オデットが幼い口調で話し出す。
「うん?」
彼女の頭を撫でながら話の続きを促す。彼女との子供、と考えるだけで心が浮き立つ。
「もし、女の子が出来たら、スザンヌって名付けたいな、って。サットン先生の名前を貰って」
「それはいいな」
俺は微笑みながら答えた。オデットが好きな名前にしたらいい。
「ホント?そう思う?ありがとう!」
オデットの笑顔が文字通り花のように美しくて、俺は目を離すことが出来なかった。




