32. オデット ― 預言の書
私は肩を落として自分の部屋に戻った。
もう二度とリュカには会えないんだなと実感した。
泣きそうだったので、何か他のことに集中することを考えた。
悲しい時や落ち込んだ時は忙しくするに限るとサットン先生は言っていた。
カバンからアランに貸してもらった不思議な書物を取り出してじっと表紙を眺める。
本・・・だと思うけど、こんなに色鮮やかな表紙の本なんて見たことない。
カバンの中から子供の頃リュカに貰った翻訳眼鏡を取り出した。
この眼鏡ならもしかしたら書いていることが読めるかもしれないと思ったんだ。
眼鏡をかけて再度表紙を見てみると文字が理解できるようになった。すごいなこの眼鏡。
『コンプリートガイド ― Destiny : 神龍の絆』
『神龍の加護を授かりし聖女が、裏切られ続けた男たちの心の傷を癒し、
真実の愛の喜びを教える。異世界から召喚された少女との奇跡のダブルヒロイン』
そう記されている。
ページを捲ってみる。
『ヒロイン ミシェル・エリーズ・ルロワ子爵令嬢』
『攻略対象 アラン・シャルル・リシャール王太子』
『攻略対象 リュカ・ヴィクトル・マルタン(オデットの従兄)』
『攻略対象 フランソワ・アンリ・モロー(オデットの義弟)』
『攻略対象 ダミアン・アルノー・フォーレ(魔法学院教師)』
『攻略対象 クリスチャン・ロベルト・ベルナール(魔法学院生徒会長)』
『悪役令嬢 オデット・カロル・モロー公爵令嬢』
攻略対象って何だろう?でも、これがサットン先生の言っていた預言書に違いない。私は悪役令嬢って書いてあるし。ミシェルもこれを読んだのだろう。
更にページを捲るが文字は読めるのに意味が分からない箇所が多い。
例えば、
≪攻略のヒント≫
乙女ゲームではご法度のダブルヒロイン。攻略対象がもう一人のヒロインに惹かれてしまうバッドエンドもあり。
書いてあるが意味が分からない。どういうことなんだろう?謎が多すぎる。
≪Story≫と書かれている箇所は比較的容易に理解できた。
≪Story≫
魔王の復活が近いという神龍のお告げが王国に示された。
魔王の復活を防ぐには神龍の加護を持つ『神龍の聖女』と異世界から召喚された『神龍の神子』の二人が協力して闘う必要がある。
ミシェルは魔法学院の3年生。
ある日突然『神龍の聖女』の証である紋章の痣が、肩に浮かび上がった。
他にも同様な痣が浮かび上がる少女らがいる。彼女らも『神龍の聖女』候補だ。
中でも強力な聖女候補はオデット・カロル・モロー公爵令嬢。
彼女は攻略対象の一人である王太子の婚約者でもある。
オデットは自分が聖女になりたいため、ミシェルに執拗な嫌がらせを始める。
その中で、ミシェルは自分こそが本物の聖女であると、様々な試練を通じて証明する。
一方、現代日本に住む高校3年生の里中すずは、クラスメートがいじめっ子に車道に突き飛ばされる現場を目撃。助けようとしたところを、突然異世界に『神龍の神子』として召喚される。
そこは、魔獣達が跋扈する異世界だった。
魔王が甦るのを阻止するため、神龍の神子として召喚されたすず。
ミシェルとすずは協力して魔王復活を阻止し、ミシェルは心から愛する男性と結ばれる。
そんな絆と恋の物語。
・・ミシェルが主人公の物語・・・?でも、私はミシェルに執拗な嫌がらせなんてしていない。
≪Story≫に続いて、見開きのページにフランソワのアップの絵が描いてある。
そしてそこに記されているフランソワに関する記述を読み、私はあまりの衝撃に眩暈がした。
≪フランソワ≫
両親を失い孤児になるが、姉と支え合いながら二人で懸命に生きてきた。公爵家に引き取られた日に姉を変態男爵に殺され、絶望の中オデットに精神的・身体的に虐待される。ミシェルとの運命的な出会いがあり、二人は激しい恋に落ちる。フランソワはミシェルのために聖女の試練に協力する。一方で、ライバルのミシェルに執拗な嫌がらせを続けるオデットを激しく憎む。ミシェルが無事に聖女に選ばれ、ミシェルとすずが魔王復活を阻止した後、ミシェルとフランソワは二人で新天地に旅立つ。後顧の憂いを断つため出発前にフランソワがオデットを殺す。
・・・どういうこと?頭が混乱して思考がまとまらない。
これが預言だとしたら、現実は預言通りに進まなかった。まず、フランソワの姉のエレーヌは殺されていない。
そして思い出した。
初めてフランソワが公爵邸に来た日。
サットン先生が「今夜中にエレーヌを救出しないと彼女が殺される」と焦っていたことを。そのおかげで私達はエレーヌを助けられた。
先生はきっとこれを読んで、悪い結果を防ごうとしていたんだわ。
そして、ミシェルが私のことを我儘で傲慢な悪役令嬢と言っていた意味が分かった気がした。
もしサットン先生が私を厳しく躾けてくれなかったら、私はきっとこの預言書にあるような傲慢な令嬢になって、嫌がらせをしたりフランソワを虐待したりするような人間に育っていたのかもしれない。
そう思うとサットン先生への感謝の気持ちが心の奥底から湧き上がってくる。
怖いけど続きを読むことにした。
次はリュカだ。
≪リュカ≫
母を幼い頃に亡くし、父は無関心という状況の中、孤独感を深めていく。オデットから常に『無駄飯食い』や『役立たず』などと侮蔑的な言葉を投げつけられ精神的・身体的に虐待される。ある日、オデットはヤンとリュカを屋敷から追い出す。行き場の無くなった二人は雨の中、当てもなく彷徨い、ヤンはそのせいで肺炎をこじらせて死ぬ。リュカはオデットへの復讐を誓う。リュカは純粋で無垢なミシェルへの恋心を意識するが、復讐を果たすまでは告白できないと思っている。聖女の試練や魔王復活阻止を影から支えるリュカ。リュカは母の形見の宝石を使って指輪を手作りしミシェルに捧げる。実はそれが魔法を増幅させるラッキーアイテムだった。オデットが卒業パーティでアランに婚約破棄された後、リュカはオデットを殺し復讐を果たす。その後ミシェルはリュカの気持ちを受け入れ、二人で誰も知らない土地で暮らす。
ああ、この話も酷い・・・。読むのが辛くなってきた。
でも、お母さまの形見の宝石を使った手作りの指輪はミシェルじゃなくて私が貰っている。
やっぱり現実とは少し乖離している、よね?
次はアラン・・・。
≪アラン≫
オデットは公爵令嬢の立場を利用してゴリ押しし、無理矢理アランの婚約者の地位におさまる。アランは権勢欲が強く傲慢なオデットを嫌っており、不遇な環境でも健気に頑張るミシェルと恋に落ちる。ミシェルとオデットは聖女候補として争うが、オデットは卑怯な手を使いミシェルの邪魔をする。嫉妬に狂ったオデットはミシェルを誘拐し、男達に襲わせようとする。それを知ったアランは激怒し、卒業パーティでオデットを断罪し婚約破棄を宣言する。オデットが行ってきた執拗な嫌がらせも暴露される。パーティの後、失意のオデットをリュカが殺す。ミシェルとアランは結ばれ華々しい結婚式が行われる。
ああ、ここでも私はリュカに殺されるんだ・・・。絶望的な気持ちになる。
卒業パーティでの婚約破棄・・・。アランがそんなことをするとは思えないけど・・・。
≪ダミアン≫
オデットは、ダミアンが過去に人を傷つけて服役したことがあると知り、彼を脅迫して自分の成績の嵩上げを迫る。ダミアンは貴族に妹を襲われて、彼女を救うため犯人を傷つけてしまった。ダミアンは服役して罪を償うが、そもそもの原因だった貴族の罪は問われないという不条理に腹を立てる。属性は闇以外の全て。魔力が強く、魔法の技術も高いために学院で教えているが、内心では貴族を憎んでおり厭世的。しかし、聖女になるために頑張る健気なミシェルの手助けをするうちに、ミシェルに恋をする。一方、オデットはミシェルへの嫌がらせをエスカレートさせる。オデットは第一の試練の時に魔獣に襲われて死ぬ。その後ミシェルは聖女としてすずと共に魔王の復活を阻み、最後はダミアンと結ばれる。
ここでは魔獣に襲われて死ぬんだ・・・。私はどこでも嫌な奴で最後は殺されて終わるんだな・・・。なんか涙出そう・・・。
≪クリスチャン≫
両親から完璧でなくてはならない、常にトップでいないといけないというプレッシャーの元、育てられた。・・・・・
読み始めてもう嫌になった。読まなくても結果は分かる。私は傲慢な悪役令嬢で最後は殺されるんだ。
パタン、とページを閉じる。
ふぅっと溜息をついて、両手で顔を覆った。
そのまましばらく動けない。頭の中が空白で全く機能しなかった。
ベッドにゴロリと横になる。
天井を見つめていたら、天井の模様が私を嘲笑う人の顔に見えてきた。私は悪役令嬢で殺されるべき運命だと言われているみたい。
被害妄想、酷いかな。サットン先生が居たら、きっと怒鳴られていたかも。
サットン先生の顔を思い出したら、少し気力が戻って来た。
『落ち込む暇があったら事態を改善できる方法を考えろ!』
瓶底眼鏡をクイと持ち上げながら叱る先生を思い出す。
あ、そうだ・・・。聖女の試練について何か書かれているかしら・・・?
もう一度本を開いて試練について書かれているか探すと
『第一の試練 魔獣討伐』
『第二の試練 料理対決』
『第三の試練 神龍の卵の探索』
というのが見つかった。
第一の試練は終わったばかりなので、第二の試練の内容を読んでみる。
要は聖女候補者が得意料理を作り、審査員がどちらの料理が優れているか判断するというもの。
・・・・聖女の資格と料理に何の関係があるんだろう?
『多分第二の試練は体術か剣術になると思うからオデットが有利だよ』
アランはそう言っていた。
『これはこっそり王宮の担当官に教えてもらった秘密だから誰にも言うなよ』
悪戯っぽく口に手を当てるアランの顔を思い浮かべた。
この預言書の内容はアランにも相談した方が良いよね・・。
これを読んで私に対する態度を変えるような人じゃないし。
預言書によると料理対決の審査員は、学院長、アラン、クリスチャン、フランソワ、ダミアン先生の五人。
審査員の選び方も良く分からない。
でも、私の味方と思える人達が審査員だったら私に有利じゃないかしら・・・?だからサットン先生はクリスチャンとダミアン先生を味方につけろと言ったのかもしれない。
いずれにしても第二の試練の内容が発表されるのを待つしかないわねと溜息とついた。
それにしても・・・・預言書のツルツルした表紙を撫でながらサットン先生に思いを馳せる。
サットン先生は私を助けようとしてくれた。
運命を変えるためにここに記されている内容とは違う方向に進めようとしたんだよね。
別れ際に先生が言ったことを思い出す。
『あなたを死なせたくない。だから、どんな目に遭っても自分の身を守れるように訓練をしてきたつもりよ。あなたは私の自慢の生徒だわ』
先生は悪役令嬢の私が死なないように努力してくれたんだ。
ありがとう。先生・・・。
先生はどうやってこの本を読んだのだろう?とか、先生は何者なんだろう?という疑問はまだ残っているけど、先生の思いやりは確信できた。
先生の努力を無駄にはしない。絶対に生き残って見せると心に誓った。




