47. オデット ― エレーヌの話
私が目を覚ますと公爵邸の自分の部屋だった。
部屋のドアが開いてお母さまが入ってくる。
私が起きているのを見て、お母さまが涙ながらに私を抱きしめた。
「オデット・・・良かった。本当に良かった。無事に帰って来てくれてありがとう」
「お母さま・・・・」
私もお母さまにしがみつく。
また涙が溢れて止まらなくなった。最近泣いてばかりだ。
お母さまが何度も何度も頭を撫でてくれて気持ちいい。
温かくて柔らかいお母さまの腕の中で、私は安心して泣くことができた。
少し落ち着いてから質問をした。
「・・あの、ジルベールは?」
「ジルベールは療養所よ。娘さんが世話をしているとエレーヌが言っていたわ」
そうか。私、エレーヌに会って気絶しちゃったんだ。
「エレーヌは大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。彼女が医師の手配も私たちへの連絡も全部やってくれたの」
「エレーヌに助けられたのね」
「彼女が学院で働いていてくれて良かったわ。彼女から話は聞いた。あなたが聖女としてサットン先生と一緒に魔王を封印したと。偉かったわ。オデット、私たちは心からあなたを誇りに思う」
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「い、いえ。お母さま。私はほとんど何もしていないのです。サットン先生・・ええと・・実はサットン先生が神子姫だったんですけど、先生が魔王と戦ってくれて・・。私は魔法陣を描いただけで・・・。それに結局ジルベールに命を救われて彼は大怪我をしてしまって・・・」
思い出したらまた気持ちが落ち込んでしまった。
「サットン先生が神子姫というのはお父さまから聞いて知っていたわ。最初はあなたに厳しすぎるんじゃないかって心配だったけど、彼女は素晴らしい先生だった。だって、あなたはこんなに素晴らしい女性に成長したんだから」
お母さまの言葉にまた涙腺が緩む。
「オデット、大丈夫よ。ジルベールもきっと目を覚ますわ」
そう言われて突然神龍に言われたことを思い出した。
「あ、あの、お母さま、私ジルベールのお見舞いに行きたいんですけど・・・」
「そうね。それは良い考えだわ。エレーヌに聞いてみましょう」
そう言った後、お母さまの表情が少し翳った。
「そういえば・・・オデット、あなたとアランが最近学院で一緒に居ないっていう噂を聞いたんだけど・・・」
あ・・・それは・・・何と言っていいのか・・・。
「お母さま。学院でのことは私が対応すべき問題なんです。私に任せて頂けないですか?」
「そうなの?噂だと子爵令嬢がアラン達を取巻きにしているって聞いたわよ。もしあなたが辛いんだったら、お父さまの方から働きかけて・・・」
「心配して下さって、ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。学院は皆平等な場所です。公爵の権威を振りかざしてはいけないと思いますし」
「・・そうね。確かにあなたの言う通りだわ。でも、辛いことがあったら必ず私たちに言うのよ。いいわね?」
「はい。お母さま。ありがとうございます。大好き!」
私はお母さまの首に抱きついた。
お母さまは「私もよ」と言いながら、私の背中に手を回して抱きしめてくれる。
家族に愛されていると思うだけで力が湧いてくる。私は独りじゃない。
***
その後、エレーヌもお見舞いに来てくれた。
助けてくれた御礼を言った後、ジルベールのお見舞いに行っていいか尋ねると「もちろん」と頷いてくれた。
予定を合わせて、エレーヌも一緒に行ってくれるという。良かった。
再度御礼を言って学院の様子を訊ねた。
エレーヌは少し言いにくそうに
「相変わらずミシェル嬢が幅を利かせてます。国王陛下や王宮ではサットン先生やオデット様の功績を把握していますが、学院では全くそれに触れられない雰囲気があって・・・。異常です・・・」
と浮かない顔で言う。
「でも、国王陛下がオデット様への褒章を考えていると仰っていましたわ」
私の気を引き立てるようにエレーヌが明るい口調で続けた。
「ありがとう。でも、私には褒章を頂く資格はないと思うし、欲しくないの。全部サットン先生のおかげだから・・・」
私は静かに告げる。
エレーヌは説得しようとするが、私は頑なに褒章を拒否すると主張した。
彼女は残念そうだったが、私は頑固者だ。ごめんね。
彼女はようやく諦めて「分かりました。王宮にはそう伝えますね」と溜息をついた。
「それに、学院で魔王のことを知られていないのだったら良かったわ。私は誉められたくてやったわけじゃないし」
私が言うとエレーヌは悔しそうに拳を握りしめた。
「勿論ミシェルは神龍の卵を見つけてません。でも、ミシェルが第三の試練の勝者だとみんなが噂してます。聖女は彼女だと。聖女はオデット様なのに!」
「大丈夫。私はその結果でいいと思っています」
「・・オデット様、本当にそれで宜しいのですか?」
私が彼女を真っ直ぐ見つめて頷くと、エレーヌは肩を落とした。
「ごめんね。心配してくれているのに」
「オデット様が謝ることは何もありません。私こそ力不足で・・・悔しいです」
エレーヌが強く両手を握る。
「エレーヌ。ありがとう。あなたが味方でいてくれるだけで私は嬉しい。学院でアランの事務補佐もしているって聞いたわ。彼のことも助けてあげてね」
笑いかけると、エレーヌに抱きしめられた。
「私は何があってもオデット様の味方です!」
色々と弱っている私にはエレーヌの愛情が嬉しくて体に染み渡る。
「そういえば・・・エレーヌに聞きたいことがあったの」
「なんですか?」
「サットン先生が神子姫っていうことは知っていたの?」
エレーヌは少し戸惑いながら
「いえ、私たちには知らされていませんでした。ただ私はサットン先生と緊密に連絡を取ってオデット様を陰から見守っていました。色々な情報を合わせて、もしかしたらそうかもしれないとは思っていました」
やっぱり・・。タイミング良く修道院に来てくれたことといい、そうなんじゃないかと思っていた。
「・・そっか」
「申し訳ありません・・・」
「いいの。何も謝ることないわ。もう一つ質問があるの」
ずっと気になっていたことを訊ねてみる。
「なんでしょう?」
「あのね、修道院に古いドアがあったと思うの。ドアといっても、部屋に入るドアじゃなくて、なんかドアだけが置いてあるんだけど・・・」
「ああ、リュカ様のドアですね」
あっさり言うエレーヌに私は衝撃を受けた。
え、じゃ、やっぱりあのドアは・・・?
「・・・ああ、ごめんなさい。これは秘密なのでどなたにも仰らないでくださいね。ヤン様が作ったドアをリュカ様が修復したんですが、今回緊急事態だったのでサットン先生がリュカ様からお借りしたんです」
「あのドアは今でも修道院に・・・?」
「あ、いえ。リュカ様にこっそりお返しするよう手配しました」
エレーヌの言葉を聞いて私は更なる衝撃を受けた。
「あの・・・エレーヌは頻繁に・・その・・リュカと連絡を取っている・・の・・かな?」
嫌だな。どう言っても嫉妬しているようにしか聞こえないかも。
エレーヌはちょっと戸惑っていたが、私の顔をみて慌てて言い募る。
「確かに私はリュカ様と時折連絡を取らせて頂いてますが、全て事務連絡で何も疚しいことなどございませんよ。リュカ様はいつも素っ気ないですし、オデット様の話題以外は何も興味を持たれないので・・」
待って。今聞き捨てならないことを聞いたぞ。
「リュカは私の話題に興味を持ってくれているの?」
「そりゃそうですよ。リュカ様はオデット様のことを常に気にかけておいでですから」
「うそ・・・」
私は唖然とした。
「ああ、リュカ様は自分がオデット様に相応しくないし、オデット様に会うとイザベル様が嫉妬で何をするか分からないから、一生会わないと心に決めているそうです。」
「リュカはイザベル様が傷つかないように私に会わないんじゃないの?」
「私はそういう印象を持ったことは一度も無いです。ただ、リュカ様はオデット様に合わせる顔がないから、もう二度と会えないと思いこんでいる・・・ように感じます」
「合わせる顔がないって・・・?」
エレーヌは肩をすくめた。
「・・・私はロマンチックな人間ではないのでよく分からないですが・・・純潔を守れなかったとかそういうことですかね?でも、本人にとってはすごく大事な問題なんだと思いますよ。リュカ様はオデット様を崇拝されてますし・・」
エレーヌの言葉に私は愕然とした。
「ねえ・・じゃあ、私はリュカに連絡を取ってもいいかな?嫌がられない?」
エレーヌはそれには難色を示した。
「うーん。イザベル様はとにかく恐ろしい人なので、もしオデット様がリュカ様に連絡を取っているとバレたら大変なことになります。なので、正直それはお勧めしないです」
「・・でも、絶対に第三者にバレない方法があったら・・・?」
エレーヌにイヤーカフを見せる。
エレーヌは呆気に取られた。
「・・オデット様。何故それを?」
「エレーヌ。あなたも持っているのよね?」
常に髪の下に隠れていて耳は見えないけど、エレーヌもイヤーカフを持っているんじゃないかという予感がした。ジルベールも付けていたし。
エレーヌは観念したように頷いた。
「はい。サットン先生から絶対秘密だと言われて・・」
「私は別れ際にサットン先生から貰ったの。これでリュカに連絡が取れるからって」
エレーヌは腕を組んで考え込んだ。
「もし、サットン先生がそう仰ったのならいいのかもしれません・・・。でも、イザベル様にはくれぐれも気をつけて下さいね。あと・・・リュカ様は既婚者だということも忘れずに・・」
「うん・・分かってる。リュカはイザベル様の夫だということは肝に命じます。ありがとう。エレーヌ」
私が最後にリュカに会ったのは彼の卒業パーティの時だ。
その後、私をずっと避け続けるリュカはもう私のことが嫌いなんだと思ってた。
だから、誘拐された時に助けてくれたのがリュカだと思って嬉しかったんだ。違うって言われてショックで泣いちゃうくらいに・・・。
ジルベールはリュカが一日中屋敷に居たって言ってたけど、彼にはあのドアがある。あのドアがあれば私を助けに来ることも可能なんじゃない?
だって、あの時の黒装束は今でもリュカとしか思えない。
助けてくれたのにどうして嘘をついたのかも知りたいし、リュカが今どんな思いでいるのかも教えて欲しい。
一度だけでいい。会って彼の気持ちを知りたい。
私たちはあっという間に引き離されて、お別れだって言えなかったんだよ。
会って直接お別れだって言われたら、私も気持ちの整理ができる・・・と思う。
一度だけでいい。会ってきちんとお別れできたら、こんなにうじうじ未練を引きずることもないだろう。
今のままだと私のリュカへの想いは前にも後ろにも進めない。
私をずっと避け続けるなら、伝言じゃなくて直接私にお別れを言って欲しい。
・・・自分勝手な言い分かな?
心の中で堂々巡りを繰り返している私をエレーヌは心配そうに見つめた。
「申し訳ありません。リュカ様の話は私が間違っているかもしれません。どうかお気になさらないで下さい」
「ううん。話してくれてありがとう」
私は彼女の手を強く握った。




