髑髏を呼ぶ風鈴
ある秋の終わり頃、遊郭の窓辺で風鈴が一つ、チリンチリンと音を奏でていた。傍には風鈴を愛でる遊女が一人。ぼんやりと外を眺めていた。
「小手鞠、昨日は随分と遅くまでお客がいたんだねぇ」
「あ、桔梗姉さん、おはようございます」
小手鞠と呼ばれた遊女が振り返ると、そこには禿の頃から世話をしてくれた遊女、桔梗が壁にもたれて立っていた。
「また風鈴かい?」
「うるさかったですか?」
「いや、大木戸が開くまでは自由にしたらいいさ」
「ありがとうございます」
「なあ、あんたまた痩せたんじゃないのかい?」
「そうですか?」
「ちゃんと食べているんだろうねぇ」
「ええ。それなりに」
「もっと食べないと保たないよ」
「はい。気をつけます」
ふと窓辺を見た。
「もうその風鈴の贈り主が来なくなって半年、か」
「え、ええ。まあ」
「新しい身請けの話が出てるんだろ?」
「……はい」
「なんだい、乗り気じゃないのかい?」
「……」
「まあ、いいさ。そのうち嫌でも決まるだろ」
「……はい」
「さ、仕事、仕事!」
翌朝、小手鞠の部屋の戸は閉ざされたまま。昨夜の客の見送りにも出ていないという。桔梗は勢いよく戸を開けて中に入って行った。
「小手鞠!」
直後、桔梗の叫び声が遊郭に響き渡った。
他の遊女や男衆が集まってきた。布団が敷いてある奥の部屋からは線香のような香りがする。遊女が仕事で使う布団の上で、兵隊の服を着た骸骨と痩せ細った着物姿の女が並んで寝ていた。枕元にはあの風鈴がある。誰がどう見ても小手鞠は事切れていた。直ぐに近くの寺の和尚が呼ばれ、お祓いをしてもらうことになった。
「こりゃあ取り殺されたな」
経をあげ終えた和尚は険しい顔でそう言った。
「もしやあの風鈴の男かい?」
「風鈴ってそこに転がっている風鈴のことかい?」
桔梗が青い顔で首を縦に振ると、和尚は風鈴を手拭いで掴んだ。
「あぁ、えらい情念が纏わりついとるな。余程ご執心だったとみえる。こりゃあ、一緒に葬ってやらんとまずいことになるぞ」
骸骨と女の亡骸は和尚の寺に葬られた。あの風鈴は和尚が三年間毎日経をあげてやっと鎮まったそうだ。そのうちに二人の墓は、取り殺すほどに一途な男とその愛を捧げられた女の墓として有名になった。
そういった一途な男との縁が欲しい女が拝むようになり、拝んだ女が偶々良縁を得たことから立派な墓を寄進された。
毎年秋の終わり頃になると、件の遊郭では何処からともなく風鈴の音が聞こえてくるのだそうだ。
終




