表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/180

第七十四話『凪咲と祐希』

 夜会が終わり、わたしはカザリに誘われてアザレア学園の庭園を訪れた。

 

「これは……」


 そこには大きな石像が置かれていた。どこかアルヴィレオに似ている気がする。


「この人がネルギウス王……? それとも学園長……?」

「どちらでもありませんわ」


 カザリは恭しく石像を見上げた。


「この御方は初代アガリア王にして、初代勇者であらせられる偉大なる方。オルネウス・アガリア様です」


 石像の前に設置された看板には彼の名前と偉業の数々が記されていた。

 初代魔王の暴虐に対して、民を率いて戦った偉大なる王。

 救世主にして、建国の父。


「凄い人なんだね……」

「……その程度では片付けられません。この御方がいなければ、世界は既に滅びていたのです」


 まさに歴史上の偉人だ。


「この御方の最後を知っていますか?」

「え?」

「……魔獣に襲われている親子を救う為に尊き命を散らされたのです」


 わたしはオルネウスの石像を見上げた。

 彼は何処かを見上げているようだ。その視線を追いかけてみると、空に竜がいた。


「……へ?」

「どうかなさいましたか?」

「いや、あれって……」


 カザリも空を見上げたけれど、キョトンとしている。

 そこには何も異常などないかのように。

 もしかしたら、学園の上空にドラゴンがいる事は当たり前の事なのかもしれない。

 

「……でも、綺麗だね。黄金の竜なんて……」

「黄金の竜……? エルフラン。あなたには何が見えているのですか!?」

「え? だから、アレだよ……って、あれは!?」


 いきなり高い塔の窓が割れた。そこから赤い影が飛び出してくる。

 一目で分かった。アレは迷いの森で見た変身したフレデリカだ。


「襲われてる!?」


 わたしは居ても立ってもいられなかった。


「エルフラン!?」


 屋内に戻って近くの階段を駆け上がっていく。とにかく上に登っていかないといけない。

 三階まで駆け上がると階段が途切れてしまった。走り回って探したけれど、次の階段が見つからない。

 焦っていると、近くの窓に影が走った。外を見ると夜会の席でフレデリカと少し揉めていた子が空中を縦横無尽に駆け回っていた。


「な、な、な、なぁぁぁ!?」


 到底人間の動きとは思えない。それに奇妙だ。

 上空のドラゴンと言い、窓が割れた事と言い、明らかに異常事態が起きている。

 それなのに誰も騒ぐ様子がない。


「何が起きてるの……?」


 困惑していると空中を駆け回っていた子が急に上空目掛けて駆け上がり始めた。

 その先から真紅の光が降り注ぐ。光は彼女を閉じ込めた。

 わたしは上空を見上げた。見える筈のない距離なのにハッキリと見えた。そこに彼女がいた。


「フレデリカちゃん」


 彼女は黄金の竜と対峙している。

 状況はよく分からないけれど、彼女が竜に挑もうとしている事だけは分かった。だけど、あんな怪物に挑むなんて危険過ぎる。

 

「助けなきゃ……、助けなきゃ!!」


 あの子は優しい子なんだ。喧嘩なんて一度もした事なくて、意地悪な人に傷つけられても一人で抱え込んで、みんなに平気だと笑いかけてしまう子だ。

 だから、守ってあげなきゃいけないんだ。わたし達で助けてあげなきゃいけないんだ。

 

「『タイプ:ウェスカー』」


 わたしは何かに導かれるように窓の外へ飛び出した。

 落ちたら死んでしまう。けれど、些かの恐怖もない。まるで何十、何百と繰り返して来た事のように落ちながら近くの塔に手を向ける。

 すると光が掌の先から塔へと伸びていった。引っ張ると一気に光が縮み、わたしを塔へ運んだ。同じ要領で別の塔へ移動し、更に別の塔へ。

 赤い光の檻を尻目に一番高い塔の天辺に辿り着いた。


「おっとー?」

「え?」


 そこには先客がいた。夜会で真っ先にフレデリカに話しかけていた子だ。

 たしか、シャシャと名乗っていた。

 

「やほっ! もしかして、君もアレが気になったクチ?」


 彼女は上空のドラゴンを指差した。


「いやー、まさか魔王とはビックリだよ」

「魔王? あのドラゴン、魔王なの!?」

「え? ち、違うよ! ドラゴンはメサイア! 竜王メルカトナザレの子だよ! そうじゃなくて、あの赤い子!」


 そう言えば、フレデリカは魔王の力を宿していたのだった。


「しかも、勇者をアッサリ封印するとか……」

「勇者?」

「最近になって代替わりしたらしくて、それが誰なのか教えてもらえなかったんだけど、魔王と戦ってたわけだし間違いないと思う」


 その時だった。赤い光の檻が崩れ去った。そして、勇者らしい少女が空に向かって駆け上がっていく。


「……メサイア、動かないつもり?」

「え?」


 訝しむような声と共にシャシャは巨大な弓を構えていた。

 何処から出したのかを気にしている暇がない。彼女はメサイアの事を親しみの篭った声で語っていた。そして、彼女はフレデリカを魔王だと思っている。

 親しき竜と魔王と勇者。彼女が狙いを定めているのが誰か直ぐに分かった。


「ま、待って!」

「『守護者の権能』」


 彼女が空手のまま弦を引き絞ると光が溢れ出した。

 間に合わない。それが分かった瞬間、わたしの脳裏にフレデリカが矢で射抜かれる光景が過った。

 そのイメージがわたしの感情を荒れ狂わせた。

 そんな事はさせない。そんな事は許さない。


「『タイプ:ジュリア』!!」

「え?」


 弦を離し、光を無数の矢に変えて飛ばしたシャシャはわたしを見て目を丸くした。

 その姿を尻目にわたしも矢を放つ。わたしの矢はシャシャの矢を追いかけた。彼女の矢を撃ち落とす為に追い縋る。けれど、一秒遅れて放たれた矢が先に放たれた矢に追いつく事など不可能に近い。

 それでも撃ち落とす。放った後の矢をどうこうする事なんて出来る筈がなくてもどうにかする。

 加速しろと念じる。音を置き去れ、稲妻を超えろ。光よりも早く、突き進めと心で叫ぶ。

 時間にして一秒にも満たぬ刹那の瞬間を永遠に偽装して、放った矢をシャシャの矢にぶつけていく。千を超える矢同士が激突し、その威力故に衝撃波が乱れ飛ぶ。


「ウソ……」


 シャシャは呆然と呟いた。


「……えっ、君が勇者なの?」

「違う」


 わたしは勇者じゃない。それだけは確実に言える。アンゼロッテから聞いた勇者は誰も彼もが哀しい程に優しい人達だった。

 優しくしてくれた人を疑うわたしに勇者の資格なんてある筈がない。


「それより、彼女にそれを向けないで!」


 わたしは光の矢をシャシャに向けた。


「……魔王なんだよ?」

「関係ない。あの子に手を出さないで!」


 シャシャは困惑している。


「あの魔王の事を知ってるの?」

「……知ってる。魔王だとしても、あの子は悪い子なんかじゃない!! 絶対に!!」

「君は……」


 シャシャは自分の弓を見つめた。よく見ると、その弓とわたしが持っている光の弓は形が似ている気がする。それに不思議な波動を放っていた。


「イスラ・ウズラが共鳴してる……。君、名前はなんて言うの?」

「……エルフラン・ウィオルネ」

「わたしはシャシャだよ。シャシャ・シーライル・ウルクティン」


 シャシャが持つ弓が光を放ち始めた。そして、見る間に小さくなっていく。掌サイズにまで縮んでしまった弓を彼女は髪留めのように髪に付けた。


「大人達も対処に動き出したみたいだし、わたしは部屋に戻るね!」

「え? あ、うん」

「待たね、エル。わたし、君にすっごく興味が湧いちゃったよ」

「ほえ!?」


 シャシャはピョンピョンと飛び跳ねながら地上に向かっていく。

 その姿を見送った後、わたしはハッとなって上空を見上げた。すると、フレデリカが降りて来た。


 ◆


 オレとキャロラインは揃ってメサイアのデカい図体に衝突した。

 その前でオズワルドは面白がるように笑いながら結界を解除した。


「ふむふむ、さすがですねぇ……」


 彼の目前で矢と矢がぶつかり合っている。その衝撃は凄まじく、周囲の大気をかき乱している。

 

「さて、ミス・スティルマグナス。この場は刃を鞘に納めては頂けませんか?」


 オズワルドはキャロラインに声を掛けた。説得してくれるようだし、彼女は彼に任せよう。

 オレは地上から此方を見つめているエルフランの姿を見た。

 

「……オレを助けてくれたのか?」


 オズワルドの結界にぶつかる前に矢同士がぶつかり合って相殺された。

 それは一方の矢がもう一方の矢を撃ち落とす為に放たれた事を意味している。

 

「凪咲……」


 一キロ近くも離れているのに、魔王の眼は彼女の表情を明瞭に映し出した。

 あの表情をよく知っている。小さい頃、頭でっかちで運動神経が悪かったオレはよく虐められていた。その度に凪咲と龍平はカンカンになって怒りながら助けに来てくれた。

 苛めっ子達を蹴散らした後、凪咲はよくあんな顔をしていた。

 もう間違いない。彼女はオレの幼馴染の甘崎凪咲だ。

 女になってしまって、おまけに婚約者まで出来てしまったから、彼女と接触する事に色々と抵抗を抱いていた。けれど、それ以上に彼女と話したかった。

 後先の事なんて考えていられない。凪咲にどう思われるかを考える余裕もない。

 オレは一直線に彼女の下へ向かって行った。


「……凪咲」


 そう呼び掛けると、彼女はとても驚いたように目を見開いた。


「それがわたしの名前なの……?」

「ああ、そうだよ。覚えてないか? オレの事……」


 彼女は更に大きく目を見開いた。そして、ポロポロと涙を零し始めた。


「……覚えてる。覚えてると思うの! でも……、思い出せないの……」


 凪咲が泣いている。そんなのイヤだ。凪咲は笑顔が凄く可愛い女の子なんだ。

 何時だって、その笑顔でみんなが明るくなれた。ただ一緒にいるだけで楽しい気分になれた。


祐希(ゆうき)だよ」

「え?」

羽川(はねかわ) 祐希(ゆうき)だ」

「祐希……。祐希……。祐希……。祐希……」


 彼女は何度も生前のオレの名前を呟いた。


「……知ってる。知ってる筈なのに……、なんで……? なんで、思い出せないの……?」


 涙を流す彼女をオレは抱きしめた。


「すぐに思い出せなくてもいいよ、凪咲」


 オレは言った。


「これから同じ学校に通うんだ。前みたいに一緒に……。ゆっくり思い出してくれよ。それで……、また一緒に遊ぼうよ」

「……うん。うん!! 遊ぶ!! わたし、一緒に遊ぶ!!」


 オレは涙を零した。ここに凪咲がいる。永遠に会えなくなったと思った大事な幼馴染がいる。

 その事を実感して、オレは我慢が出来なかった。彼女と一緒に塔の上で泣き続けた。

 途中でライとアイリーンが駆け付けてくれたけれど、オレ達はそれでもずっと抱き合ったまま泣き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ