39. スザンヌ・サットン ― 里中すず
私は里中すずという平凡な女子高生だった。
子供の頃から習っている空手とテコンドーの全国大会で何度も優勝しているくらい格闘技好きというのが平凡かどうかはさておき、私は普通の女子高生として暮らしていた。
親友は同じクラスの山本美玖。美玖は真面目で可愛くて優しい。とってもいい子だ。
私達は二人で乙女ゲームを楽しんだりもした。
その頃『Destiny : 神龍の絆』という乙ゲーがクラスで流行っていて、その中の神子の名前が私と同じ『里中すず』だったこともあり、私と美玖は大いに盛り上がっていた。
当然だが、私達は健気で頑張り屋のヒロイン、ミシェルが大好きで、彼女の敵であるオデットが大嫌いだった。
あの頃は平和で毎日楽しかったな。
ある日、美玖が学校の先輩から告白されて付き合うようになってから、美玖への嫌がらせが始まった。
単なるいじめという言葉では片付けられない犯罪まがいの嫌がらせもあり、私は先生や親に美玖がされていることを訴えた。
嫌がらせの首謀者は生田というクラスメートで、彼女は美玖の彼氏に横恋慕していたらしい。
生田は厳重注意と停学処分を受けたが、彼女は反省するどころか逆に暴走した。
彼女は元々逆上しやすい性格で思い込みが激しく、更に被害者意識が強い。
その日、私は嫌な予感がして部活を休んで美玖の後を追った。
すると、車の往来が激しい道路に面した歩道で美玖と生田が揉み合っていた。
ガードレールもないところで危ない、と思っていたら、生田が美玖を車道に向かって突き落とそうとした。
・・・少なくとも私にはそう見えた。
「美玖!危ない!」
大声で叫ぶと美玖が私の方を向いて、その拍子に生田から身をかわすことになった。
生田は勢い余って車道に飛び出した。
そこに大きなトラックが走って来る。
全てがスローモーションのようだった。
生田の信じられないという表情が目に焼き付いて、私はその場から動けなかった。
時が止まったように感じた瞬間、自分の足元に光る円陣が見えた。なんだっけ・・?こういうの・・・?見たことあるけど・・・?
・・魔法陣だ!
思いついた時には私は光の筒に囲まれていた。
私はあまりの眩しさに目を閉じた。
光が少し落ち着いた気がして恐る恐る薄目を開けると、私はまだ光の中にいた。
「・・・娘よ」
声の方を向くと、そこには真っ白な龍っぽい生物がいた。
というかネバーエン〇ィングストーリーのファ〇コンをもっと龍っぽくした感じ。
私は兄貴が三人もいるので古い映画を沢山知っているのだ。
でも、それとは別にどこかで見たことある気がするんだけど・・・。
「其方には使命がある。時が満ちるまで我が子を頼む」
そう言うと同時に空中に金色の卵が現れた。
それはゆっくりと私の手の中に収まる。結構大きい卵なのでカバンを持ちながらだと危ないな、なんて思っていたら、再びさっきよりも強い光に包まれて、思わずギュッと目を瞑った。
眩しい光に目を開けていられなかったが、徐々に光が薄れていく。
薄目を開けて周囲を見回すと全く見知らぬ場所で、私は呆然と立ち尽くした。
完全に光が消えた時、私は自分が日本ではない場所に来たことに気が付いた。
私は世界史の教科書で見たような中世ヨーロッパっぽい服装の男達に囲まれている。
カバンは見つからないけど卵はしっかり抱きしめている。割れてないといいけど・・。
・・・あれ?
この人、絶対にどこかで見たことがあると思ったのは、眼鏡をかけている茶髪の若いイケメン男性。
それから、その人よりは馴染みがないけどかすかに記憶に残っている男性もいた。白っぽい金髪だ。えっと、プラチナブロンドって言うんだっけ?
私が言葉も無く周囲を見回していると、中心にいた男性が話しかけて来た。
「神龍の神子姫。私はこの国の国王でございます。この国を救うためにご光臨下さり、誠にありがとうございます。しかも、神龍の卵まで授けられたとは・・・。まさに伝説通りの神子姫でいらっしゃる」
・・・・・・は?
幸い言っている言葉は何故か分かる。
話すことも出来るのかなと恐る恐る質問してみた。
「ここはどこですか?」
「ここはリシャール王国。私が国王のシャルルです」
私は頷いて考える。言葉は通じるらしい。
「私は何故ここに来たのでしょうか?」
「あなたは神龍の神子として魔王の復活を阻止して下さるのです」
国王の答えに私は唖然とする。何の話?神龍の神子?魔王?
「私は元居た日本に帰りたいです。私を戻して頂けませんか?」
国王は困った顔で隣にいたメガネイケメンを見る。絶対この人の顔を知ってる・・。どこで見たんだろう・・?
「神子姫。あなたがこの世界での役割を果たせば、あなたは自動的に元の世界の召喚された時点に戻ります。こちらで何十年過ごそうとその時点に戻れば元の姿に戻ります。あなたは1秒たりとも失うことはありません。ですので、安心してリシャール王国に滞在して下さい」
いや、全然安心できないけど。この世界での役割って魔王と闘うんでしょ?なんだそりゃって感じだよ。だんだん腹が立ってきた。
ただ、リシャール王国って聞き覚えがある。
そういえば、さっき『神龍の神子姫』って言っていた。まるでゲームに出てきた神子の里中すずみたい・・・・・
・・・・・え!?
私!?私は確かに里中すずだけれども!
神龍の神子の里中すずとは同姓同名の別人だし!
あ・・・『Destiny : 神龍の絆』での王国の名前は確かにリシャール王国だった・・・。
マジか・・・?
そう考えてメガネイケメンをもう一度じっくりと見る。
うん・・・間違いない。ちょっと若いけど、攻略対象の一人。ダミアン・フォーレだ!将来魔法学院の教師になる奴。
言葉を失って呆然と立ち尽くしていると国王が話し出した。
「神子姫はきっとお疲れでしょう。休養が取れるよう王宮に部屋を用意しておりま・・」
私はパニックになって国王を遮った。
「あの、この世界に『ミシェル・ルロワ子爵令嬢』はいますか?今すぐ彼女に会いたいです!」
とにかく今自分がいるこの世界が本当にゲームの世界なのかを確認したかった。
ヒロインが存在するかどうかを知りたかった。
すると端にいたプラチナブロンドのイケメンが進みでる。
「確かにそのような名前の令嬢はおります。うちの娘と同じ年なんです」
「お嬢様はおいくつなんですか?」
「ちょうど三歳になったばかりです」
溺愛してるんだろうなぁ。親バカ丸出しのデレデレ顔を見ながらそう思った。
きっと優しいパパなんだろうな。
「ただ、いきなり貴族の屋敷に押し掛けるのは礼を欠くので、事前に連絡を取りルロワ家の令嬢と面会できるように手配しますよ」
プラチナブロンドは丁寧に説明してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「では今日は王宮で休んで頂き、後日ルロワ家を訪問されるということで宜しいですな?」
国王にそう言われ、私は素直に頷いた。
「あなたは救国の英雄となるでしょう。望みのものがありましたら、何なりとお申し付け下さい。また専用の護衛をつけます。王宮で最も腕利きの護衛です。ジルベール、こちらへ」
ジルベールと呼ばれた男性が前に出る。
若いが確かに腕が立ちそうだ。しなやかで良い筋肉がついている。
そうして、私は訳が分からないまま王宮に連れて来られ、豪華な部屋に案内されたのだった。
卵を持ったままだったけど、雰囲気的に私が持っておくべきものと皆が考えているようだった。
保管場所をどうしようか・・・?と悩んだ挙句、クローゼットの中の柔らかいブランケットの間に隠した。
とりあえず情報収集が必要だ。
ジルベールに色々な質問を投げかけると、打てば響くように応えてくれる。
うん、優秀な人材。
ジルベールによると、神龍のお告げが下り私は神龍の神子として召喚された。
神龍から卵を授かったことが真の神子である証拠だという。
この卵は後に神龍の聖女を探す時に必要なので、それまで安全な場所に保管しておいて欲しいそうだ。腐ったりすることもないらしい・・・。さすが神龍の卵。
召喚の場にいたのは、国王と三大公爵、そして予想通り宮廷魔術師のダミアン・フォーレだった。
一番年嵩で頑固そうなのがベルナール公爵。厳しい顔つきの中年がこの国の宰相も務めるルソー公爵。一番若いプラチナブロンドがモロー公爵だそうだ。
モロー公爵がルロワ子爵令嬢との面会を手配してくれるという。
突然、私は思い出した。悪役令嬢のオデット・モローはモロー公爵の息女であることを。
いい人そうなのになぁ。気の毒に、将来は悪役令嬢のせいで公爵家も酷い目に遭うかもしれない。
親バカ丸出しのデレデレ笑顔で話していた公爵を思うと心が痛む。
ジルベールと話していてふと気がついた。
私カバン持ってなかったっけ?
ジルベールに聞いてみると確かに私が現れた時に、物も一緒にバラバラ落ちてきたと言う。
本とかノートとかペンとか・・・。携帯は?と思ったけど、ここでつながるわけないよね・・。
でも、一応自分の私物は持っていたいと言ったら、すぐ教会に人を取りに遣わしてくれるそうだ。
ちょっとほっとする。
戻って来た私のカバンには携帯や教科書も入っていてホッとした。
もっともジルベールの説明だと、元居た世界に戻れば、自動的に持ち物も召喚された時点に戻るから失うものはないはずだとのことだけど。
・・・そういえば『Destiny : 神龍の絆』の攻略本も入っていたはずなんだけど、カバンには見つからない。
私の様子を伺っていたジルベールが心配そうに尋ねる。
「何か足りないものがありますか?」
「あ・・・うん。ゲームの攻略本っていうか・・、うーん、この世界のことを書いた本を持っていたので、それがあったらいいなと思ったんだけど・・・」
「この世界のことを書いた本?」
怪訝そうなジルベールが首を傾げた。
「大丈夫!気にしないで。絶対に必要なものでもないから大丈夫!」
あまり手間をかけさせるのは申し訳ない。私は力を込めて言った。
ジルベールは心配そうに、見つけたものは全て持ってくるように言ったはずだけど、もう一度人を遣ろうかというので、その必要はないと断った。
大丈夫。私は結構あのゲームをやりこんでいるし、攻略本はなくても何とかなるだろう。
この世界で神子をやることにそれほど抵抗がなくなっていて、自分でも驚いた。
このゲームのヒロインは健気で頑張り屋でとっても可愛かった。あんな可愛いヒロインと一緒に戦えるなら、悪くないかもと思ってしまったのだ。
それに魔王と闘うなんて格闘家の血が騒ぐよね。大抵異世界に召喚されるとチートな能力が発現したりするし。
可愛いヒロインにも会いたいし少し様子を見てもいいかな、なんて呑気に考えていたんだ。
***
数日後、面会の手配が出来たとモロー公爵に連れて行かれたのがルロワ子爵家だった。
まだ三歳のミシェルはとっても可愛かった。フワフワのピンクの髪。愛らしい頬に大きな瞳。唇はプルンと薄桃色で食べちゃいたいくらい。完全無欠の美少女だ。
しかし、彼女に微笑みかけようとした瞬間、彼女の口から出てきた言葉に私は愕然とした。
「っ!里中すず!あんたのせいで・・・私は・・トラックに・・!」
瞬時に頭が真っ白になる。
・・・・まさか・・・・誰か嘘と言って・・・・!
「まさか!?あんた・・・生田・・なの?」
私は震える声で呟いた。
美玖に酷い嫌がらせをした挙句、美玖を殺そうとしたあの女がよりにもよってヒロインに転生したの!?どうして!?
堪らずその場を走り去り、王宮に戻って部屋に閉じこもった。
もうここに居るのが嫌になった。
ジルベールが、心配そうに何があったのか尋ねてくるが、上手く説明できるはずもない。
するとモロー公爵が面会したいとやってきた。
彼はせっかくルロワ子爵家訪問の手配をしてくれたのに、私があんな形で去ってしまったから、後が大変だったろう。馬車にも一人で乗って帰っちゃったし・・・。
迷惑を掛けたし、ちゃんと御礼も言っていないと反省して、モロー公爵に会うことにした。
モロー公爵は私のことを本当に心配してくれているようだった。
「ルロワ家で何かありましたか?突然顔色が変わったので驚きました。あの令嬢も少し変わっているようですが・・・」
「・・・そうですね。お骨折り頂いて、本当にありがとうございます。突然帰ってしまって申し訳ありませんでした。あの後は大変だったでしょう・・?」
「いえ、気にしないでください。大丈夫ですよ。それより顔色が悪いです。何か相談にのれることはありませんか?」
モロー公爵の言葉には思いやりが感じられて、私は号泣してしまった。
ゲームのこと。美玖と生田のこと。ミシェルが生田だったこと。オデットのこと。日本に帰りたいこと。思いつくままに私は号泣しながら喚いていた。
恥ずかしくて穴があったら入りたい。
私はそのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい。目が覚めたらベッドに寝かされていた。
お腹空いたな・・と考えていたら、ジルベールが部屋に夜食を持って来てくれた。
「モロー公爵が明日もお会いしたいとのことですけど宜しいですか?」
ジルベールに訊かれて、構わないと答える。
しかし、内心では自分の恥ずかしい行動を思い出し、どうやってお詫びしよう、と私は悶絶していた。




