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結婚話

「オデット王女殿下、ノエル・ラフォレでございます。失礼してもよろしいでしょうか」


 柔らかなノエルの声が聞こえてきて、慌てて立ち上がる。


「大丈夫よ、入ってちょうだい」

 ぴしりと背すじを伸ばして平静を装うけれど、ノエルにはさっきの様子を見られているわけで。


 以前、ノエルは『エイデンと私が仲良くしているのが嬉しい』と話してくれていたけれど……

 仲良くをこえて恋仲になってしまったことをどう思われるのか、不安で不安で仕方ない。


「失礼いたします」

 扉が開いて、ノエルはじっと私を見つめてきて。

 次第にその目から涙が泉のように湧き出て、次から次へと溢れだした。


「ああ、やっぱり何度拝見しても姫様です……またお会いできて嬉しゅうございます。もう二度とお目にかかれないものと思いました」


「ノエル、そんなふうに想ってくれるの……?」

 私の問いかけにノエルはこくりとうなずいた。


「はい。このまま殿下にお仕えできたらどんなに幸せかと考えておりまして。ですので、イグニスに残ってくださったことも、先程のことも嬉しかったのです」


「――っ……ノエル、あのことはどうか……」


「ご心配なさらないでください。決して他言はいたしません。戦争中のいまは難しくとも、近いうちに皆が祝福するようになりますよ。微力ながら私も平和に向けて、殿下のサポートをさせていただきます」


 ふわりと柔らかく微笑むノエルに、強張った心がほぐされていくのを感じる。



 これは、許されない恋だと思っていた。

 心が通じ合えても実ることのない恋で……隠れて付き合うしかないのだと心のどこかで感じていた。


 だけど。いつの日か結ばれたいと、祝福されたいと願ってもいいの?


 ノエルの言葉に希望を感じて、顔を上げる。

 ふと見えた窓の向こうには、キラキラと無数の星が瞬いていて。

 星の河と火山とを繋ぐように、一つの星が弧を描きながら夜の空を駆けていった。




 その次の朝、廊下を通ると城内で働く者たちから様々な視線を向けられた。

 嬉しそうなものや、面白くなさそうなもの、警戒するようなものや、微笑ましいといったようなもの。


 私がここに残ったことを好意的に見る者もいれば、悪意をもって見る者もいる。


 敵対する国の王女だし、こんなふうになるのは仕方がないし、受け入れなければならないこと。

 これからは一層、自分の行動に気をつけないとと気を引き締めた。



 やがて軍議室の前にたどり着いて、ノエルと別れる。

 一つ目の扉を衛兵が開けてくれて、一人で消音のための小部屋に入った。

 この先は機密事項が話されることもある軍議室。

 イグニスの軍議室は廊下に声が漏れないように二重扉になっていて、二枚目の扉は自分で開けなければならない仕様になっているのだ。


 いつものようにドアノブに手をかけると、中から声が聞こえてきた。

 これは、大臣と、皇帝陛下の声?



「マーガレット王女との結婚話、なぜ彼の国の女王はこんな時に持ちかけてくるのか……」


 皇帝陛下の声にびくりと身体が震える。

 結婚って、何? どういうことなのかしら……


「婚約もこえて、結婚……ですからね。ですが、彼の国と繋がりが強まるのは、決してマイナスではございません。皇子殿下は見目麗しく、女性からの人気も高くていらっしゃる。マーガレット王女や女王が一刻も早く婚姻関係を結びたがるのも仕方のないことやもしれませぬ」


 今度は苦笑いをする大臣の声がした。

 もしかして、エイデンに結婚の話が来ているの……?

 

 胸が刺されたように痛み、苦しくなる。

 盗み聞きなんてしてはならないとわかっているのに、どうやったって扉の前から離れられない。


 陛下から『婚約はしない』という言葉が出てくるのを聞いて安心したくて仕方がなかった。



「エイデンは、なんと? あやつにとって、重大な話でもあろう?」

 その問いに身体が強張り、胸の前で両手を組んで、きゅっと握りしめる。


 告白をされ、キスをされたのが昨日の今日。

 どうにか断って欲しいと願って、すがるように扉を見つめていると、軍議室から困ったような大臣の声が聞こえてきた。 



「いまは、争いの種になるような真似はしたくない。この提案も無下にはできない……と。向こうもそれをわかっていて持ちかけているのだろう、とも」


 血の気が引いた。

 頭の中が真っ白になって、立つことだけで精一杯になってしまう。


 いつかこんな日が来るかもしれない、なんて考えていたけれど、それがこんなにも早くに来るなんて。

 神様はあまりにもひどすぎる。



「やはり、仕方があるまいな。だが、いまは有事。せめて、婚約は噴火がおさまってから。結婚の儀式は戦争に区切りがついてからにしてくれ、と書簡を送ろう」


「承知いたしました」

 二人のやりとりがまるで悪い夢のように思えて、苦しくて辛くて仕方がなかった。

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