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第六十八話『アルヴィレオの王道』

 ボクは皇太子として生まれ、皇太子として生きて来た。

 生き方を決められている事に不満を抱いた事はない。けれど、重責を感じないわけではなかった。

 見知らぬ者に傅かれた時、いつも思う事がある。

 

 ―――― ボクはこの人の忠誠に報いる事は出来るのだろうか?


 忠誠とは尽くす事だ。そして、尽くすという事は己のなにかを(なげう)つ事だ。それは時間であり、労力であり、自由である。

 忠誠を受けるという事は彼らからそう言ったものを奪うという事だ。ならば、奪ったものに見合うものを彼らに返さなければならない。

 彼らが幸福に生きられる未来を作らなければならない。だが、彼らが望む未来をボクは明確に思い浮かべる事が出来なかった。

 ボクはボクでしかいられない。他人の心を知る事など出来る筈もない。それでも知ろうと思うならば彼らを知らなければいけない。それなのにボクの世界はあまりにも狭かった。

 王宮から出た事もなく、皇太子であるボクに真実を教えてくれる者など限られている。

 理想の未来を築かなければいけない。それなのにボクは人々が想う理想を知らない。知らないものなど作れる筈がない。だから、ずっと焦りを感じていた。己の不甲斐なさに怒りを覚えていた。


 ―――― ボクはどんな王になればいいんだろう……。


 その時のボクはまるで大海原に投げ出されていたかのようだった。選ぶべき道はおろか、立つべき土台すら無かったのだ。ただ沈まぬように必死だった。

 彼女と出会ったのはそんな時だった。

 フレデリカ・ヴァレンタイン。切っ掛けはともかく、彼女はボクにありのままの素顔を見せてくれた。

 バレットとは物心が付く前から共にいたから、ボクにとっては彼女こそ初めて真実を教えてくれる他人だった。

 彼女を知りたいと思った。彼女の笑顔を見たいと思った。彼女の未来を明るいものにしたいと心から思った。

 そして、彼女はボクに言ってくれた。


 ―――― 『……アルはもう王様なんだね』


 彼女は自分でも理解し切れていなかった苦悩の正体を見抜いてくれた。

 

 ―――― 『オレ、アルが王様で良かったよ』


 その言葉を聞いた時、ボクは呼吸を忘れた。

 彼女は海で溺れているボクを見つけてくれたのだ。


 ―――― 『孤独にはならないで欲しいんだ。何があっても、一人にならないでよ。そうすれば、君は絶対に良い王様になれると思うから』


 溺れるボクの手を掴んで、ボクが歩むべき道を示してくれた。


「……フリッカ、行ってくるよ」


 ボクは幸せだ。

 国というものは決して軽くない。気を抜けば足が震えそうになる。だけど、彼女の顔を見ると力が湧いてくる。

 不安は消えないけれど、それよりも大きな勇気が湧いてくる。彼女と共にならどこまでも歩いていける。そう思える。

 

 ―――― 彼女と共に歩む道。それこそがボクの……。


 ◆


 レクリエーションタイムが終わり、アルがスピーチの為に大広間の壇上へあがって行く。

 アガリア王国の皇太子として、実に堂々としている。


「今宵は集まってくれた事に感謝している」


 少し高圧的に感じるけれど、彼は皇太子だ。異国からの留学生を除き、その瞳に映る者を大人も子供も等しく臣下として従えていく事になる。

 無垢な憧憬を向ける者がいる。この国の未来を託すに値する者か見定めようとする者がいる。笑顔の裏で反感を抱く者がいる。その立場を利用しようと企む者がいる。

 中には一筋縄ではいかない者もいるだろう。いずれ、その立場を奪おうと考えている者さえ居るかもしれない。

 けれど、彼らはネルギウス王が見定めた選ばれし者達だ。彼らの忠誠を勝ち取る事が父王から皇太子へ与えられた試練なのだ。

 

「改めて名乗らせて頂こう。わたしの名はアルヴィレオ・ユースタス・ジル・オルティアス・ベルトルーガ・アガリア。アガリア王国の皇太子である!」


 子供とはいえ、彼らは貴族。物心付いた時から高度な教育を受け、親が抱く思想を語り聞かせられて来た。

 故にこそ面従腹背の者も居るだろう。それでも、誰もが彼に傅いた。

 本物の、あるいは偽りの忠誠を捧げる者達に彼は語りかける。


「我らは同じ学び舎で成長を共にする。友となる者もいるだろう。あるいは敵となる者もいるだろう」


 その言葉に反応する者は無垢な憧憬を向けていた令息や令嬢ばかり。

 

「わたしは等しく歓迎しよう」


 その眼光には一欠片の曇りもなく。その言葉に淀みはない。

 

「臣民の幸福を望む者ならば、わたしと共に歩む事を許そう。王国の繁栄を望む者ならば、わたしに敵意を向ける事を許そう」


 息を吸う事を忘れた。全身の鳥肌が立った。まるで見えない力に押さえ付けられているかのように体が重く感じた。

 それはスキルではない。けれど、それは紛れもなく覇気と呼ばれるものだった。


「だが、王国に仇なす者をわたしは許さない」


 普段の彼からは想像も出来ない苛烈な言葉だ。けれど、それは当たり前だ。

 今の彼はアルヴィレオという少年ではない。

 アガリア王国の皇太子であるアルヴィレオ・ユースタス・ジル・オルティアス・ベルトルーガ・アガリアなのだ。


「それが……」


 誰に対しても優しくしていればいいわけではない。

 誰に対しても厳しくしていればいいわけではない。

 人である事を忘れてはならない。

 人である事に囚われてはならない。

 彼の決断で数え切れない人の運命が変わる。

 彼の迷いで数え切れない人の命が失われる。

 

「わたしが望み、わたしが誓う王道である」


 一人の人間が背負うにはあまりにも大き過ぎる。

 だからこそ、オレがいる。バレットがいる。ジョーカーがいる。ヴォルフがいる。

 けれど、足りない。オレ達だけでは全く足りない。だから、増やすのだ。

 敵となっても良い。けれど、最後には友になってもらう。アルを支える無数の手の一つとなり、王国の礎となってもらう。

 その為にオレは育てられて来た。誰よりも美しく、誰よりも魅力的にならなければならなかった。

 シェリーとアナスタシアにその為の基礎を教えてもらった。王妃様に鍛え上げてもらった。

 アルを始め、多くの人がオレ自身を認めてくれた。オレはオレらしく生きていいと認めてくれた。

 だけど、甘えてはいけない。嘗ては男だったけれど、今のオレは女だ。その事を忘れてはいけない。磨き上げて来た女性としての魅力を出し惜しむ事は許されない。

 王国の為に生きるのだ。アルヴィレオの為に生きるのだ。


「……アル」


 オレは幸せだ。

 自分以外の為に生きなければならない。それは悲壮な決意になる筈のもの。だけど、オレの中に抵抗感はつゆ程もなかった。

 この国の為ならば、この人の為ならば、己の何もかもを捧げても構わない。そう思える。

 

 ―――― 彼を支え、共に歩む事。それがオレの生きる道だ。


 戻って来たアルに笑いかけると、彼も微笑んだ。どこかホッとした様子だ。壇上での演説はやはり緊張したのかもしれない。

 

「お疲れ様」

「ありがとう」


 服の袖が触れ合う距離で並びながら学園長の演説に耳を傾ける。

 それが終わるとネルギウス王が現れて、彼の演説が始まった。

 どちらもこれからの学園生活に対する激励が主だった。異国からの留学生には国際協力の重要性も説き、最後にオレとアルへ視線を向けた。


「アガリア王国の未来は我が息子であるアルヴィレオとその妻となるフレデリカが築いていく事になる。だが、二人だけで築けるものなど高が知れている」


 そして、彼の瞳は他の子供達へ向けられた。


「君達の力が必要だ。剣の腕でも、魔法の技術でも、料理の腕でも、知識の量でも良い。己の得意とする分野を磨くのだ。そして、王国の未来を築く為に尽くして欲しい。期待しているぞ」


 王の言葉は特別だ。心が震え、その期待に応えたいと思わされる。失望される事が何よりも恐ろしい。

 これが王の威光(カリスマ)というものなのだろう。

 夜会が終わった後、大広間を後にする生徒達の顔には熱に浮かされたような表情が浮かんでいた。

 

 ◆


 あの後、アルは陛下に呼ばれ、オレは先に休むように言われた。

 学園には既にオレの私室が用意されていて、室内には浴室も完備されている。オレの体はアイリーンの手によって徹底的に磨き上げられた。


「……つ、ついにこの時が」


 夜会の前、アルに寝床を共にしようと誘われた。

 オレはアルの婚約者だ。求められたからには応えなければならない。

 ベッドの周りを意味もなく彷徨いたり、椅子に座ったり、ベッドの上で正座したりしてみるけれどソワソワして落ち着けない。

 

「だ、大丈夫さ! アルなら優しくしてくれる筈だ! で、でも、ちょっとは痛くしてくれてもいいかも……? 特殊なのも……、いやいや」


 オレは男だった。そして、ノンケである。男同士の恋愛を否定する気はないけれど、自分でする気もない。だからと言って、立場に伴う責任から逃げ出すのは男らしくない。

 そうなのだ。決して、アルに抱かれる事を期待しているわけではないのだ。あくまでも男としてのプライドを守る為なのだ。

 コンコンというノックの音が響いた。飛び上がりそうになりながら扉に近づいていく。

 いよいよだ。


「ど、ど、どうぞー」


 声が裏返りそうになった。

 扉がゆっくりと開かれる。そして、そこにいたのはアルではなかった。


「え?」


 そこにはカルバドル帝国からの留学生であるキャロライン・スティルマグナスがいた。


「いざ、尋常に勝負」

「……へ?」


 窓が割れた。そして、そこからメタリックカラーの鳥が飛んで来た。

 おかしい。明らかにおかしい。ここはオレの部屋であり、オレの部屋があるフロアは王族だけが立ち入る事を許される特別なエリアだ。

 そこに部外者である彼女がいる事が既に異常事態だ。普通なら止められている。異国からの留学生という立場故に止め切れなかったとしても、アイリーンから念話が届く筈だ。


「……あなた、アイリーンをどうしたの?」

「知りたければ、聞き出すがいい」


 鳥は細長いなにかを彼女に投げ渡し、更にその姿形を変えていく。

 投げ渡しのは刀であり、変形した姿もまた刀だった。

 彼女は二振りの刀をオレに向けた。


「問答無用。いざ、勝負!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] >ノンケである。 なるほど、なら何も問題ないな! 男らしく抱かれるといい……あれ?
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