52.アラン ― 戦略
*時間が戻ります。エピソードでいうと『オデット ― ジルベールとの再会』の辺りです。第一の試練の直後から始まります。
俺とオデットはその日ジルベールと修道院で会っていた。
話はその少し前に遡る。
拉致されたオデットを助けたのが本当にリュカなのか、どうやって調べよう?と学院にある俺の執務室で悩んでいたら、事務補佐のエレーヌが声をかけてきた。
「どうなさいました?」
俺は卒業後すぐに王宮での執務に携われるように、三年生になった時に学院内に執務室を借りて、父上の仕事の手伝いをするようになった。
学院の事務員で事務補佐してくれる人がいないかと問い合わせたら、きつい香水の匂いを漂わせた女たちが殺到してうんざりした。
そんな中、エレーヌだけは俺に全く興味を示さず、淡々と仕事をこなしていた。
学院長から彼女は有能だと聞いたし、オデットやフランソワとも近しいので、それ以来エレーヌには俺の事務補佐をお願いしている。
エレーヌの質問に、俺はリュカの行動に詳しい人物を捜していると答えた。
意外なことにエレーヌは「そんなことですか?」と一言発すると「ジルベールはガルニエ伯爵家の隠密だからリュカ様の行動は良く知っているでしょう」と、ジルベールと俺たちが会う手配をあっという間に終わらせた。
敏腕エレーヌの活躍の結果、俺はオデットと一緒に修道院でジルベールに会うことになったんだ。
ジルベールが、オデットが拉致された日にリュカはずっと自邸に居たことを説明すると、オデットの大きな瞳から大粒の涙が溢れ出た。
辛いよな。可哀想で仕方がない。慌ててハンカチをオデットに渡した。
「ありがと」
「泣かせるような報告でごめん」
「アランのせいじゃないよ。私が勝手に勘違いしちゃったんだもん。でも、そしたらあれは誰だったのかな・・・?神経毒のせいで本当に幻でも見たのかしら・・・?」
涙に濡れた瞳を瞬かせて健気に言うオデットがいじらしくて、思わず彼女の頭を撫でた。
「俺にも分からない。でも、お前を助けたいと思っている人間は思っているより多いのかもしれない。俺が言えるのはお前が無事で良かったということだけだ」
ジルベールが申し訳なさそうに頭を下げる。
「・・・あの・・・伝言があるのです。リュカ様はオデット様に自分に近づいて欲しくないと仰っていました。今日私がオデット様とアラン様にお会いすることを報告した時にそう伝えて欲しいと言われたんです」
オデットは一瞬ビクッと体を震わせた。
深呼吸をしながら泣き止もうとする姿に『泣いてもいいんだ』と言いたくて堪らなかった。
オデットは気を逸らすように話を変えた。
「あ、そういえば預言書のことだけど・・・」
秘密のはずの『預言書』のことを言いかけて、ハッと口を覆う。
するとジルベールは思いがけなく微笑んだ。
「もしかして神子姫が落とした本のことですか?」
俺とオデットは驚いて「「えっっ!?」」と大声を出してしまった。
オデットがカバンから預言書を取り出すと、ジルベールは笑顔で頷いた。
「神子姫が召喚された時に持っていた所持品に入っていたものだと思います。神子姫が居た異世界の言葉で書かれているのです」
俺とオデットは顔を見合わせて手を取り合った。
なんだそれ?全然知らなかったぞ。
ジルベールは落ち着いた表情だ。
「私もその本の内容を知らないのです。もし、ご存知でしたら教えて頂けますか?」
オデットと目が合って、俺は頷いた。
エレーヌによるとサットン先生はジルベールを信用しているらしい。きっと大丈夫だろう。
オデットに内容を説明して貰ったが、俺は腹が立って仕方がなかった。
「なんでオデットが悪者なんだよ!」
ジルベールは思案気に黙り込んでいたが、静かに語り始めた。
「神子姫が以前仰っていました。恐らくこの本のことだと思うのですが、ストーリーを無理矢理否定しようとすると酷い揺り返しがくる。一度ストーリーに乗った上で、違う方向に動かすのが正解ではないか、と。彼女の言った意味は分からないのですが・・・その時の神子姫の切実な表情を忘れることが出来ません」
・・・ストーリーに乗る?
筋書き通りにするってことか?でも、それってオデットにとって不利になるってことじゃないか?
オデットは昔サットン先生も似たようなことを言っていたと語る。
「あのね、わざと預言書の筋書き通りに乗ってみて、その上で私たちの持って行きたい方向に軌道修正できるか考えてみない?」
オデットの言葉に俺は首を傾げた。こんな筋書きに乗って大丈夫なのか?
俺の不信感が顔に出ていたのだろう。彼女は焦ったように言い募った。
「この筋書きには100%じゃないけどある程度の強制力がある気がするの。無理に変えない方が良いと思う」
オデットが言うとジルベールが頷いた。
「神子姫も似たようなことを仰っていました」
「具体的にどうするんだ?」
俺の質問にオデットは真剣な眼差しで呟いた。
「まず第二の試練ね。アランは第二の試練は剣術と体術でほぼ内定しているって言ってたよね?」
「ああ」
「それが万が一料理対決になっていたら、それは預言書が強制力を発揮したんだと思う。預言書によるとアランも審査員になるはずよ」
俺が料理の審査員か、考えただけでうんざりする・・・。
「預言書によるとミシェルが勝つはずなの」
「あんな女より絶対お前の料理の方が美味い!」
俺が力を込めて拳を振り上げると、オデットが笑い出した。
「・・あはは。ありがとう!嬉しいわ。フランソワとクリスチャンも審査員だし、私の料理を気に入ってくれているから、普通に考えると私が有利なのよ。少なくとも3対2で私が勝つ可能性が高い」
当然だ、と頷く。
「でも、もし審査の流れがミシェル勝利の方向に動いたら、逆らわない方がいいと思う。強制力が働いているということだから、そのままアランも流れに合わせてくれる?」
「・・・わざとミシェルを勝たせろということか?」
「うーん、そこまで言わないけど。でも、例えば審査員の過半数がミシェルを選んだ場合、アランもそれに合わせた方がいいかも」
「・・・気は進まないけどな。それでその後はどうするんだ?」
「ごめんね。預言書によるとアラン、フランソワ、クリスチャン、ダミアン先生は学院でミシェルを守る取巻きみたいな感じなの。だから、預言書の筋書き通り、そのままミシェルと一緒に居てくれる?」
「・・・・はあ!?何だそれ?嫌だよ。俺あいつ嫌いだし」
「いや、それは良い考えかもしれません」
ジルベールの言葉を聞いて、俺は顔を強張らせた。マジか・・・?
「神子姫はミシェルと言う少女は預言書の筋書きを頭から信じていると言っていました。彼女に都合の良い預言書通りに進めば、彼女は油断するんじゃないですか?」
・・・油断・・ねえ。
「ミシェルはオデット様の敵だと神子姫は言っていました。敵の裏をかくためにも油断を誘うのは良い手かもしれません」
ジルベールは自信ありげに頷いた。
「裏をかくって・・・そう言ったってどうしたら・・・?」
俺の方は不安でいっぱいだ。そんな俺にジルベールは言う。
「ミシェルはオデット様に虐待されているとアラン様に訴えるだろう、と神子姫は言っていました。公爵令嬢である王太子の婚約者に濡れ衣を着せるのは罪にはなりませんかね・・・?」
俺の頭に何かが閃いた気がした。
これまではミシェルが何かしても証拠不十分で放免されてきた。
確実な証拠をつかむチャンスになるか・・・?
オデットが少し心配そうに俺を見ている。
俺はオデットの考えが理解できたが、それを実行するのには躊躇いがあった。
「でも、預言書通りに行ったら、お前は酷い目に遭うんだぞ。最後には殺されるかもしれない」
「だから、私が殺される前に軌道修正して最悪の結果を防ぐのよ」
「ミシェルを油断させている間、俺はお前の傍にいられないし、お前の味方で居られないんだぞ?お前は独りになるかもしれないんだ」
オデットは一瞬ぐっと怯んだが、しばらく考えた後、俺を真っ直ぐに見つめた。
「私はアランを信じている。最後には絶対に私を助けてくれるって信じてるから大丈夫」
しかし、俺はまだ逡巡していた。
「もしかしたら、預言書の強制力はないかもしれない。第二の試練がどうなるか様子を見てから判断しよう。必要があれば預言書の筋書きに乗るが、それは最後の手段だぞ!」
オデットは俺の目を見て頷いた。
***
その話し合いの後、俺はものすごく悩んだ。悩みすぎて全く仕事が手につかなかった。
エレーヌが珍しく心配そうに近づいてきた。
「悩みが深そうですね?大丈夫ですか?」
「・・・いや、何でもない」
「オデット様と預言書のことですか?」
俺が驚いて跳ね起きた。秘密の話じゃなかったのか?
「なんでそれを知ってるんだ!?」
「私にも情報源があるんですよ」
エレーヌがふふんと笑う。
ジルベールかな?案外口が軽いなと思ったが、エレーヌがオデットの味方であることは間違いない。
「それよりオデット様の危機は我らの危機です。どうか私とフランソワを頼って下さい」
彼女の真剣さを信用して、俺はエレーヌとフランソワを秘密裏に招集し事情を話した。
二人はミシェルを油断させて、公爵令嬢であるオデットへの犯罪行為の証拠をつかみ、罰を受けさせることに乗り気だった。
「だって、あの女はオデット様を辱めた上で殺そうとしたんですよ!」
額に怒りの青筋を立てたエレーヌにフランソワもコクコクと頷く。
「・・あれはイザベルが首謀者だろう?」
「いいえ、考えたのはミシェルです。証拠もあります!」
エレーヌが俺の前に突き出したのは、公爵令嬢であるオデットの誘拐・殺害計画を考えたのはミシェル・ルロワですと書かれた念書だった。
きっちり署名もしてある。
俺は興奮して叫んだ。
「なんで君はこんなものを・・・?これがあれば今すぐあの女を逮捕できるじゃないか!?」
しかし、エレーヌは首を振る。
「サットン先生の指示で、今すぐは使うなということです。今の王宮だと握りつぶされてしまうと。まず相手の油断を誘うのが一番だから、オデット様の言う通り預言書の筋書きに乗ってミシェルが隙を見せた時に一気に反撃に転じるように、と言われました」
「そんな!?」
俺が立ち上がるとフランソワも一緒に立ち上がり、宥めるように俺の肩に両手を置いた。
「気持ちは分かるが、サットン先生を信じた方がいい。俺たちも先生から指示を受けて動いている」
不満はあったが仕方がない。彼の言葉に不承不承頷いた。
***
そして、俺が恐れていた通り、第二の試練は料理対決となった。
審査員の俺の目の前に置かれたチーズケーキを見て、俺はすぐにどちらがオデットの作ったものか分かった。
迷わず黄色い旗のチーズケーキを口に入れる。・・美味い。いつもながらオデットのチーズケーキは絶品だ。
もう一つのチーズケーキは・・と視線を送った時、サットン先生が昔言ったことを思い出した。
『・・彼女は妙な薬も使うようです。食べ物に混ぜて殿方を操ります』
・・・危ない。危うくミシェルの作ったものを口に入れるところだった。
クリスチャン達にも警告したいんだが・・・。
審査員同士の距離が離れているのでこっそり彼らに忠告するのは無理そうだ・・・。
フランソワに視線を向けると彼と目が合った。
よく見るとフランソワはミシェルの作ったケーキを食べた振りをして、膝の上に置いた容器内に落としている。器用だな。
観衆の面前で、迂闊なことはできない。
『どうすべきか』と思っている内に、クリスチャンがミシェルの作ったチェリーパイを口に入れてしまった。
ダミアン先生も学院長も既に食べてしまっている・・・。
しまったな。どうするか・・?
しかし、ミシェルのケーキを食べる選択肢はない。
仕方なく俺もミシェルのケーキを食べた振りをして袖の中に落とした。後で洗濯が大変だ、と思いながら。
クリスチャンら他の審査員の様子を見るとご機嫌で黄色い旗に手を伸ばしている。
俺はホッとした。
良かった。変な薬は入っていなかったんだな。
俺も黄色い旗に手を伸ばして、皆と一緒に旗を上げた。
しかし、すぐにクリスチャン達の様子が変わった。
ブツブツと何かを呟いて首を振りながら黄色い旗を元に戻す。
嫌な予感しかしない。
フランソワもクリスチャン達の真似をして黄色い旗を元に戻した。
目線で俺に合図してくるのは俺も同じことをしろってことだろう。
くそぅ!
仕方なく俺も黄色い旗を戻して赤い旗を掴んであげた。人生最高の仏頂面だったと思う。
***
その後は悪夢のようだった。クリスチャン達はミシェルに夢中でオデットのことを悪く言うようになった。
いくら薬で操られているからだと言っても、気分が悪い。
しかも、常にミシェルに付き纏われ、彼女に惚れているふりをしないといけないなんて、これを地獄と言わずして、何と言うか!?
クリスチャン達とミシェルの糖度の高いやり取りを見ていると胸やけがする。ついでに吐き気もする。
しかし、ミシェルが上目遣いで「アラン様、私、酷い嫌がらせを受けているの・・」と言ってきた時は、チャンスだ!と興奮した。
「そうなんですぅ。アクヤクレ・・・いや、公爵令嬢のぉ、オデット様から酷いいじめを受けているんですぅ」
「そうか。それは放っては置けないな。フランソワ。エレーヌを呼んできてくれないか?」
俺はきびきびと指示を出した。
フランソワは魅了されていないし、エレーヌも積極的に協力してくれている。
しかし、ミシェルの要求は酷くなるばかりだ。
「・・あのぉ。アラン様とオデット様の婚約を考えると私、辛くって・・・。婚約破棄とか考えてらっしゃいます・・か?」
「・・・ん?・・・ああ、まあな」
「じゃあ・・・例えば卒業パーティで婚約破棄とか・・・どう思いますぅ・・?」
体を摺り寄せられた時は、怒りで顔が紅潮した。大嫌いだ。この女。
「いや・・・。わざわざ卒業パーティという公の場でなくてもいいんじゃないか?」
「でも彼女は私に酷いことを沢山しているんですぅ」
「・・・そ、そうだな。考えてみる。卒業パーティはまだ先の話だしな・・。君は次の聖女の試練のことを考えた方がいいんじゃないか?」
平静を装って答えるが、公衆の面前でオデットに恥をかかせるような婚約破棄なんてしねーよ!と内心毒づいていた。
その時、オデットが通りかかった。彼女の姿は一輪の百合のようで俺の心は癒される。しかし、彼女は俺達を視界に入れようとせず、無表情で通り過ぎた。
オデットは俺のことをどう思っているんだろう・・・?
少しは寂しいと思ってくれているんだろうか?
君がいなくて寂しいと俺が思っているように・・・?
切ないな。
執務室でぼーっとオデットのことを考えているとエレーヌが入ってきた。
「景気の悪い顔ですね」
「・・放っとけ。あのピンク頭の相手をしてるんだ。仕方ないだろう」
「まあ、そうですねぇ。確かに大変そうだなと思いますよ。フランソワもしょっちゅう愚痴ってます」
「そういえば、フランソワはどうした?最近見かけないぞ」
学年が違うせいかフランソワはあまりミシェルの傍にいない。ずるいぞ!と思ってしまうのを許して欲しい。
「フランソワはミシェルの薬の解毒剤を作っています。強力な媚薬に変な魔法を掛けているみたいで厄介らしいですよ」
・・・そっか。それは仕方がない。ずるいと思って悪かった、と心の中で謝る。
するとエレーヌがふふっと微笑んだ。
「アラン様は考えが顔に出やすいですよね」
「そうか・・・?自分では分からないが・・」
「将来の国王としてはマイナスですけど、人間としてはプラスですよ」
珍しくエレーヌが声をあげて笑った。
***
ミシェルは卒業パーティでの婚約破棄に執着していた。
俺はのらりくらりとかわしつつ、どうやったら婚約破棄を避けられるか考えていた。
それでなくても今オデットは孤立している。
三人の友達とエレーヌは傍にいてくれて心強いが、他の生徒からは無視されたり陰口を叩かれたりしている。
そんなオデットに卒業パーティという公の場で恥をかかせることは避けたかった。
ある日、オデットが俺に近づいてきた。
木の陰から様子を伺っていたらしい。相変わらず清楚で可愛いな。
「あら?悪役令嬢じゃない?何よ。木の陰に隠れて私達に何をするつもり?」
ミシェルが大声で喚き出す。ああ、煩い。
クリスチャンがオデットに近づき威嚇した。
「おい、オデット。ミシェルに何をするつもりだ?これ以上彼女に嫌がらせをするなら俺達にも考えがあるぞ」
こいつもすっかり性格が変わってしまった、と溜息が出る。
「私は嫌がらせするつもりなんてありません。アランと話がしたかっただけです」
オデットの言葉に俺は内心喜んだ。そうか、俺と話がしたかったのか!?
しかし、クリスチャンは顔をしかめた。
「しつこいな。アランはお前のことなんて好きじゃないって昔から言ってただろう?いい加減諦めろ。ミシェルにこれ以上嫉妬するのは見苦しいぞ」
クリスチャン、邪魔するな。どっか行け!と思ったが言葉には出さないように気をつける。
一度口に出したら止まらなくなりそうだ。
するとオデットは俺の目を真っ直ぐに見つめながら懇願した。
「アラン。卒業パーティで私と婚約破棄して下さい」
・・・・・は!?なんで?
「・・・っ、それは・・?」
『ダメだ』と言いかけるとミシェルが俺の腕にしがみついてきた。
「あら?卒業パーティで?それはいい考えね。ようやく覚悟ができたのかしら?」
ミシェルの言葉を受けて、オデットは毅然と答えた。
「悪役令嬢は殺される運命だと言うのなら、私はそれに従います」
彼女の瞳は凪いだ湖のように穏やかだ。
「ふぅん、いい度胸ね」とミシェルが面白そうに呟く。
「じゃあ、殺してやろうじゃない。ねえ、アラン?」
ミシェルが俺にしなだれかかった。俺は頭が真っ白で何も考えられなかった。オデットは何を考えているんだ?
オデットは後ろを振り返らずにその場を立ち去った。俺はその後ろ姿を呆然と見つめることしかできなかった。
***
執務室に戻ってエレーヌにオデットの言葉の真意は何だと思うか尋ねてみた。
「うーん。預言書通りにするのが良いと思ったんでしょうね」
「俺はどうしたらいいと思う?」
情けない俺の言葉にエレーヌは呆れたように腰に手を当てた。
「女性から敢えて卒業パーティで婚約破棄して欲しいなんてよっぽどの覚悟ですよ。どうか精一杯その願いを叶えてあげてください。きっと何かお考えがあるんです!」
「・・・そうか・・。精一杯・・・ね」
「そうですよ。悪者感を目一杯出さないといけません。特訓しましょう!」
エレーヌに婚約破棄のリハーサルを何度もやらされた俺の脳内には「どうして惚れた女との婚約破棄のためにこんな努力をしなくちゃいけないんだろう?」というやるせない思いがグルグルと回遊していた。
***
卒業パーティの会場に入ると俺を見つけたミシェルがすぐに腕に絡みついてきた。
彼女は派手なピンクのドレスで着飾っている。
確かに可愛いのかもしれないが、どこかギラギラした雰囲気を醸し出していて、俺は苦手だ。
会場には学院長、クリスチャン、ダミアン先生、フランソワも来ていた。
学院長とクリスチャンとダミアン先生はミシェルのことを美の女神だと褒めそやしている。マジか・・・?
フランソワが「解毒剤が出来た」とこっそり耳打ちした。
そうか・・・。上手くいくといいが・・・。俺はそもそも演技とか苦手なんだ!と心の中で叫ぶ。
やがて、オデットが会場に現れると騒がしかった会場が静寂に包まれた。
彼女は堂々と顔を上げて俺達の前に歩いてきた。
オデットの緑色のドレスは優雅で品があり、彼女に良く似合っている。
こんなに美しくて愛おしい彼女に対しこれから自分がしなくてはいけないことを考えると、自然と顔が苦痛に歪んだ。
***
幸い俺たちの作戦は成功し、ミシェルを無事逮捕することができた。
ピンク頭を逃がさないように証拠を迅速に王宮に届けなくては。あいつは看守だって魅了しかねない。
オデットの光の魔法で、生徒たちに掛けられた魅了は完全に解除され、クリスチャン達もフランソワの解毒剤のおかげで正気に戻った。
俺は大きな肩の荷が下りて安心した。
オデットに笑顔を向けると彼女も満面の笑顔で飛びついてきた。
彼女に抱きつかれるなんて!なんてご褒美だ!と胸が一杯になる。
俺も力一杯オデットを抱きしめた。
例え親友枠だったとしても、オデットの信頼を勝ち得たことは俺の誇りだ。
二人で抱き合っていると、何故か会場中に拍手が巻き起こった。
俺はこっそりとオデットに囁く。
「俺、演技をするとか、こーゆーのマジで向いてないわ。すっげー辛かったよ。オデットの傍に戻りたかった。途中泣きそうになったもん」
オデットは瞳を煌めかせると声を立てて笑った。
俺はもう一度ギュッとオデットを抱きしめた。ああ、至福の時・・・。しかし、あいにく俺にはまだ仕事が残っている。
「すまない。色々後始末しなくちゃいけないんだ。お前は・・・・?」
ミシェル逮捕のために煩雑な事務作業が山積しているんだ。
「うん、私もこの後用事があるから、また明日にでもゆっくり話そう。久しぶりだもんね」
本当は俺が最後までオデットに付き添いたいんだが・・・。
何か胸騒ぎがして不安が募る。
「大丈夫か?絶対に一人で寮に戻るなよ」
繰り返しオデットに言い聞かせた。
「寮に戻る時は、ソフィー達と一緒だから大丈夫」
彼女の笑顔にようやく少し安堵した。
フランソワとエレーヌが俺を待っていたので一緒に執務室に戻る。
これからミシェルの罪状について報告書を書かないといけない。
フランソワから違法薬物や解毒剤の詳細を聞いて、それも報告書に盛り込む必要があるし・・・今夜は徹夜だな、と溜息をつく。
証拠も全てまとめて提出するから、今回は王宮も無視できないだろう。
イザベルが死んでから彼女の影響はなくなったはずだが、長年に渡る腐敗した貴族政治は油断がならない。
イザベル独りであそこまでの影響力があるはずがないんだ。王宮内に国王以外でも彼女の強い支持者がいたと見るべきだろう。
どこで誰がミシェルを利用しようと動くか分からない。迅速かつ慎重に動く必要がある。
でも、まあ取りあえず大きな山は越えたと思っていいんだよな?
オデットが殺される運命は避けられたんだよな?




