54.オデット ― 復縁
リュカに首を絞められているのに、私は呼吸をすることができた。
おかしいなと思って下を見るとぷくが私の首に巻きついて魔法を掛けているらしい。リュカの手が私の首に食い込まないよう必死で守ってくれている。
ありがとう、ぷく!偉いよ、ぷく!まだ赤ちゃんなのに大活躍だ。
リュカを見ると、目の焦点が合っていない。正気ではないのが分かる。
涙をポロポロ溢しながらぶつぶつと独り言を繰り返している。
「オデット・・誰にも渡さない」
「お前は俺だけのものだ」
端整な顔を歪めて苦悶の表情をするリュカを見ていると、どれだけ苦しい思いをしてきたのかと暗澹たる気持ちになった。
私のせいなのかもしれない・・・。
リュカの胸に手を当てて、強く闇の魔法を発動させた。
どうかリュカの心の痛みが和らぎますように。
どうか少しでも辛い思いが減りますように。
どうかいつものリュカに戻りますように。
心からの祈りを込めて、魔法の力を送る。
次第に首にかかるリュカの力が減ってきたような気がする。
しかし、私の魔法に抵抗するかのようにリュカが苦しげに大きな息を吐いた。
再び腕に力を入れようとしたのか、激しく体を動かした拍子に私の首にかかったネックレスが外に飛び出した。
私がいつも身につけているリュカから貰った手作りの指輪だ。
リュカがその指輪を目にした瞬間、彼の手が私の首から離れた。
急に手が離れたので、私は思わずバランスを崩して倒れてしまう。
リュカが焦ったように跪いて私を助け起こそうとした。
「・・・っ、オデット!大丈夫か?」
身を起こして顔を上げると、いつものリュカの表情に戻っていた。
私がリュカの頬に残る涙の痕を指でなぞると、リュカが慌てて私から身を引いて後ずさった。
「・・・すまない。オデット。謝って済む問題ではないが・・・その・・・すまない」
私はまだ体がふらついて立ち上がることができない。
ぷくが頑張ってくれたけど、やっぱり少し苦しかったから。
リュカも座り込んで、心配そうに私の首の周りを見つめている。
ぷくはようやく私の首から離れて、リュカに対してシャーっと口を大きく開けて威嚇している。
「ぷく、大丈夫よ。私は無事だから」
私がなだめても、ぷくは威嚇を止めようとしない。
「・・・オデット、誰に話しかけているんだ?」
呆然と訊ねるリュカに簡単にぷくのことを説明する。
「・・・そうか。神龍の守り役がオデットを守ってくれたんだな。・・・本当に・・・良かった」
リュカが嗚咽すると、再び彼の目に涙が溢れた。
「・・リュカ、あのね。私ずっとリュカに会いたかったの」
リュカが放心したように私を見た。
「・・・なんで?お前にはアランがいるのに何故俺に会いたがる?」
「アランは親友よ。一緒に学院生活を戦ってきた戦友という感じなの」
「お前はさっきアランと抱き合って・・・。二人で笑いあって・・・親しそうに」
彼の蒼い瞳からまた涙が零れ落ちた。
ああ・・・そうか。あれで誤解させてしまったんだ。
「私とアランの作戦が成功して嬉しかったから。つい・・・。アラン、すごく頑張ってくれたのよ」
リュカの首がガクンと落ちて、涙がポタポタと床に落ちた。
「・・・そうか、アランは良い奴だから・・・。どうか・・・幸せに・・・俺はもう邪魔しないから・・・」
「リュカ・・・?私はリュカの気持ちが知りたかったの。私は今でもリュカが好きなのよ」
彼は信じられないというように私を見る。
「・・・お前が・・・俺を・・・?」
私はリュカの目を見ながら
「好き!」
思いっ切り力を込めて言った。
リュカが頭を抱えた。
「俺は頭がおかしくなって幻聴が聞こえるようになってしまったんだ。オデットが俺を好きなんてあり得ない・・・」
「リュカは?リュカは私のことをどう思っているの?」
心臓がどきどきとうるさいが、私は思い切って聞いてみた。
「・・・俺は・・・オデットしか愛せない」
しばらく沈黙した後、ひどく自信のなさそうな声でリュカが答えた。
「リュカ、私を見て」
リュカが私の方を向く。眩しそうに涙に濡れた目を瞬かせた。
「リュカ、私もあなたが好きなの・・・私達また一緒に居ることは出来ないの?」
しかし、彼は激しく首を横に振った。
「俺は汚れてしまったんだ。オデットの傍にいる資格のない人間なんだ」
彼は青褪めて苦痛を堪えているような面持ちになった。全身が震えている。どれだけ怖いことがあったんだろう・・・。
私は必死で彼の背中を擦った。
「資格とか関係ない。私はリュカの傍にいたい」
私はリュカの苦しみが少しでも和らぎますように、と心からの祈りを籠める。
リュカの震えが止まり、私を見つめた。
「・・・いや、汚れた俺がお前の傍にはいられない。しかも、俺はお前を殺そうとしたんだ」
「リュカ、リュカは私が誘拐されて教会で襲われそうになった時に助けてくれたんだよね?」
私が質問すると、リュカは渋々と頷いた。
「なんでそれを私に隠そうとしたのかは、後でゆっくり聞かせて貰うとして・・。もし、あの時私があの男たちに襲われていて、私がそのせいで汚れてしまったからリュカの傍にいる資格がないって言ったらどう思う?」
リュカはバッと顔を上げた。
「何を言うんだ!?お前は全く悪くない。お前は何があっても汚れてなんかいない!そんなことを決して言わせないように・・・俺が・・俺が癒してやりたい!」
「私が同じ気持ちだって分からない?」
再びリュカの瞳に涙が浮かぶ。
「・・・でも、俺はお前を殺そうとした。決して許されることじゃない・・・」
「もし、リュカが他の女の人と結ばれちゃうって私が勘違いして、嫉妬のあまりリュカを殺そうとしたらどうする?失敗して、後でどれだけ反省しても絶対に許してくれない?」
リュカは腕を組んで真剣に考え込んだ。
「オデットが嫉妬のあまり俺を殺そうとする・・・」
そんなに悩むくらい許せないって思っちゃうのかな・・・?
すると思いがけない返事がリュカの口から発せられた。
「・・・嬉しいな。それは」
は!?
リュカは先ほどとは打って変わって目を生き生きと輝かせながら
「オデットが俺を殺したいくらい愛してくれているってことだろう?嫉妬に狂ったオデットに殺されるなら本望だ。こんなに嬉しいことはない」
・・・嬉しい・・のか?
「オデットも同じ気持ちで居てくれるのか?嬉しく思ってくれるのか?」
この質問にはさすがに肯定はできない。
「・・・嬉しくはないよ。でも、許せなくはない。二度としないと約束してくれれば・・・」
リュカはちょっと残念そうだったが
「勿論、二度とお前を傷つけないと約束する。本当に・・・いいのか?俺で・・?」
おずおずと尋ねるリュカに、私は笑顔で頷いた。
ぷくはまだシャーっと威嚇しているけど。
リュカは片膝を立てて床に座っている。立てた膝に片肘を乗せて、空いた方の手を私の頬に伸ばすと優しく撫で始めた。
愛おしそうな仕草に昔を思い出す。
「指輪もまだ持っていてくれて嬉しかった」
蕩けそうな眼差しで私を見つめる。
ああ、やっぱり私はリュカが好きだ、と実感する。
「俺さ、来年伯爵位に叙爵されるんだ。そしたら、モロー公爵に君との結婚の申し込みに行くから・・それまで待っててくれるか?」
え・・・?来年・・・?
「嫌だ!」
思わず私が言うと、リュカの顔が色を失った。
「・・・え!?嫌って・・・?」
「それまで私はリュカに会えないの?嫌だ。私はもっとリュカに会いたい。もうこれ以上待ちたくない」
リュカの顔が真っ赤になった。首や手まで紅潮している。
「・・・分かった。近いうちにモロー公爵に挨拶に行く。公爵の許可なく君に会うことはできないから」
彼の言葉に私は頷いた。
リュカは手を差し出して私が立てるように支えてくれた。
彼が優しく壊れ物のように私の手を扱うから、昔を思い出して胸が一杯になった。
その後、リュカはドアから直接私を寮の部屋に送ると、そのまま帰っていった。
ドアは便利だねと言うと「法律違反だから本当に必要な時しか使わないし、近いうちに燃やす予定だ」そうだ。
勿体ないな、なんて思いつつ、ドレスを脱いで寝る支度をする。
今日は信じられないくらい色んなことがあったなぁ・・・
身も心もクタクタだ。もう何も考えられないや。
でも、リュカに会えた。お互いの気持ちを確認できた。嘘みたいだ。
明日になってこれが全部夢でした・・・なんてなりませんようにと祈りながら、私はあっという間に深い眠りに落ちた。
*深雪な様に素敵なオデットとリュカを描いて頂きました。本当にありがとうございます!




