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51.オデット ― 卒業パーティと婚約破棄

私はソフィー、マリー、ナタリーと一緒に卒業パーティの支度に余念がなかった。


この学院は貴族の子女のためのものなので、多くの令嬢が自分専用の侍女を連れてきている。


事前に学院に許可を取れば寮に一緒に住み込むことができる。


でも、私たちは誰も侍女を連れてきていないので、お互いに準備を手伝うことにしたのだ。


エレーヌも助っ人で来てくれている。


お父さまとお母さまには卒業パーティには来ないで欲しいと伝えた。


きっと何か事情があるのだろうと察してくれたのか何も聞かれなかったが、寂しそうな雰囲気が漂う手紙を見て罪悪感で胸がチクチクした。


でも、私のドレスはお母さまが選んで贈ってくれたものだ。


新緑を思わせるような明るい緑のドレスで、フィッシュテールデザインの裾が優雅な印象を与える。


ハイネックで胸から首元まで施された繊細な刺繍は、微妙な緑色の濃淡が美しい複雑な模様を描いている。


ソフィーは濃紺、マリーは薄黄色、ナタリーは真紅のドレスで、それぞれ凝った意匠が良く似合っている。


お互いにきゃあきゃあ褒め合いながら、アクセサリーや髪形を決めていく作業がとても楽しい。


神龍の赤子のぷくは相変わらず気まぐれに現れるが、今日ぷくはご機嫌で私の周りをぷかぷか浮いている。他の人には見えないけど。


口をぱくぱくしながら私達のドレスを「綺麗だ」って褒めてくれているみたい。


可愛いな~。ぷく。


***


でも、私はこれから卒業パーティで婚約破棄される予定だ。


支度が終わって三人にはそれぞれのパートナーが迎えにきた。


「・・・オデットは?」


心配そうな三人は本当に良い友人だと思う。


「私は大丈夫。後から追いかけるから先に行っていて」


私は心からの笑顔で送り出した。


ふぅと息を吐いて気持ちを整えながら、気合を入れる。


傷つかない訳じゃないから、心を鉄壁の盾で防護できるようにサットン先生の顔を思い浮かべた。


サットン先生は敢えて運命と正面から向き合えと言っていた・・と思う。私の拡大解釈だったかしら?


私の選択が正しいのかは分からない。


でも、先生は自分の信じる道を行けと言った。


リュカに会いたいというこの気持ちは絶対に間違っていない。


私は独りで卒業パーティの会場に足を踏み入れた。


既に会場に来ていた生徒たちは騒がしく談笑していたが、私が入った瞬間に静寂が会場を包む。


私の周囲に空間ができて、誰も私に話しかけない。


華やかな衣装の令嬢達がヒソヒソ、クスクスと私のことを嗤い、貶める。


視界の端にソフィーたちが駆け寄ってこようとしているのが見えたが、それぞれのパートナーが彼女たちを必死で止めている。


私は堂々と顔を上げて中央に向かって歩き出した。


会場の中心にはアランとミシェルが並んで立っている。


その後ろにクリスチャン、ダミアン先生、フランソワに加えて、学院長までもが控えていた。


アランは私の姿を視界に認めて、表情を歪めた。


ミシェルは逆にニヤニヤと私を待ち構えているようだった。


私はゆっくりと歩を進め、彼らの正面で足を止めた。


私はアランとミシェルを睨みつけた。預言書にあった悪役令嬢のような表情になっていると思う。


ミシェルは私を馬鹿にするような表情で愉悦に浸っていた。


すぅっとアランが息を吸い込む。


「オデット・モロー、私はお前との婚約を破棄する!」


大きな声で宣言するアラン。


私は落ち着いて聞き返した。


「それは何故でしょうか?」


ミシェルのニヤニヤ嗤いが止まらない。


楽しくて堪らないという顔をして私たちのやり取りを見つめている。


涎が垂れそうなくらい口元が緩んでいる。


アランがエレーヌを呼び出すと、彼女が書類の束を持って現れた。


書類のページを捲りながらアランが私の罪を読み上げる。


「オデット・モロー。お前には多くの容疑がかけられている。例えば、1月21日午前11時頃ミシェル・ルロワを西校舎の階段から突き落としただろう!」


「いいえ、そのようなことはしておりません」


「嘘をつけ!」


「嘘ではございませんが、他にはありますか?」


「他にも沢山ある。2月1日午後4時前後にミシェル・ルロワの教科書を破き、彼女を侮辱する言葉を投げつけた」


クリスチャン達が怒りに満ちた目で私を睨みつける。


「まだあるぞ。2月3日午後4時30分頃にミシェル・ルロワを池に突き落とした」


アランは大きな声で断言した。


ミシェルはこの時間を心から喜び愉しんでいるようだ。


口が完全に緩んで、涎がつつぅーっと口の端から伝って落ちたのが見えた。ホントに?!


ハッと我に返ったのかミシェルは口を拭った後、私に向かって指を突き出した。


「あなたみたいな残酷で傲慢な令嬢がいるから、私のような大人しくてか弱い令嬢が辛い思いをしているのです!」


大人しくてか弱い・・・ねぇ・・・(呆)。


私は冷静に反撃を開始することにした。


「1月21日午前11時、2月1日午後4時、2月3日午後4時半前後に私がどこで何をしていたかの記録が残っています。エレーヌ、お願いできますか?」


私の言葉にエレーヌは頷いて、アランに別な書類を渡す。


アランはじっと書類に目を通した。


「1月21日午前10時から12時までオデット・モローは図書館司書と一緒に東校舎にある図書館で本の整理を行っていた。その場を離れたことはないと司書らが証言している」


アランがミシェルに物問たげな目を向けると、ミシェルは初めて焦ったような表情になった。


「・・・え、あ、あの、それは私が時間を勘違いしていたのかも・・」


あたふたと言い訳するミシェルの顔が赤く染まる。


「私は君に正確な時間と場所が重要だと伝えたはずだね?」


アランの言葉にミシェルがエレーヌを睨みつけた。


「あの、この事務員が時間を書き間違えたんだと思います。いつも、私の話を真面目に聞いてくれてなかったし・・・」


それを聞いて、アランはミシェルに向かい書類を見せた。


「ここに私とフランソワの署名がある。これは私とフランソワも君から同じ話を聞いたという証拠だよ」


ミシェルがうぐ・・と口籠る。


「2月1日と2月3日は両日とも、3時半から5時までオデット・モローは剣術の訓練を受けていた。証人は剣術の教師と同じ訓練を受けていた生徒たちだ。彼らの署名もここに記載されている」


ミシェルは信じられないという表情で何かをぶつぶつ呟いている。


すると突然会場にいた生徒たちが騒ぎだした。私に対するブーイングだ。


「お前が悪いんだ!」「罪を認めろ!」「消えろ!」「死ね!」「死ね!」「死ね!」


全員目が血走っていて正気ではない。やっぱり魅了チャームで操られているのね。


私はすぅーっと息を深く吸い込んで、全力で光属性の魔力を放出した。


全身から発する強い光が会場中の人々の上に降り注ぐ。


光属性の魔法は他の魔法を解除できると言ったダミアン先生の言葉を思い出して『魅了チャームの解除!』と心の中で念ずる。


光が消えた時、そこに居た人たちは全員夢から醒めたようだった。


「・・・一体何があったの・・・?」

「なんで俺はあんなことをしたんだ・・・?」


あちこちで人々が騒めいている。


ミシェルはそれを見て、体をぶるぶる震わせていた。


「・・・よくも!・・・絶対に許さない!あいつをやっつけてよ!」


ミシェルが叫ぶとクリスチャンとダミアン先生が私に掴みかかってきた。


「モロー君、君は退学だ!」


学院長も手足を振り回して喚いている。


二人に応戦しようとした私を庇うようにアランとフランソワが立ち、クリスチャンとダミアン先生を投げ飛ばした。


フランソワは胸のポケットから小さな薬瓶を二つ取り出すと、クリスチャンとダミアン先生の口の中にそれぞれ流し込む。


その後、フランソワはもう一つ薬瓶を取り出すと同様に学院長の口に無理矢理流し込んだ。


三人とも床に手をついて咳込んでいたが、落ち着いた後、私を見て顔面蒼白になった。


そして、揃って私に向かって土下座の姿勢になった。


すまなかった、なんであんなことをしたのか分からない、と口々に謝罪する三人。


アランは勝ち誇ったようにミシェルを振り返った。


ミシェルは全身を震わせながら、ドレスをギュッと握り締めていた。


「・・・な、ななによ。アラン・・。どうしてこんな・・・。私の媚薬の虜になっていたはずなのに・・・」


ミシェルが呆然と呟く。


「悪いな。俺とフランソワは料理対決の時もお前が作った料理を食べなかった。俺達はどちらがオデットの料理かを見ただけで判別できる。絶対にお前が作ったものを口に入れるなと忠告してくれた先生がいてな」


アランが言うと、ミシェルが目を血走らせて私めがけて飛びかかってきた。


フランソワが咄嗟にミシェルを羽交い絞めにする。


「・・おまえがおまえがおまえがぜんぶわるいんだ。おまえがいなければぜんぶおまえのせいだ。しねしねしねしね・・・」


私を見ながら呪いの言葉を吐くミシェルを見て、アランが衛兵を呼んだ。


やって来た衛兵に対してアランが「この女を逮捕しろ」と言うとミシェルが反論した。


「逮捕!?・・・私、私に一体どんな罪があると言うのですか!?」


アランはニヤリと笑いながらスラスラと告げた。


「違法危険薬物の使用。魅了チャーム魔法の危険使用。公爵令嬢に対する虚偽告訴罪。そして、公爵令嬢の誘拐及び殺害未遂だ」


ミシェルの口がポカンと開き、呆然と立ちつくした。


「さ、さ、殺害!?なんの証拠があってそんな!?私は無実よ!」


冷静なアランは一枚の書類をミシェルの目の前に差し出した。


それは公爵令嬢オデット・モロー誘拐及び殺害は全て自分の計画であるという念書だった。


しっかりとミシェルの直筆の署名が記されている。


なんでそんなものがあるの?と私は呆気に取られたが、ミシェルはもっと衝撃を受けたようだ。


「・・・バカ・・な・・・それはイザベルが・・・」


そう言った後、ハッと口を押さえる。


アランが堂々とミシェルに宣告した。


「証拠は全て揃っている。王宮にはもうお前を守る者はいない。裁判を受けて罪を償え!」


それを聞いたミシェルががくりと肩を落とす。衛兵らがミシェルを捕縛して連れて行った。


まだ恨めしそうに敵意の籠った目で私を睨みつけるミシェルが会場から去るのを見送ると、私はほぉーーっと深く息を吐いた。


そして、アランを見上げる。


アランも嬉しそうに私を見返した。


久しぶりに見る彼の笑顔に感動して、私はアランの首に抱きついた。



やったね!!!上手くいった!!!作戦成功だ!!!



二人で抱き合っていると、何故か自然発生的に会場中に拍手が巻き起こった。


自分たちの計画が上手くいって、私は有頂天になっていた。


アランが耳元で囁く。


「俺、演技をするとか、こーゆーのマジで向いてないわ。すっげー辛かったよ。オデットの傍に戻りたかった。途中泣きそうになったもん」


私は思わずクスクス笑ってしまった。


アランはもう一度ギュッと私を抱きしめると周囲を見回した。


「すまない。色々後始末しなくちゃいけないんだ。お前は・・・・?」

「うん、私もこの後用事があるから、また明日にでもゆっくり話そう。久しぶりだもんね」


アランは何度も「大丈夫か?絶対に一人で寮に戻るなよ」と繰り返し私に言い聞かせる。


お母さんが復活した、と嬉しくなった。


私はソフィーたちと帰るから大丈夫とアランに言うと、ようやくアランはフランソワやエレーヌと連れ立って去っていった。


クリスチャンたちは危険薬物を摂取していたということで、医務官が診察するらしい。


この騒ぎのせいで卒業パーティどころではなくなってしまったが、あちらこちらに人の輪ができて、誰もが興奮したように話し込んでいる。


私は人目につかないように、会場の二階に上がっていった。


二階は全く人の気配がない。


リュカが現れるとしたら目的は私を殺すことだから、人の気配があるところには来ないだろうと思った。


人気のないところに居れば、彼にはドアもあることだし、私を見つけられるはず。


コトリ、と音がして振り返ると、リュカが幽霊のように暗い顔をしてそこに立っていた。


本当にリュカが現れた!?


自分で計画しておいて何だが、預言書の効力に驚いた。


ようやくリュカと話ができる!と走り寄ろうとした瞬間、彼の瞳が闇に呑まれてしまったかのように真っ暗なことに気がついた。


私はやっぱり甘かった。心のどこかでリュカが私を傷つけるはずないって思っていたんだ。


リュカは私の首に両手を掛けて力いっぱい絞めつけた。

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