銀食器と彼の夢
「スティーリ、ア……?」
どんな酷い名が来るかと思っていたのに、これは完全に予想外だわ。
出会った時は『命乞いでもしてみるか?』なんて嫌味を言ってきた人が、この変わりよう。
エイデンは一体、私をどうしたいの……?
「気に入ってくれたのだろうか」
どこか満足そうな笑みを浮かべたエイデンは、頬杖をつきながら私の顔を見つめてくる。
ぷい、と視線を外して、口の端を曲げた。
「いえ……犬やごみというような名になると思っていましたので、驚いただけです」
「そんな片田舎のゴロツキのような真似をするわけがないだろう。俺をなんだと思っている……ってあぁ、憎い戦相手でしかない、か」
無言のままこくりとうなずく。
私にとって彼は、それ以上でも以下でもない。
「あぁ、そうだ。先程スティーリアが気にしていた、処遇だが……」
エイデンはふと思い出したように言い、私はぎゅっとこぶしを握りしめる。
「アクアは同盟のために、テルム国へ青髪の美姫を差し出したと噂で聞いた。それが貴女だろう? そうするといま、スティーリアを国に返すわけにはいかない。恐らく人質、という扱いになる」
真剣な声色と表情にまた、厳しい現実を突きつけられる。
どうやら奴隷落ちだけは避けられそうだけれど、人質だって似たようなもの。
敵国という環境下で心を保ち続け、生きてまたアクアの土を踏めるのだろうか。
不安に押しつぶされそうになっていると、外から兵士がエイデンに声をかけてくる。
彼は、幌のカーテンを開けて、静かに食事を運んできた。
メニューは、野菜? 野草? が入ったスープと、何かのお肉と硬そうなパンで、お世辞にも美味しそうとは言えない。
けれど、遠征の最中ということを考えればきっと、まともな食事なのでしょう。
ここには、食料庫もシェフもないのだから。
兵士は「失礼いたします」と私たちの食事を一口ずつ口にしていき、「問題ありません」と帰っていった。
「スティーリア、食事にしよう」
そう言って、エイデンが手渡してきたのは銀でできたカトラリー。
馬車も食事も服も、何もかもが王城とは異なっていて質素なのに、銀のカトラリーだけは見慣れた輝きを放っていて、違和感が募る。
毒味役に、毒殺避けの銀の食器。
こんなところに来てまでもそれを徹底するなんて、よほど恨まれていて、暗殺を警戒しているのかしら。
よくよく考えれば将軍職なんて、長く勤め上げた歴戦の年配兵士が就くもの。
こんな年若いのにそんな地位についているなんて、この人は一体何をしたの……?
「皇都まで、あと数日はかかる。口には合わないだろうが、どうか食事は摂って欲しい。飲まず食わずの旅は、身体に堪える」
エイデンについてひたすら考えて無言のままでいると、彼は呆れたように深く息を吐いた。
「スティーリア、貴女には生きておいてもらわないと困るんだ。どうしても食べられないと言うのなら、俺が口移しで直接食べさせるしかなくなってくるぞ」
な! 口移しですって……!?
とんでもない単語に、眉を寄せる。
そんなロマンチックの欠片もない口づけなど、したくはない。
ましてやそれがファーストキスになるなど、たちの悪い夢としか思えない。
私がずっと待ち望んでいた初めてのキスは、優しくて、穏やかなマルクとのキス。
敵国の将軍なんかじゃないのだから。
……だけど、そうだわ。どのみちよく知りもしないテルム国の、第十王妃になる予定なのだった。
泣き出したくなるのを堪えて、ゆっくりとスープを口にした。
その日から、エイデンは私の幌馬車に訪問することが日課になっていた。
私はろくに相づちも打たないのに、彼はそんなことなどお構いなしで、とにかくたくさんの話をし続けた。
ビオラは元々兵士ではなく腕利きの医者だったとか、自分には病弱な兄が一人と弟妹が大勢いるだとか、天候の予測方法、イグニス皇国の観光地や名物料理、火山の恐ろしさなど、とにかくいろいろだ。
「……聞いているかもわからない相手に話をする意味はなんです?」
今日も話し続けるエイデンに、しびれを切らし聞いてみる。
楽しそうに話すエイデンに対し、ひたすら無視を貫くのも心苦しくて、聞かずにはいられなかったのだ。
「意味なら、いまできた」
そう言って楽しそうに笑うエイデンに、首を傾げる。
「やっと俺を見て、話をしようとしてくれただろう?」
「どういうことです?」
「俺は、スティーリアのことが知りたい。誇り高い貴女の祖国、アクアのことも。……夢があるんだ。いまはまだ到底叶えられそうにない、途方もない夢が」




