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41. イザベル ― 因果応報


わらわは生まれ落ちた瞬間から世界の中心にいた。


『特別』という言葉は妾のためにあるようなものだ。


第一王女として生まれ、妾の思い通りにならないことなどこの世にはない。


国王と王妃であった両親も妾のためなら何でもしてくれた。弟のシャルルが生まれても妾が一番であることに変わりはなかった。


父上は「イザベルが男だったら・・」が口癖で、ことあるごとにシャルルにイザベルの意向を優先するようにと躾けていた。妾は特別だから当然じゃ。


若く美しい妾に群がる求婚者の中から、容姿端麗で資産家のガルニエ伯爵を選び、結婚をしたのは18歳の時だ。


妾は煩い舅姑や親戚などいらぬ。係累のいないガルニエ伯爵は都合も良かった。


しかし、夫となったガルニエ伯爵は不相応にも妾の上に立とうとした。


妾の行動を制限しようとしたのだ。


なんと愚かな。結婚前は魅力的だと映った夫は、結婚後小言ばかり溢す煩い存在になり下がった。


夫は妾が他の男と時間を過ごすのを嫌がり、妾が気に入った男達を屋敷から追い払った。


妾の邪魔をする夫など不要じゃ。


我慢の限界がきて食事に毒を盛り夫を排除した。自業自得じゃ。


夫の葬儀の後、何人かの使用人たちが、ガルニエ伯爵が毒殺されたと王宮に訴え出たが、父上が妾を罰するはずあるまい。


愚か者たちが騒いでおるだけじゃ。父上は訴え出た使用人らに重罰を与えた。


妾は『特別』じゃ。妾の気に入らぬ者は全て排除しようぞ。


しかし、妾の恐れていたことが起こった。老いが近づいてきたのだ。


妾の髪に一筋の白髪が見つかった。良く見ると肌のきめも粗くなってきている。


そんなことが許されるか?


夜会に出ても『若作り』というような侮蔑的なヒソヒソ話が聞こえてきた。そやつらには相応の罰を受けて貰ったが、妾がそのような侮辱を受けるなんて許せぬ。


この国の全ての者が妾の美しさを讃え、崇めるべきなのじゃ。


そんな時、魔法学院の剣術トーナメントが天覧試合として開催され、妾も招待された。


優勝者はリュカ・マルタンという青年で美しく凛々しく逞しい。会場中の令嬢達は彼に釘付けであった。


この男こそが妾に相応しいではないかと思っていた時、リュカの父親が罪人として捕まりリュカも連座して処刑されるという話を聞いた。


妾は国王に掛けあい、リュカを手に入れた。


国中の女たちが妾を羨望の眼差しで見つめる。嫉妬の視線も気分が良いものであった。


リュカも妾の美しさを褒め称える。妾は満足した。


しかし、徐々にリュカに対して物足りない気持ちが芽生えてくる。


彼の言葉には真がない。


そんな薄っぺらい褒め言葉に妾が喜ぶと思うかと怒鳴りつけてもリュカは平然として


「俺は本当にそう思うけど」


と薄く笑う。


冷然とした彼の笑顔に妾は囚われてしまった。


妾が何をしてもリュカが関心を向けることはない。他の男と寝室で過ごそうと彼は平然と笑っている。


「君の好きにしたらいい」


という言葉は前夫から欲しい言葉であったが、今リュカの口から聞くのは不満であった。


お前は妾が何をしても気にならないのか?


その嘘つきの口が言うように本当に妾を愛しているのか?


妾をこんなに苦しめて良いと思っているのか?


様々な感情が入り乱れ、妾の苛立ちは募るばかりであった。


唯一リュカの瞳が感情を示すのはオデットのことを話題に出した時だけだ。


この男の感情が熱を持つのはオデットのことだけだと次第に分かってきた。


しかも、それを妾から必死に隠そうとする。


何という裏切りか。


しかし、悪いのはオデットだ。あの女が全て悪い。


あの女が居なくなれば、リュカの気持ちが逸れることもなくなるであろう。


オデットに最悪の辱めを与え殺してやる。


妾はオデットを狙って多くの暗殺者を送り込んだ。


しかし、信じがたいことに全員反撃に遭いノコノコと戻って来た。


オデットは普通の暗殺者でも敵わない程の剣技や格闘の使い手であり、アランが常に一緒にいるため暗殺は難しいことが分かった。


また、貴族令嬢にはあり得ないことに、彼女は常に自炊していると言う。食べ物に毒を入れる隙もないという話を聞き、益々癪に障る。


王宮に働きかけて冤罪でも仕掛けてやろうと思ったが、何故かそれも上手くいかない。


あのオデットという小娘はとかく妾の神経に触る。


そんな中、リュカに変わった来客があった。ミシェルと言うその女もオデットを嫌っているようで、妾は興味を引かれて彼女に近づいた。


敵の敵は味方と言うからの。


その後ミシェルと共謀しオデットを破滅させようとしたが、一つとしてうまくいかなかった。


何故か必ず邪魔が入る。


神龍の聖女のお告げが下り、ガルニエ領にある教会近辺で魔獣が増え始めたのも面白くなかった。


まるで妾に魔王復活の責任があるかのように『教会の管理責任』『修繕不足』など責められると苛立ちを抑えられぬ。


魔王が復活しそうだとか魔獣が増えたとか、それがどうしたというのじゃ?


一度目に行われた聖女の試練の最中に妾の手の者にオデットを誘拐させ、凌辱、殺害させるという計画はミシェルが持ち掛けたものだ。


魔獣退治の時なら皆混乱しているし、アラン達からオデットを引き離して誘拐できるとミシェルはニンマリと嗤いながら提案した。


ミシェルは様々な毒やポーションに精通しているらしく、オデットの体が動かなくなるような神経毒を仕込んで襲えば、オデットでも防ぐことは出来ないだろうと言った。


良い考えだと思ったが、聖女の試練は国家事業だ。さすがにその最中に公爵令嬢を殺害して妾がそれに関わっているとなると揉み消すのも一苦労だ。


妾はミシェルにオデットの誘拐及び殺害は全て自分の計画であるという念書を書かせた。オデットが殺害された場合、責任は全てミシェルに押し付けるつもりだった。


ミシェルは頭が悪いのか、それほど躊躇せずにその書面に署名をした。


「ジルベール!」


と隠密を呼び出す。


「はっ」


と跪くジルベールにその念書を渡し、いつものところに保管しておくよう命じた。


他の貴族らにもこういった念書を書かせ、全て保管してある。後々脅して言うことを聞かせるのに便利じゃ。


しかし、ミシェルの計画も何者かに邪魔をされ失敗した。


あのオデットという女はよくよく悪運が強いらしい。


ミシェルには聖女の試練に料理対決を入れて欲しいとか、違法薬物を仕込むのを助けて欲しいとか色々な便宜を図った。


それなのに全く成果がない。もういい加減手を切るか・・。


知り過ぎた女は死んでもらうかなと考えていた時に、魔獣が増えすぎて領民への被害が甚大だという報告を受けた。


・・・だからどうだというのじゃ?妾には関係のないことじゃ。


そういうと知らせを持ってきた伝令はがっかりしたように肩を落とす。


なんじゃその態度は!?と腹が立ち、その伝令を鞭打った。


全く妾は運がない。なぜこんな厄介な教会がある領地を管理しなくてはならないのか?


もう教会を壊してしまえば、異次元の出入り口とかいう扉は無くなるし、魔王や魔獣も消えるのではないかと思った。


何故みんなつまらないことで大騒ぎするばかりで、そんな簡単なことを思いつかないのか?


皆愚か者じゃ。


そう思い、手下に教会を取り壊すよう命令したが、誰も妾の言う通りにしない。


なんだかんだ理由をつけて断るか、命令を引き受けたものの結局教会には行かず逃げ出してしまう。


妾は憤った。


こんなに思い通りにならないことが続いたことはない。


腹が立ってリュカにも教会を破壊するよう命令したが


「・・・それは止めた方がいい。教会を壊したからといって魔王の復活は止められないし、逆に魔王の復活を早めてしまう」


と冷笑しながら返事をした。妾を手伝う気もないという。


そんなこと分からないではないか?


妾は逆上した。悔しくて一泡吹かせてやりたいなどと思うのは生まれて初めてであった。


側近の手下たちを従えて、妾は意気揚々と教会へ向かった。


こんな古びた小さな教会。あっという間に瓦礫にしてくれる。


妾の属性は火じゃ。他の者達と一緒に一気に魔法で教会を焼き、壁を崩していく。


完全に教会が崩れ、跡形もなくなった。


「見るがいい。こんな簡単なことをこれまで誰もしなかった。皆愚か者ばかりじゃ!」


と嗤う。


その時手下の一人が妾の背後を指さして、ガタガタと震えだした。


他の者は必死で足をもつらせながら逃げていく。


『なんじゃ?』と妾が後ろを振り向くと巨大な化け物がこちらを見ていた。


大きな目には蛇のように縦長の瞳孔が金色に光っている。


何十メートルもある巨大なヒヒのような毛むくじゃらの化け物の姿に妾の腰が抜けた。


立てなくなった妾を振り返りもせず、手下たちは逃げていく。


「っ・・待てっ!妾を連れていけ!」


と叫んでも誰も戻って来ない。


『あやつら、後で覚えておけ。酷い罰を与えてやる』と思いながら、必死で這って逃げようとすると、いきなりゴワゴワした毛に覆われた指に体を持ち上げられた。


巨大な顔が目の前にあり、恐怖で震えが止まらない。涙が頬を伝うのが分かる。


「・・た・・た・たた・・たすけ・・・」という声が震えて出て来ない。


化け物が大きく口を開けると真っ赤な色に視界が包まれる。


『妾は化け物に喰われて死ぬのか・・・こんなところで・・・』


と考えた瞬間に全身に強烈な痛みを感じ、全てが無になった。


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