45. 里中すず ― 帰還
ヒヒのような巨大な魔王は真っ暗な深淵の中に落ちていった。
完全に魔法陣の中に入る直前に炎を吐いたのは想定外だった。オデットとジルベールは無事だろうか?
心配しても、私はあの世界にはもう戻れない・・・と思うと、胸が締め付けられるように切ない。
私は約15年もの間、異世界で過ごしたんだ。やっぱり愛着が湧くよね。
これから私はどうなるんだろう?と考えていたら、足元に魔法陣が現れた。
確かダミアンは、神子の体に座標と標識が記録されているから、自動的に元居た場所と時間に戻ると言っていた。
魔法陣が光を放ち、私は再び光の筒に包まれた。
気が付くと、目の前でクラスメートの生田がトラックに跳ね飛ばされる場面だった。
服装も持ち物も全てその時点に戻っている。
美玖が真っ蒼な顔で全身を震わせながら私の袖を掴み、寄り掛かって来る。
「・・・さっとん・・・どうしよう・・生田さんが・・・」
目からポロポロ涙が溢れている。周囲は大騒ぎになった。
救急車と警察が来たが、救急車は生田を乗せずに戻って行く。
救急車は死者を乗せないということをその時初めて知った。
私と美玖は警察に呼ばれて事情聴取を受けた。
突然現代日本に戻って来た私は混乱していたが、何とか頭を整理して、生田が美玖を突き飛ばそうとしていたように見えたことと、それを美玖が避けたので、勢い余って自分で車道に転がり出たように見えたことを説明した。
他にも数名目撃者がいて、全員が同様の証言をしたらしい。
私と美玖は数時間後に解放された。
美玖の両親と私の一番上の兄貴が迎えに来ていて、私達は安心して号泣してしまった。
その日の夜、両親と兄貴たちに事故のことを説明し、目の前で人が死んだことがショックで、外に出るのが怖いと言った。
普段厳しい両親が珍しく「無理もない」と言ってくれて、翌日私は学校を休んで自分の部屋のベッドで寝転がっていた。
私はあっちの世界ではもう三十代だったけど、今は完全に若返って女子高生に戻っている。
あの・・・リシャール王国での出来事は現実だったんだろうか?
夢?幻?でも見ていたのかな?
いや、そんなはずないよね・・・?
ベッドに横になってぼーっと天井を眺めていたら、ふと誰かの視線を感じた。
ばっと起き上がって周囲を見回すが誰もいない。念のため窓の外も確認する。
気のせいかな・・・?
まあ、いいや。カバンの中身を整理しよう。
カバンを開けると、失くしたと思っていた『Destiny : 神龍の絆』の攻略本もちゃんと入っている。
持ち物も全て元居た時間に戻るってジルベールは言っていたなと懐かしく思い出す。
「・・・ジルベール」と独り言ちると、風もないのにカーテンが微かに動いた、ような気がした。
でも、もうあのゲームは見る気にもなれないな。悪役令嬢のオデットなんて見たくない。
だって、あんなにいい子だったんだもん。
オデットのことを考えたら涙が溢れて止まらなくなった。
あれは・・・夢だったはずないと思う。
オデットの泣き顔。ふくれっ面。誰より可愛い笑顔。全て覚えている。
私は二度とあの世界には行けないけど、オデットの幸せをずっと祈り続ける。
神様、どうかオデットをお守り下さい。




