決意
ノエルは「アクアとイグニス、どちらも私にとっては祖国ですから」と話し、悲しげに視線を落として口を開いた。
「ですが、国境付近の村が戦争に巻き込まれた、と噂で聞きました。十年ほど前から国境警備も厳しくなって祖母の安否さえわかりませんし、母もアクアの出だからとイグニス人から差別されて理不尽な扱いを受けることもあるようで……この戦争、どうなってしまうのでしょうね……」
ノエルはきゅっと自分自身を抱きしめるように身をすくめる。
ああ、戦争はこんなところにも影を落としているのね。
無関係な民を巻き込む軍たちの必死さも、憎しみや鬱憤晴らしで敵国出身の民を差別する行為も、わからなくはないけれど。
それでも、やっていいことと、いけないことがあるでしょう?
ふと、エイデンに出会った時のことを思い出す。
私がアクアの王女とわかった、あの時の彼と兵士たちの目は苛立ちや憎しみで満ちていた。
だけど、彼らだってよく知ってみれば、普通に冗談を言って笑い合って、相手を思いやることのできる人たちで。
野蛮でもなければ、冷徹でもない。アクアの民と一つも変わらない普通の人間だった。
こんな、悲しみと怒り、憎しみ、誤解と曲解しか生まない戦争を続けていてはいけない。
肌触りの良いネグリジェを力いっぱい握りしめる。
『お父様に意見するのが怖い』とか『どうせ聞く耳を持ってくれない』『私にできることは何もない』なんて、そんな情けないことをウジウジ言っている場合じゃない。
民が苦しんでいるのを知りながら、それを黙認するなんて絶対にしたくないし、してはいけないわ。
未だ借りっぱなしな炎の獅子のプレートと、首に下げた水龍紋のペンダントを共に握りしめて、心に誓う。
絶対に、二国の平和を取り戻してみせる、と。
どんなに困難な道だとしても、諦めたりはしない。
私は、誇り高きアクア王国の王女なのだから。
「ノエル。私、この戦争を終わらせるわ」
言葉に出してみると、それがとんでもない目標に思えてずっしりと心に重みを感じる。
ああ、エイデンはこの言葉を、どんな気持ちで放ったのかしら。
同じように重くて、途方もないような気持ちだった?
ノエルは私の言葉にきょとんとした様子で、瞬きを繰り返していて。
それもそうかもしれない。
中途半端な地位の第三王女にできることなんてたかが知れているから。
それでも私は、混乱している彼女ににこりと微笑みかけた。
「私をイグニスに連れてきた“カムビ”川は遠い国の言葉で“変化”を意味するの。これは、改変せよという水の神の思し召しかもしれないわ」
そんなふうに思えば、何だってできそうな気がする。
同じ夢を抱いたエイデンに出会えたのだって、きっと偶然なんかじゃない。
戦争を止めさせるためなんだと、そう思いたい。
私の言葉に、泣き虫なノエルはまた目を潤ませて嬉しそうに微笑んでくれた。
◇
それから、侍女たちは着替えのために様々な色や形のドレスを持ってきてくれた。
ただ、そこにはアクアの色である青とイグニスの色である赤と金の色だけは見当たらない。
きっと青を着れば角が立つし、赤と金を着ればイグニスに降ったのだと自ら言うようなものだからでしょう。
「何色にされますか?」というノエルの問いかけに、きっぱりと答える。
「紫にするわ」
想像通り侍女たちは紫ではなくピンクやイエローをすすめてきたけれど、私は首を縦には振らなかった。
紫は妖艶な女性が着るイメージが強いから、私に合わなさそうで勧めにくいという思いはわかる。
それでも、私は紫が良かった。
紫は、赤と青が綺麗に混じり合った色だから。
結局侍女たちが折れてくれて、私でも似合いそうな淡いラベンダー色のドレスを探し出してくれた。
「スティーリア王女殿下、本当に素敵です」
「お化粧をされると、ますますお美しい……」
「ラベンダー色のドレスもよくお似合いです!」
侍女たちがドレス姿を口々に褒めてくれるけれど、王女相手にそう言うしかないことはわかっているし、自惚れて照れてしまうのもなんだかみっともない。
「ありがとう」と微笑むだけにとどめていると、ノエルがキラキラした目でこちらを見つめてきて口を開いた。
「本当に女神のようにお美しいので、エイデン皇子殿下もきっとお喜びになりますよ」
……だから、どうしてそこであの人の名前が出てくるんだってば!!
むっと口を結んで小さくため息をつくけれど、その一方でエイデンがどんな顔をするのかが気になって仕方ない自分もいて。
十年以上も恋し続けている男性がいるのに、こんな気持ちになってしまう理由が自分でもよくわからなかった。




