34. オデット ― ジルベールとの再会
自邸でたっぷり休養を取り学院に戻った日、話があるとアランが女子寮を訪ねてきた。
私も預言書のことを話したかったので、カバンに預言書を入れてアランと一緒に外出した。
行きたいところがあるから、と連れて行かれたのは、学院に入学してすぐに見学させてもらった修道院だった。
何でここに来たんだろう?と不思議だったけど、人目もないし秘密の話をするのには都合が良いかも。
すると以前、修道院を案内してくれたジルベールが現れた。
「お久しぶりです」
お辞儀をしながら挨拶すると、ジルベールはにこやかに迎え入れてくれた。
久しぶりにジルベールに会えて嬉しいけど、今日は預言書の話は無理かな・・・。
なんて考えていたらアランが口を開いた。
「今日はジルベールと三人で話がしたかったんだ」
他に人の気配は全くない。高齢の修道女はどうされたのかしら?
案内された小さな部屋のテーブルに腰かけるとジルベールがお茶を持って来てくれた。
御礼を言って一口すする。緑色の爽やかなお茶だ。
「美味しいですね」
ジルベールは嬉しそうに目尻を下げた。
「それは良かった」
「それで今日ここに来た理由だけど、この間オデットが攫われた時にリュカに助けられたと言っていたろう?」
アランの質問に私は頷く。
「実はジルベールは優秀な隠密なんだ。元々王宮でも腕利きの護衛官だったんだが、後に密偵になったそうだ。今はガルニエ伯爵家に仕えている。イザベルとリュカの隠密をしているそうだ」
私はアランの言葉を理解して、衝撃を受けた。
修道士だと思っていたジルベールが隠密という事実にも驚いたが、イザベルという名前は私の中で敵認定されている。
彼女の下で働いているって・・。強張った私の表情を見てジルベールは安心させるように微笑んだ。
「確かに私はイザベル様の下でも働いています。二心あると思われるのも無理はありません。しかし、私が真にお仕えしているのは神龍の神子なんです」
私は口をポカンと開けたままジルベールを見つめた。
神龍の神子に仕えている?異世界から召喚されたという神子?
「申し訳ありません。あの方のことについては詳しくお話することができません。しかし、以前私の娘がイザベル様の謀の餌食になりそうな時がありました。その時に娘を救って下さったのが神子姫だったんです。それ以来、私は神子の姫に忠誠を誓っております」
イザベル様って・・・何と言うか、預言書に出てきた悪役令嬢みたいだね・・・。
「神子姫はオデット様を助けるようにと仰いました。ですからオデット様を裏切ることはありません。ご安心下さい」
ジルベールの言葉に私は曖昧に頷いた。
それは・・・神子姫は私の味方をしてくれる、ということなのかな・・・?
会ったこともない神子姫がどうして・・・?
アランが口を挟む。
「彼はリュカにも仕えているから、第一の試練の日にリュカがどこに居たかを知っているんだ」
ああ、そうか。アランは私のために調べてくれたんだね。
「ありがとう。アラン。手間を掛けさせてごめんね」
「いや。気にするな。ただ、お前の欲しい答えじゃないかもしれない」
アランが暗い表情を見せる。
ジルベールはすまなそうに私に告げた。
「その日、リュカ様は自邸に一日中おられました。イザベル様と友人ご夫婦と会食されておりましたので」
私は地面が足元から崩れていくような感覚に襲われた。
・・・そっか。
私の勘違いだったんだ。バカみたいだな。・・と思ったら泣けてきた。
アランが慌てて私にハンカチを渡す。
有難く受け取って思いっきりずびずび泣いた後、しっかり鼻までかんでしまった。
ごめん。後で洗って返すから。
呆れ顔のアランに「ありがと」と頭を下げる。
「泣かせるような報告でごめん」
逆にアランに謝られた。
「アランのせいじゃないよ。私が勝手に勘違いしちゃったんだもん。でも、そしたらあれは誰だったのかな・・・?神経毒のせいで本当に幻でも見たのかしら・・・?」
アランが私の頭を撫でる。彼の目がいたわるように優しく私を見つめる。
「俺にも分からない。でも、お前を助けたいと思っている人間は思っているより多いのかもしれない。俺が言えるのはお前が無事で良かったということだけだ」
ジルベールが更にすまなさそうに話を始めた。
「・・・あの・・・伝言があるのです。リュカ様はオデット様に自分に近づいて欲しくないと仰っていました。今日、私がオデット様とアラン様にお会いすることを報告した時にそう伝えて欲しいと言われたんです」
私は再度衝撃を受けて、地面に足が10㎝くらいめり込むかと思ったけど、今度は涙を堪えることができた。
そっか・・・。リュカはもう私に会いたくないんだ。
現在のリュカを直接知る人から言われると説得力がある。今までは儚い希望に縋りついていたんだな。現実が見えていなかった自分が恥ずかしい。
深呼吸して涙を堪える。アランが何か言いたそうにしていたけど、敢えて彼の方は見なかった。
辛気臭い雰囲気になってしまった責任を感じて、話を変えようと話題を振った。
「あ、そういえば預言書のことだけど・・・」
言いかけて「しまった」と口に手を当てる。
ジルベールが居るのに何で秘密だと約束した話を始めてしまったんだろう・・・。自分の頭を壁にぶつけたくなる。
私の焦る様子をジルベールは微笑みながら見つめている。
「もしかして神子姫が落とした本のことですか?」
ジルベールの言葉に私とアランは驚いて「「えっっ!?」」と大声を出してしまった。
私が恐る恐るカバンから預言書を取り出すと、ジルベールは笑顔でそれを見て頷いた。
「神子姫が召喚された時に持っていた所持品に入っていたものだと思います。神子姫が居た異世界の言葉で書かれているのです」
私とアランは顔を見合わせて手を取り合った。アランの顔も色を失っている。
驚きで心臓がドキドキする。
ジルベールは落ち着いた表情だ。
「私もその本の内容を知らないのです。もし、ご存知でしたら教えて頂けますか?」
私がアランを見ると彼は頷いてくれた。
それで私はカバンから翻訳眼鏡を取り出し、ページを開いて内容の説明を始める。
二人とも翻訳眼鏡の機能に感動していた。へへ。
でも、私の説明が一通り終わった時には二人とも顔色が青褪めていた。
アランは悔しそうに拳を握り締めて怒ってくれた。
「なんでオデットが悪者なんだよ!」
やっぱり優しいな。アランの拳に自分の手を重ねた。
ジルベールは思案気に黙り込んでいたが、静かに語り始めた。
「神子姫が仰っていました。恐らくこの本のことだと思うのですが、ストーリーを無理矢理否定しようとすると酷い揺り返しが来る。一度ストーリーに乗った上で、違う方向に動かすのが正解ではないか、と。彼女の言った意味はよく分からないのですが・・・その時の神子姫の切実な表情を忘れることができません」
その言葉にふと昔サットン先生に言われた台詞を思い出した。
『私は最初危険な運命を避ける方針だったの。でも避けても結局運命が追いかけて来ることが分かった。だから、敢えて闘って勝つ方が良い気がする』
同じではないけど、ちょっと似てるのかな?
神子姫もサットン先生も要は『運命を避けるな!』って言っている気がするんだけど、気のせいかしら?
私は自分の考えをアランとジルベールに言ってみる。
二人は私の言いたいことを良く理解してくれた。
その日、私たちは遅くまで今後のことについて話し合ったのだった。




