将軍様の身勝手
「スティーリア。起きているか?」
外から聞こえてくるエイデンの声で目が覚める。
明るさからすると、まだ日が昇りきっていないような時間みたい。
こんな朝早くに、どうしたのかしら?
寝ぼけまなこをこすり、手櫛で軽く髪を整えてから幌のカーテンを開けていく。
するとそこにはビオラと、旅支度をしたエイデンが立っていた。
「どこかへ行かれるのですか?」
昨日までそんな話はしていなかったのに、と首を傾げる。
「ああ。俺と部下数名で先に皇都へ戻り、皇帝陛下に経過報告をしてこようと思う」
淡々と言うエイデンに、ビオラは深いため息を吐き出した。
「まーたいつもの“将軍様の身勝手”さ。昨日の夜、突然“明日の朝、馬で先に帰る”とか言い出して、こっちも面くらったよ、まったく……」
頭を抱えるビオラにエイデンは「必要があってしていることだ」と、突っぱねた態度を取る。
「しかもさぁ、姫さん起こすのも悪いからって挨拶もせずに行こうとしたもんだから、さっき慌てて止めたんだよ」
以前ビオラはエイデンのことを“自分の都合ばかり押し付ける人”と評していたけれど、こういうところがそうなのかもしれない。
「スティーリア。恐らく、数日のうちに皇都へ着く。その間、護衛にビオラを残していくからなにかあればビオラを頼ってくれ」
「皇都に着いたら、私は何をすれば……?」
人質になるなど生まれてはじめてのことだから、どうして良いのかわからない。
エイデンに尋ねると、ひとまずいるだけでいいとのことだったけれど、彼はふと思い出したように険しい表情を浮かべた。
「そうだ、一つだけ。貴族たちには注意してくれ。牽制はしておくが城内は魔窟でもあり、危険と隣り合わせの場所だから」
「ええ。それはアクアでも同じ。重々気をつけます」
他国の城の中なら、なおさら危険な場所といえるだろう。
アクアに良い感情を抱いていない者も多いだろうし、このまま無事でいられるのかしら……
不安が募り、お腹の前で重ねた両手をぎゅっと握りしめる。
「……なぁスティーリア。いいものを貸してやろう」
「え……?」
エイデンは剣の柄についていた飾りを取り外し、私の手のひらにのせてきて。
「ちょっ、エイデン将軍、アンタ何して……!!」
目を丸くするビオラに、エイデンは楽しそうに笑う。
「いいじゃないか、俺がしたくてしていることだ。必要であれば、また返してもらうさ」
「これは……?」
真紅に輝く宝石の飾りと、短剣を咥える獅子の紋がついたプレート。
光を集めて輝く様子からすると、偽物ではなく本物のルビーと金だ。
敵国の女にホイホイと渡していい代物では決してない。
これは何かという私の問いかけに、エイデンはいたずらっぽく笑った。
「魔除け。見えるところにつけておくといい。では、そろそろ行ってくる」とエイデンは部下と馬が待つ場所へと移動していき、見送りをするため私とビオラは彼の背中を追いかけた。
彼の馬は、ビロードのような毛をした漆黒の馬。
一般兵とは違って軍服の色も黒だからか、こうやってマントをまとって馬と共にいると、重厚感と迫力で満ちて見える。
エイデンは愛馬に跨り、私たちに視線を送ってきたのち、手綱と足で合図を送った。
「行き先は、皇都フランマ。最速で向かう!」
部下たちに告げると、馬は高らかに嘶いて走り出し、すぐさま部下たちの馬も続いていく。
先程まですぐ隣にいたエイデンは、あっという間に街道の向こうへ見えなくなってしまった。
「まったく……一つ抜きん出るのも困りもんだね」
ビオラは深く息を吐き出しながら言う。
きょとんとして顔を見上げると、ビオラは困ったように笑った。
「あの人は、幼い頃から将軍になるべくして育てられたせいか、アタシたちとは知識量が違うみたいでさ。ああやって何かがあると一人で決断して、どんどん先に行っちまう。しかも、あとから結果を見ると間違ってないもんだから、まいっちまうよ」
「将軍になるべくして……?」
「おや、聞いていないのかい。話していい話なのかわからないし、ここからは控えさせてもらうよ」
ビオラは、悪いね、と申し訳なさそうに言った。
エイデンは、自分の家族構成だったりイグニスの観光地だったり、様々なことを私に話してきたくせに、言い忘れているのかあえてなのか、肝心なことは話してくれない。
なんだかそれが、少しだけ悲しい。
彼が見えなくなったあたりを見つめて、小さくため息をついた。
「……姫さんもしかして、エイデン将軍がいなくなって寂しいのかい?」
隣に立つビオラから尋ねられる。
見上げると、ビオラはどこか嬉しそうにニヤニヤと微笑んでいて、私は首を横に振った。
「いいえ、少しも。あの方は敵の将ですから」
そう、大丈夫。
なんだか少し胸がざわつくのは、敵ばかりの地で助けてくれそうな人が離れてしまったから、きっとそれだけ。
「そうかぁ、残念。エイデン将軍と姫さん、お似合いだと思うんだけどねぇ」
呟くようなビオラの言葉に耳を疑う。
私と、エイデンが?
私はアクアの王女で、あの人は敵国イグニスの将軍。そんなこと、絶対にありえない。
「ビオラ、冗談はよして。私には幼い頃より恋い慕う男性がいます。穏やかで物静かで心優しく、実直な方が」
まぶたを閉じると、いまでもちゃんとマルクの顔と声が思い出せる。
ふにゃっと笑う優しい笑顔も、訓練でマメだらけになった手も、困ったときに頬を掻く癖だって覚えている。
全部、大好きだったから。
いまも、誰より愛しているから。
「姫さんは、本当にその男のことが好きなんだねぇ」
ビオラの問いに少しばかり照れてしまって、こくりと小さく頷いた。




