星空の庭
部屋を移動した私たちは、夕食を終えて立ち上がる。
「そろそろ行こうか」
エイデンは腕を差し出してきて、私はそっと手を添えた。
だけど、舞踏会や社交の場でもないのにエスコートを受ける必要はなかったのかも、と顔を上げると、優しく微笑まれていてドギマギしてしまう。
エイデンは将軍として剣も振るう人だからか見た目よりも筋肉質のようで、それに比べたら私なんて非力もいいところ。
力と恐怖で屈服させれば簡単だったでしょうに、彼は対話にこだわり続けて、力で解決しようとしなかった。
それはきっと、なかなかできることじゃない。
庭に出て星明かりに照らされる横顔は、どこまでもまっすぐで美しくて。宵闇に浮かぶ灯りのような瞳に魅せられてしまう。
見ていたのがバレたのか視線が重なり、また飽きもせずに私の心臓は暴れた。
「スティーリア、花は好きか?」
穏やかな問いかけに、こくりとうなずく。
「それならよかった。すぐ向こうにフラワーガーデンがあるから行こう」
「はい」と、か細く返事をする。
月の見えない夜で良かった。
この距離も、手のひらから伝わる熱も、微かに香るシトラスも、普段とは少し違う穏やかで優しい声も、私の心を落ち着かなくさせて。
普段通りの私でなんかいられないから。
◇
「わぁ、素敵……」
予想以上に大規模だったフラワーガーデンに、感嘆のため息が漏れ出る。
薔薇のアーチに、池を覆うように浮かぶダリアに似た花々。
巨大なブーケや絨毯のごとく、色とりどりの花があちこちで咲き乱れている。
星明かりと城の灯りだけだから薄暗さはあるけれど、満天の星空と花々の組み合わせは本当に美しかった。
「気に入ったか?」
「はい、とても。静かで穏やかで、美しくて。心が落ち着きます」
「それは良かった。ベンチがあるから少し休んでいこう」
隣に並んで腰掛けると風がそよぐ音だけがして、花の香りのする静かな空気に包まれる。
まるで世界に二人だけしかいなくなってしまったかのような錯覚にさえ陥ってしまう。
「あの日、俺は貴女に会えて良かった」
ぽつりと呟くようにエイデンが言う。
隣を見ると、彼はまた微笑むように口を開いた。
「恐らく、一人ではここまでこれなかったと思う。頑なだった皇帝陛下の態度が、軟化するなんて思えなかったしな」
「私は何もしておりません。きっと、エイデン皇子殿下の想いが通じたのですよ」
穏やかに微笑み返すと、エイデンは「ありがとう」と小さくお礼の言葉を伝えてきて、辺りはまたしんと静かになる。
無言のままでも、それが心地いいのが不思議で。
落ちてきそうなほどの星空をエイデンの隣で静かに眺め続けた。
『この時間が、ずっと続けばいい』
そんなことを考えていると、ふと右手の甲に温もりを感じ、どくんと鼓動が跳ねる。
手元を見ると、エイデンの骨ばった手が私の手を包み込むように握っていた。
嫁入り前の逢瀬と同じ。
手を握ってきたマルクが何かを言い淀み、私から静かに離れていったことを思い出して、ずきんと胸の奥が痛む。
けれど、過去にとらわれて怯える私に構うことなく、エイデンは満天の星空を見つめながら口を開いた。
「スティーリアは、平和が訪れたらどうする?」
「え……?」
突然の問いかけに、答えが出てこない。
真っ白になった頭で考えていると、エイデンは困ったように笑った。
「初めは人質だったが、いまは共に平和を目指す仲間となった。だが、戦いが終わってしまえば、ここにいる理由はないだろう?」
「帰りたいか?」と問いかけてくるエイデンに、私はこくりとうなずく。
「帰り、たいです。アクアは大切な祖国ですから」
でも、イグニスから離れたくもないのです。
その言葉は、口に出せないまま飲み込んだ。
こんなどうしようもない我儘を言ったところで、エイデンを困らせるだけだもの。
「帰りたい、か。当然だよな……」
どこか寂しげにエイデンは笑い、重ねていた手を離していく。
『このままイグニスにいたい』
祖国に帰りたい想いを押し殺し、そう言うことができたなら、結果は違っていたのかしら……
あぁきっと、エイデンもあの日のマルクと同じように去ってしまう。
うつむいて視線を落とし、ぐっと悲しみに耐える。
私はまた、一人ぼっちだ。
「スティーリア」
落ち込んでいるのバレたのか、エイデンが私を優しく呼んでくる。
『なんともないわ』なんて言葉を事前に用意して彼の方を向いた途端、エイデンは上半身をひねって身体を寄せてきて……
考えている間もなく、私たちの距離は縮まる。
未だかつてない距離に不安から目をつむると、すぐに唇に柔らかくて温かいものが触れてきた。
これは、もしかして……
考えれば考えるほど、鼓動の音が耳に響いて血は熱くめぐり、心臓が壊れそうなほどに早鐘を打つ。
羞恥と困惑と喜びとに、どうしたらいいのかわからなくなって、ぎゅっとドレスを強く握りしめる。
やがて、名残り惜しそうに唇が小さく音をたてて離れていった。




