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婚約破棄は突然に⑧

「アル……」


 顔を赤くして踞ってしまったアルに、ちょっと言いすぎてしまったかしらと被害者であるはずのリリーが何故か罪悪感に襲われた。


 リリーはティーテーブルから立ち上がりアルの元へと向かうと、アルと目線が会うようにしゃがみこんだ。

 そしてポン、と優しく肩に手を触れた。


「アル、大丈夫よ。これは誰しも通る道だそうよ(たぶん)」


「リリー……」


 アルは優しいリリーの声色に荒れ狂った鼓動が落ち着いていくのを感じた。


「誰しもある時期に、自分が特別な存在であったり特別な能力をもっている選ばれし者なのではないかと自意識がとんでもなく過剰になる時期があるのですって。」


「自意識が……」


 リリーはアルを慰めるようにコクりと頷いた。


「貴方は王子として生まれてきて、実際特別な存在なのだし、更には容姿と知性にも恵まれていて幼い頃から皆にちやほやされてきたのだもの。そんなの、調子に乗らずにいる方が難しいと思うわ。」


 ちょっと調子に乗っちゃったのよね?そうリリーに優しく問いかけられたアルは、ドン底だった気持ちが浮上して行くのを感じた。先程までは取り返しのつかない事をしてしまったと自分自身を責めたてこの世から消え去ってしまいたいと思っていたが、リリーに優しく慰められている間に何だか大丈夫な気がしてきた。


「まあ、過ぎたことは気にしたって仕方がないわ。大事なのはこれからはどうするか、だと思います。」


「リリー……」


 アルは相変わらず表情は乏しいが心なしか優しげに微笑んでいる気がしなくもないリリーに胸が熱くなって行くのを感じた。


(どうして僕は今までこんなに賢くて優しい婚約者がいながら他の女性との刹那的な情事に夢中になっていたのだろう。

そして、僕の愚かな行動のせいで一体どれほど彼女を傷つけてきたのだろうか……。)


 本来ならば婚約を破棄されても文句を言える立場ではないことは理解していた。だけど、アルはどうしてもリリーを手放すことなど出来ないと今さら気づいてしまった。


「リリー、こんなどうしようもない僕でも許しを乞うてやり直すことは出来るだろうか……?」


 アルが真剣な眼差しでそう問えば、リリーは穏やかな微笑みを浮かべてくれた。


「出来ますよ。人間、誰しも間違いはあるのですから。これからは傷つけた人々へ償い、愛する人を大切に護っていって下さい。」


 アルならきっと出来ます。リリーはアルの目をしっかりと見据えて言葉を紡いだ。


「リリー!!」


(こんなどうしようもない僕を赦してくれるというのか……!?)


 アルは感極まって両手を広げ、リリーを優しく抱き締めようと手を伸ばした。


(気づくのが少し遅くなってしまったが、こらからは余所見などせずに、ただ愛すべきリリーに償い、愛する日々を送ろう。そして手を取り合って一緒に幸せになろう。二人ならきっと出来るはずだ)


 アルがそう固く決意を決めた所で本日最後にして最大の爆弾がリリーによって落とされた。
























「これからはマリアと産まれてくる子供を大切にしてくださいね。」









   










「…………………………へ?」








「アルならきっと立派な父親になれますよ。」





 今までに見たことのない慈愛のこもった微笑みを浮かべるリリーを前に、行き場をなくしたアルの掌が虚しく空を切った。






 

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