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48.オデット ― ジルベールのお見舞い


私はエレーヌから聞いた話に力を得て、それから時折イヤーカフでリュカに対して話しかけるようにした。


「リュカ、あの、オデットです。話がしたいです。どうか一度でいいので会って頂けませんか?」


「リュカ、今日はチョコレートブラウニーを作りました。リュカの好物だったよね?」


「リュカ、ほんの数分でいいです。勿論、二人きりじゃなくていいので、会えないですか?一度だけでいいです。どこにでも行きます」


しかし、どれだけ話しかけてもリュカが応答することはなかった。


やっぱり・・・ダメなのかな・・・。もう二度とリュカには会えないのかな、と考えると胸が詰まって息が出来なくなりそうだった。


リュカに会いたい。彼の気持ちが知りたい。会って気持ちの区切りをつけたい。リュカに会えるなら何でもする・・とまで思い詰めた。


しかし、リュカからの返事はないまま日々が過ぎていった。




魔王との戦いが終わり、私は人生の目標を失ってしまったようだった。気が付くとリュカやサットン先生のことを考えて、ぼーっとする時間が増えた。


両親は死ぬほど心配したようだ。もう学院には戻らなくていいとまで言われた。


ここまで頑張ったんだから、ちゃんと卒業はしたい。早く学院に戻らないと、と思うけど、なかなか気力が戻って来ない。



そういえば、神龍の赤子は普段は姿が見えないけど気まぐれで姿を現す。


男の子か女の子か分からないけど、私は赤子に『ぷく』と名前を付けた。


『ぷく~』と呼ぶと嬉しそうに現れるので、気に入ってくれてるんだと思う。


私を慰めるように、くるる~っという音を出しながらぷかぷか浮かんでいるのを見ると心が少し癒される気がした。




でも、一週間ほど家で休養を取ると徐々に気力が戻って来た。うん、やっぱり疲れてたんだな。頑張ろうという気持ちに無理がなくなった。


ソフィー達から届いた手紙も学院に戻りたいという動機になった。


「これ以上のんびりしていられないので、そろそろ学院に戻るね」


と言ったら、お父さまとお母さまは私を抱きしめて


「いつでも戻っていらっしゃいね」


「何かあったらすぐに連絡するんだぞ」


と言った。


二人に「心配かけてごめんなさい」と言うと頭をぐちゃぐちゃに撫でられた。




私は、学院に戻る前にジルベールのお見舞いに行くことにした。


エレーヌの案内で病室に行くと、若い女性がジルベールのベッドの脇に座っていた。


エレーヌは彼女と知り合いのようだった。


「オデット様。こちらはジルベールの娘さんのヴァレリーさんです」


「お目にかかれて光栄です。オデット様のお噂はかねがね伺っておりました。」


とヴァレリーは綺麗な礼をした。


「こちらこそ初めまして。お会い出来て嬉しいです」


と微笑みかけると何故かエレーヌとヴァレリーが赤くなった。


二人でコソコソと額を寄せ合って


「可愛いは凶器・・・」


「破壊力が・・」


と話している。


何の話だ?


私はジルベールに近づいて眠っている彼の顔を覗き込んだ。


私はヴァレリーに深く頭を下げた。


「お父さまは私を庇って大怪我を負われたんです。本当にごめんなさい」


と謝った。


ヴァレリーは慌てたように


「そんなお気になさらないでください。父は神子姫やオデット様のお役に立てて本望だったと思いますよ」


と言う。


「・・・それにいつか目を覚ますと思うし」


と彼女が言うのを聞いて、私は神龍の言葉を伝え忘れてたと焦った。ごめんなさい!


「ごめんなさい!もっと早く伝えるべきだったのに・・・。あの、神龍が、ジルベールはいずれ目を覚ますって言ってました」


エレーヌとヴァレリーが目を丸くして私を見る。


「神龍によると、ジルベールの意識はサットンせんせ・・神子姫を追って異世界に行ったそうです。神龍は印をつけたから本人が戻って来たくなったら、いつでも戻って来られると言ってました」


それを聞いたヴァレリーの目が何故か吊り上がった。


「・・・じゃあ、今意識がないのは本人の意思ということね。・・・あんの色ボケジジイ!」


というヴァレリーの声を聞いて、私とエレーヌは固まった。


私達の表情を見て、ヴァレリーは少し赤くなり、ドレスの裾をさりげなく整えると、コホンと咳払いをして話し始めた。


「・・・父はずっと神子姫に片思いをしていたのです」


ええええ!?私とエレーヌは絶句した。


「私と父は血が繋がっていません。隠密は普通に家族が持てませんから。ある村が夜盗に襲われて皆殺しに遭いました。赤ん坊だった私一人が生き残ったのを父が見つけて、娘として引き取って育ててくれたんです」


過酷な生い立ちをごく普通のことのようにヴァレリーは話す。


「父は深い愛情を持って私を育ててくれました。とても感謝しています。私にとっては本当の父親と何らかわりありません」


ヴァレリーは愛おしそうにジルベールの寝顔を眺めた。


「父は若い頃、神子姫の護衛を任命されました。父は神子姫を尊敬していましたし、仕事にも誇りを持っていたと思います。ところが、王宮一と呼ばれる腕を持つ父をイザベル様が欲しがりました」


ヴァレリーの顔が暗くなる。


「父はイザベル様の下で働くことを拒否しました。すると、その報復としてイザベル様は幼い私を誘拐し、奴隷として売り飛ばしたのです」


開いた口が塞がらない・・・。なんだそれ?!ひどすぎる。


「その時助けて下さったのが神子姫です。人身売買の組織を壊滅させて、私を救ってくれました。父はそれ以来神子姫を主としてお仕えしてきました」


そういう事情があったんだ。


「イザベル様は人の弱みを握って脅したり、国王の権威を使って王宮での影響力を広げていました。神子姫はいずれ彼女とは対立するだろう、その時に彼女の情報があると助かるからイザベル様の下で働いて欲しいと父に言いました」


サットン先生がそんなことを・・・・。


「実際は、私がそれ以上イザベル様に狙われないように配慮して下さったのだと思います」


「そうかもしれないですね。サット・・、神子姫は厳しいように見えて優しい方だから」


私の言葉にヴァレリーとエレーヌが頷いた。


「父は神子姫に恋していたと思います。完全な片思いで届かない想いではありましたけど・・・」


私達はしんみりした雰囲気になった。


しかし、そこでヴァレリーが拳を振り上げた。


「でも!?異世界までついていく!?私がどれだけ心配したか分かっているのか?くそおやじ!」


と叫ぶヴァレリーに私達は笑い出してしまった。


ヴァレリーは恥ずかしそうに


「でも、確実に意識は戻るってことですよね。すごく安心しました。ありがとうございます!」


とぴょこんとお辞儀をした。


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