第三十九話『初めてのお出掛け』
廃墟の修繕を始めてから半年近く経った。アンゼロッテに教えてもらった魔法と資材で大分形になって来ている。
外観は問題ないと思うし、窓や扉も取り付けてある。床は板張りだ。
「……わたし、大工で生きていくのもアリかな?」
「大工は結構キツいぞ。資格も幾つか必要だしな」
「あっ、アンゼロッテ!」
アンゼロッテがやって来た。
「けど、大分様になったじゃないか」
「えへへー」
我ながら頑張ったと思う。主に資材集めを。
実際の修繕は呪文を唱えて終わりだ。
「折角だし、家具とかも揃えたいの! 新しい呪文を教えてよ!」
家自体は直せたけれど、家具は直せなかった。
「ああ、家具なぁ……。家は地面と密着してるから土地の記憶を使えるんだが、家具は記憶されないからな……」
わたしが習った魔法は復元魔法というもの。今回は土地の記憶を使ったけれど、人の記憶や物体の記憶でもいい。いずれかの記録から本来あるべき形を読み取り、その通りに資材を消費して復元する魔法だ。
家自体は土地が記憶していてくれたから復元出来た。だけど、中の家具までは覚えていてくれなかった。
復元した家は形こそ昔の姿を取り戻しているけれど、その記憶は真っ白だ。壊れた物自体の記憶も壊れた状態が長引くとその状態をあるべき姿と認識して記憶してしまう為に復元不可能となってしまう。
おかげで外観は出来上がったのに中身が寂しい状態だ。
「一から作るとなると難しいぞ。とりあえず、私の家の家具を複製して運び込むか……、いや、それよりも……」
「やってみる!」
早速アンゼロッテの家に帰ろうとするとアンゼロッテがわたしを抱き上げた。
「およよ?」
「待った。折角だし、街に行ってみないか?」
「街に!?」
ずっと森の中で過ごして来たから、それは凄く魅力的な提案に思えた。
「いいの!?」
「ついでに服や雑貨も買い足そう。お前も私のお古ばかりでウンザリしてるだろ?」
「うん!」
「元気よく頷くんじゃない!!」
正直、アンゼロッテの服はどれも古臭い。おばあちゃんが着るような服ばかりだ。
「……正直者め」
アンゼロッテは深く息を吐いた。
「とりあえず、街へ行く仕度だ。換金出来る物を取りに行くから待っていろ」
「換金?」
「今の通貨は持ってないんだよ」
森での自給自足生活とはいえ、まさかの無一文。
「ア、アンゼロッテ……。あんまり、無理はしなくていいよ?」
「……お前、私の事を貧乏人とか思ってないか?」
「違うの!?」
「違うわ!! いいから待ってろよ!」
プンプン怒りながら家の方に向かっていく。
その背中を見送りながら相好を崩した。
「……えへへ」
街へ行ける。服を買ってもらえる。それ以上にアンゼロッテとお出掛け出来る事がうれしい。
◆
戻って来たアンゼロッテと共に森を進んでいく。向かう先はマグノリア共和国だ。
「獣王の支配領域はここまでだ。あまり、私から離れるなよ?」
「う、うん」
獣王の支配領域にはヴァイクを恐れて動物が入って来ない。
だけど、この先は違う。魔獣と呼ばれる凶暴な生き物達の生息域だ。
「よし、行くぞ」
「うん」
「ウキ」
支配領域の外に出た。そして、わたしとアンゼロッテは左を見た。
「ウキ?」
そこには獣王ヴァイクがいた。
「ヴァイク! お前、ついて来る気か!?」
「ウキ!」
ニッコリ笑っている。可愛いけれど、少し困った。
獣王を恐れているのは魔獣だけじゃない。前にバナナを取りに行った時、世界中が大混乱に陥ったそうだ。
連れて行ってあげたいけれど……。
「お前、私の言ってる事が理解出来てるんだろ? お前が外に出ると困るんだよ!」
「ウキィ? ウキ! ウッキー!」
ヴァイクは怒った。すると、森が揺れた。
あちこちから悲鳴のような獣の鳴き声が響き渡り、地響きが遠ざかっていく。
わたしにとっては怒った顔もプリティーだけど、魔獣達にとっては違うみたい。
「……お前なぁ」
アンゼロッテは眉間に皺を寄せながら右手を上げた。
すると、彼女の手の先から光が溢れ出した。
「何をしたの?」
「森に結界を張った。魔獣共が外に出たら死人が出るからな」
「死!?」
わたしは目を丸くした。
「魔獣もピンキリだが、この森の魔獣達は上位種ばかりだ。一流の戦士や魔法使いでも死を覚悟して挑まなければいけない程の強獣達なんだ。一般人は抵抗すら出来ない」
「……ねぇ、アンゼロッテ」
「ん?」
「魔獣達はどうして迷いの森に住んでいるの? そんなに強いならヴァイクがいない場所で暮せばいいと思うんだけど……」
ヴァイクがちょっと怒っただけで逃げ出すなら、そもそも森に住まなければいいと思う。
「理由はある。この森は二代目魔王ロズガルドが魔王化した地でもあるんだ。その時、この地は更地となった。そして、魔王の膨大な魔力が大地に浸透し、結果として魔性の植物が森を形成した」
二代目魔王ロズガルド。とても恐ろしい存在だったと聞いている。
「奴らはこの森で生まれたのさ。生まれ故郷は簡単に捨てられないものだろう? それに、この森の植物や鉱石は膨大な魔力を含有している。魔獣は魔力を含有している物を好んで食べるんだ。人間や獣も魔力を含有している為に捕食対象となるが、この森の魔獣達はわざわざ人を喰いに人里へ行ったりしない。なにしろ、森の中には人や獣などとは比較にならない御馳走が溢れているからな」
「なるほど……」
「納得いかないか?」
「え?」
アンゼロッテはわたしを見つめていた。
「お前、怒ってるだろ」
「……うん」
たしかに、わたしは怒っている。
「だって、ヴァイクはこんなに可愛いのに、森からちょっと出ただけで世界中が大混乱になった。まるで、凄く悪い事をしたみたいに! さっきだって、ヴァイクはアンゼロッテに文句を言っただけなのに……。別に魔獣達に怒りなんて向けてないのに必死になって逃げ出して! すごく感じ悪い!」
「……あんまり責めてやるな。力というものは厄介なものだ。力を持たない者にとって、矛先を向けられずとも力は脅威となる。人間同士でさえ歩み寄る事が難しいものだ。魔獣なら尚更だ」
「でも……」
「分かるよ。お前はヴァイクを大切に思っているからな。大切な者に理不尽が及ぶ事を我慢出来る者などいない」
そう言って、アンゼロッテはわたしの頭を撫でた。
「……理不尽に対して、出来る事は二つだ。一つは耐える事。そして、もう一つは滅ぼす事」
「滅ぼす……?」
「そうだ。ヴァイクを恐れる者を滅ぼせば、もうヴァイクを恐れる者はいなくなる」
「そ、それは……」
いくらなんでも極論過ぎると思う。
「……なら、我慢するしかないな」
「もう一つあるよ!」
わたしは言った。彼女は二つと言ったけれど、出来る事は他にもある。
「みんな、ヴァイクの可愛さを知らないんだよ! だから、怖がってるんだよ! ヴァイクの可愛さを教えてあげれば、こんなに可愛い子を嫌える人なんていない筈だよ!」
「……そうかもな」
アンゼロッテは微笑んだ。だけど、なんだか泣いているようにも見える。
「アンゼロッテ……?」
「とりあえず!」
彼女は手を叩きながらヴァイクを見た。
「お前を街へ連れて行く事は出来ない」
「ウキィ……」
ヴァイクはアンゼロッテを睨んでいる。
「……森の出口までは見送らせてやるよ。安心しろ。エルはちゃんと帰ってくる」
「ウキィ?」
ヴァイクは声は今にも泣きそうだった。
「帰ってくるよ!」
わたしはヴァイクに言った。
「どこに行っても、わたしは絶対にヴァイクの所に帰ってくる!!」
「ウキ……」
それだけは絶対だ。何が起きても、ヴァイクを孤独にはさせない。
「ウキ!」
ヴァイクは笑ってくれた。
「ヴァイク。森の出口まで送ってくれる?」
「ウキ! ウキウッキー!」
任せろ。そう言っているように聞こえた。
それからわたし達はヴァイクに先導されながら森を出た。
森の出口でヴァイクを抱き締めた。
「行ってくるね! 可愛い洋服いっぱい買ってもらうから、後で見せてあげる!」
「ウキ!」
「……まったく。誰が金を出すと思ってんだか」
わたしはヴァイクから離れるとボヤいているアンゼロッテの手を掴んだ。
「行くよ、アンゼロッテ!」
「はいはい」
わたしはヴァイクに手を振った。
「いってきまーす!」
「ウッキー!」




