50.オデット ― 悪役令嬢は殺される運命だそうなので、それに従います
*誤字報告、ありがとうございます!
学院に戻ると、学内の雰囲気がガラッと変わっていた。
クラスメートや教師たちは皆ミシェルの信奉者になっている。
学院では、聖女の試練の勝者もミシェルということになっているらしい。
ミシェルを無上の存在として尊び、彼女の歓心を買おうと躍起になっている。
その中心にいるのが、アラン、フランソワ、クリスチャン、ダミアン先生だ。
ミシェルを取り囲むようにして彼らが移動する度に生徒たちから黄色い歓声が起こる。
何だかバカバカしく感じられる光景が日常的に繰り広げられていた。
ソフィー、マリー、ナタリーだけは変わらず私の傍に居てくれる。
あ、あとエレーヌも。
エレーヌも加わってお弁当ランチを続けているが、ミシェルが通りかかる度に「貧乏くさい」だの「モテない女たちは惨めね」だの何かと侮辱してくる。
たまにお弁当をひっくり返されることもあるが、取巻きの男連中は何も言わない。
みんなは黙って見ている生徒たちにも怒り狂っている。
「モロー公爵に相談してみたら?」
友人たちの忠告に私は首を振った。
「大丈夫。考えがあるから」
そう。私には計画があるのだ。
***
先日ガルニエ伯爵夫人、つまりイザベル様が亡くなり国葬が行われた。
私は当然だが、モロー公爵家当主のお父さまも葬儀には呼ばれなかった。
リュカは相変わらず私やモロー家との連絡を頑なに拒んでいる。
私は思い切ってお悔やみの手紙を出してみたが、やはり何の返事もなかった。
イザベル様が亡くなったから、早速リュカに近づいて・・なんていう下心はない。
ただ、私はリュカの幼馴染としてお悔やみくらいは伝えたかった。
イヤーカフを通じてリュカに呼びかけることは時折続けているが、一度も反応はない。
聞いているのかどうかも分からない状況で話し続けるのは虚しさしか感じない。
学院でミシェルが女神のように扱われていることなんて些末なことで、リュカと会える見込みが立たないことの方がよっぽど私にとって大きな問題だった。
私のことが嫌いで二度と会いたくないのであれば、面と向かって言って欲しい。
そうしたら私も諦められる。
でも、エレーヌが言っていたように、私に合わせる顔がないというような理由で避けられるのは我慢ならない。
私はただただリュカに会いたかった。
だが、そのための手段が見つからない。
実は帰省した時にこっそりガルニエ伯爵邸に行ってみたこともあるが、やはり会わせては貰えなかった。
万策尽きた私は最後の手段として預言書に頼ることにした。
もし、預言書のストーリー通りに物事が進んだら、リュカは悪役令嬢の私を殺しにくるかもしれない。
特に卒業パーティで婚約破棄を言い渡された後、リュカが殺しにくる可能性が高い。
絶対に止められるので誰にも言っていないが、私は預言書の筋書きに乗ってリュカに殺されようと思っている。
もちろん、殺されたい訳ではない。
リュカがどんな理由で私を殺しにくるのか分からないけど、会えさえすれば何とか説得できるのではないかと希望的観測を抱いていた。
学院全体がミシェルの信望者になっている現在の状況は預言書通りだと私は判断している。
だから、このまま卒業パーティでアランに婚約破棄して貰えないだろうかと考えていた。
滅茶苦茶な考え方で私の頭はもうおかしくなってしまったのかもしれない、と思う。
でも、リュカに会える可能性が少しでもあるのなら試してみたかった。
それくらい私はリュカに会いたくて焦れていたのだ。
***
私はアランと話をするために彼が一人きりになる隙を狙っていた・・・が、全然一人にならないな。
常にミシェルがアランの腕にしがみついている。
不意にミシェルが木の陰から様子を伺っている私に気がついた。
「あら?悪役令嬢じゃない?何よ。木の陰に隠れて私達に何をするつもり?」
ミシェルが大声で喚き出す。
クリスチャンが私に近づき、思いっきり顔をしかめた。
「おい、オデット。ミシェルに何をするつもりだ?これ以上彼女に嫌がらせをするなら僕たちにも考えがあるぞ」
私は嫌がらせなんてしてないのにな・・・とクリスチャンの言葉に悲しくなる。
「私は嫌がらせするつもりなんてありません。アランと話がしたかっただけです」
私が言うと、クリスチャンが呆れたように肩をすくめた。
「しつこいな。アランはお前のことなんて好きじゃないって昔から言ってただろう?いい加減諦めろ。ミシェルにこれ以上嫉妬するのは見苦しいぞ」
アランは何も言わずに私たちのやり取りを眺めている。
私はアランの目を真っ直ぐに見つめた。
「アラン。卒業パーティで私との婚約を破棄して下さい」
彼の瞳が驚きで見開かれる。
「・・・っ、それは・・?」
何か言いかけるアランの腕にミシェルが絡みついた。
「あら?卒業パーティで?それはいい考えね。ようやく覚悟が出来たのかしら?」
ミシェルの言葉を受けて、私は真っ直ぐに彼女の目を見つめながら断言した。
「悪役令嬢は殺される運命だと言うのなら、私はそれに従います」
「ふぅん、いい度胸ね」とミシェルが面白そうに呟く。
「じゃあ、殺してやろうじゃない。ねえ、アラン?」
ミシェルはアランにしなだれかかった。
私は後を振り返らずに足早にその場を立ち去った。




