46. リュカ ― 追憶
*少し時間が遡ります。魔王復活前から始まります。
最近イザベルの様子がおかしい。
昔から気分にむらがあり、つまらないことで機嫌を損ねては人を傷つける癖があった。
だから、魔獣が領内で人を襲っているという報告をした伝令を鞭打つのを見た時は『またか・・・』とうんざりした気分になった。
俺が魔獣退治に出るしかないな、と頭の中で算段を整えている時に、イザベルが高圧的に俺に命じたのは教会を破壊しろということだった。
俺は頭が真っ白になった。
気が狂ったのか?
魔王が封じられている結界が緩んでいるから魔獣が増えているんだ。
教会を壊したら結界が完全に崩れて、それこそ魔王が復活するぞ。
「あの教会があるから魔獣が増えているのじゃ。あの教会さえ無くなってしまえば、問題解決ではないか?皆愚かじゃの」
得意気なイザベルの顔をまじまじと眺めてしまった。本気か・・・?
「・・・それは止めた方がいい。教会を壊したからといって魔王の復活は止められないし、逆に魔王の復活を早めてしまう」
イザベルは激怒して俺の顔を平手打ちした後、側近の筋肉ムキムキ男らを連れて出かけていった。
まずいな・・・。あの様子だと本当に愚かなことをしかねない。
イヤーカフでサットン先生に連絡するとさすがの彼女も慌てていた。
「なにそれ!?イザベルは馬鹿なの?早すぎる!こっちの準備がまだ・・・」
「何の準備だ?」
「あ・・・、あのね。実は私は神龍の神子なの。オデットが神龍の聖女になったら一緒に魔王を封じることになるのよ。オデットはまだ卵を見つけてなくて・・・」
俺は自分の耳が信じられなかった。今なんて言った?・・いや、それよりもオデットのことだ。
「オデットは大丈夫なのか?!」
俺が大声を出すとサットン先生は断言した。
「彼女は必ず守る。でも、彼女の助けが必要なのよ」
「先生が神子って・・・?」
「ごめん。今説明するヒマない。リュカ、お願い!ドアを貸して頂戴!」
「ドア・・?あ、ああ、それは構わないが・・」
「ジルベールを送るから彼に渡して貰える?ありがとう!助かる!」
サットン先生が一息に告げると、そのまま通信が途絶えた。
俺は混乱した頭を抱えて椅子に座った。
先生が神子・・だったのか?
大きな衝撃だが、そう考えると腑に落ちることが沢山ある。
先生が王宮で影響力があったこと。国王からも頼りにされていたこと。常人離れした能力。
オデットが聖女を目指していると言う話は知っていた。
でも、前回は魔王が完全に復活する前に封印したと聞いている。
もしイザベルが愚かな真似をして、魔王が完全に復活をしてしまったら・・・?
先生と一緒に戦うなら大丈夫だろうと自分に言い聞かせてもやはり心配なので、ジルベール以外の密偵を教会に送ることにした。
何だか嫌な予感がして落ち着かない・・・。
オデットに危険が及ぶのではないかと思うと、背筋を冷たい汗が伝った。
***
その後ジルベールがやって来て、こっそりとドアを持って行った。
「オデットは大丈夫か?」
「私たちが全力でお守りします」
彼の言葉には真心がこもっていた。
・・・本当は俺が守りたかった、という本音を隠して「どうか頼む・・」と深く頭を下げた。
***
俺は密偵からの報告を待ちわびて、気もそぞろだった。
教会のある森までは距離がある。転移魔法を使っても直接は行けないので時間がかかるのは分かっているが、オデットに関連することだと気が急いて仕方がない。
サットン先生から何か連絡があるかもしれないと思ってイヤーカフに触れていたら、突然振動を感じた。
サットン先生かもしれない、と思って応答すると、思いがけない可憐な声が聞こえてきた。
「・・・リュカ?」
オデット!?・・・・懐かしい、愛しいオデットの声だ。
思いがけない邂逅に目頭が熱くなったが、声を出すことは出来ない。
口を押さえてオデットの声を聞き続ける。
「・・リュカ、あのね。今サットン先生と二人で魔王を封じ込めたの。信じられないでしょ?私も信じられない。サットン先生は神龍の神子だったんだよ。すごく強くてね。魔王相手に一歩も引かず戦ってた。でも、もう元の世界に帰っちゃったから、私達は二度と先生に会えないの。ジルベールが私を庇って大怪我しちゃってね。怪我は治癒魔法で治したけど、意識が戻らないの。神龍は大丈夫だって言ったけど、やっぱりお医者さんに行った方がいいよね・・どうしよう?」
泣きながら話すオデットがいじらしくて堪らなかった。幼い少女のような口調に昔を思い出す。
心細いだろうに・・。抱きしめて安心させてあげたい。
いや、俺が堪らなくオデットを抱きしめたい。オデット・・・愛している。
だけど、俺が君の傍にいることはできないんだ。
俺はイヤーカフでエレーヌに連絡をして、すぐに修道院に行ってくれるようお願いした。
エレーヌは「近くにいるから今すぐ向かう!」と叫んで通信を切った。
彼女に任せておけば大丈夫だろう。
俺は椅子に座って、深く息を吐いた。
久しぶりに聞いたオデットの声に俺の体が興奮で震えていた。
目を瞑るとすぐにオデットの姿が浮かんでくる。
柔らかい絹のような金髪。彼女の髪を撫でると触り心地がよすぎて指が離せなくなる。
彼女の頬も同じだ。滑らかな白い肌。艶のあるきめ細やかな肌に触ると体に電気が走るような快感があった。
大きなエメラルドのような瞳は鮮やかで新緑の森のようだった。彼女の瞳に映るのは俺だけだと、一生俺だけのオデットでいて欲しいと、そう願っていたのに・・・。
悔しいという言葉では言い尽くせないほどの強い想いが溢れてきて、俺は頭を抱えた。
オデットが欲しい。オデットさえいれば他に何もいらない。
・・・・思考が暴走しそうになったが、現実に戻ると俺には何もできないということを自覚する。
俺はオデットに近づく資格のない人間だ。
感情を落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。
ようやく落ち着いてきた頃、密偵が戻ってきた。
密偵は顔面蒼白で体を震わせながら報告する。
「・・・巨大なヒヒのような化け物が現れました。口から炎を吐き、森を焼き払いましたが、途中で何者かと戦闘を始めたようでした。空に真っ白な龍も浮かび、化け物は消えました。何が起こったのかは分かりませんが、森は既に鎮火されています。あの白い龍は伝説の神龍・・・でしょうか?」
俺はオデットの話から何があったかは想像がついたので「分かった。ご苦労」とだけ言って帰そうとしたが、密偵は躊躇いながらまだそこに跪いている。
「どうした?」
「あの・・・しかとは言えませんが、奥方様の身に何かがあったかもしれません・・・」
イザベルは・・・どこだ?
本当に森に行って教会を破壊したのか・・?
その結果魔王が復活したのか?
そこまで愚かだったのか・・・?
「森の教会はどうなっていた?」
「あの・・・瓦礫しか残っていませんでした。周囲に何人かの焼死体があり、顔は判別できませんでしたが、その・・持ち物などからイザベル様の側近ではないかと・・」
「イザベルの死体もあったのか?」
「いえ、それは・・分かりませんが・・・。ただ、イザベル様たちは化け物が現れる前に森に居たようですから・・・その・・・何かがあってもおかしくはないというか・・」
俺はどう考えたら良いか分からなかった。
混乱する頭で「イザベルの捜索隊を組む。俺も行こう」と言って立ち上がった。




