第三十二話『転生』
アイリーンとミレーユが退出した後、オレはベッドに横たわりながら思考を巡らせた。
スキル『魔王再演』を得るまで、オレはフレデリカ・ヴァレンタインが主人公であるエルフランの成長に合わせて無限に強くなっていく理由をゲームだからと思考停止していた。けれど、そこには確かな理由があった。
ゲームだからは理由にならない事を知った。
つまり、フレデリカが婚約破棄された事を王や貴族が認めた事にも理由がある筈だ。
「……やっぱり、魔王再演かな」
初代魔王、二代目魔王、七大魔王が世界に齎した災厄を考えれば、その力を宿す者を王妃に据える事など賛同出来るわけがない。
オズワルドがオレの魔王再演を知っている以上、少なくとも王や宰相は認知している筈だ。
それでもオレが処刑される事もなく次期王妃の座に据えられ続けている理由は……、
「勇者だな」
人類の希望である勇者がオレを護った。その事実は加護となり、オレの立場や命を護っている。
そう考えると辻褄が合う。
悲しい事だけど、王は表面を取り繕っているに過ぎないのかもしれない。
勇者の加護を持つオレを排除する為には相応の理由が必要という事なのかもしれない。
「勇者は絶対的な存在だからな……」
学園編の舞台である『王立アザレア学園』は13歳から通う事になっている。それから18歳になるまでの五年間を過ごす。
そして、オレは卒業を迎える年に婚約破棄の宣告を受けるわけだ。
それまでの間にオレを排除する事が出来なかったのだろう。
皮肉な事だけど、オレを救った勇者の召喚も理由の一端を担っていると思う。
結果的に勇者の執り成しによって召喚の件は赦されたけれど、二度も勇者の意に反する行為を犯せば世界がアガリア王国の敵に回る。
「……だとしたら」
アルがフレデリカと婚約破棄した事はアガリア王国にとってファインプレーだった可能性が高い。
勇者の加護を受けた魔王の器を排除する事は出来なくても、王子と公爵令嬢が破局する事を当人同士の問題として成立させる事は出来る。
魔王の器が王妃の座に君臨するという最悪のシナリオを退ける事が出来たわけだ。
「だけど、問題が無いわけでもない」
ゲームでは特に描かれていなかったけれど、王国はそれまで王妃教育を施していた次期王妃を唐突に失う事になる。
新たに次期王妃となるエルフランを教育する為に王妃はもちろん、王家全体が多大な負担を強いられる事になる。
オレとしては婚約破棄されないとむしろ困るわけだし、王妃に二度手間を掛けさせるのも悪い気がする。
「……よし」
婚約破棄が王の望む所なら今の内に破棄しておいた方が傷が浅くて済む。
それで勇者の加護を失うわけでもない。実際、ゲームでフレデリカは婚約破棄された後も割と自由に生きていた。
オレは決意を固めると瞼を閉じた。
何のために一年も王妃教育に向けた教育を受けたのか分からなくなるけれど、そこは置いておこう。
◆
翌日、アイリーンとミレーユに身支度を整えてもらうと朝食の席へ向かった。
そこには王家が勢揃いしていた。アルのお姉さんである第一王女や他の弟妹達の姿もある。
出来れば王と一対一で話したかった。だけど、王の時間は一刻千金だ。オレの気分の問題で余計な時間など使わせられない。
「おはようございます」
王家の前でスカートの裾をたくし上げながら頭を下げる。
「おはよう、フリッカ!」
アルが輝くような笑顔で挨拶してくれた。その声がオレに勇気をくれる。
「おはよう、フレデリカ。礼節は大切だが、今は家族の時間だ。此方に来なさい。家族に対して、臣下の礼など不要だ」
そう言って優しく微笑む王にオレは少し胸が痛んだ。
「……陛下、御食事の前に一つよろしいでしょうか?」
オレの言葉に第一王女が顔を顰めた。
王はオレに傍へ来て家族として接するように言った。だけど、オレは動かずに臣下としての振る舞いを続けた。
これは非常に無礼な事だ。顔を顰められて当然だ。
「言ってみなさい」
「ありがとうございます。陛下、わたくしの『魔王再演』についての事で御座います」
その言葉に子供達は一様に首を傾げた。王妃までがキョトンとしている。
どうやら、魔王再演の事を知っているのは王だけのようだ。
「……続けなさい」
王の言葉に甘え、オレは口を開いた。
「昨日の謁見の間におけるわたくしの発言に嘘偽りは御座いません。しかし、我が内に魔王の力が宿っている事もまた事実に御座います」
「……フ、フリッカ? 君は何を言って……」
「口を閉じよ、アルヴィレオ」
「し、しかし、父上……」
「二度言わせる気か?」
それは家族としてではなく、王としての言葉。
アルは困惑した表情を浮かべながら口を閉ざした。
「……フレデリカ・ヴァレンタインよ。お前は私の心を疑ったのだな?」
その言葉を否定する事は出来ない。オレは疑った。王の優しさが表面的なものであると。
「その通りで御座います」
アル以外の王子や王女達が目を見開いた。
「わたくしは勇者様の加護の下にあります。それ故に陛下の御心に沿わぬ事を……」
「フレデリカよ。面を上げ、私を見るがいい」
「……かしこまりました」
言われた通りに顔を上げる。そして、鳥肌が立った。
王が恐ろしい顔をしている。その眼光に悲鳴を上げそうになる。
そして、オレは恐怖から逃れる術を求めた。
「……バカか、オレは」
小さく呟いた。
魔王再演を使えば恐怖の下を断つ事が出来る。それはつまり、アルの父親を殺すという事だ。そんな選択肢を浮かべてしまった事に腹が立つ。
自分が助かりたいから他人を傷つける。そんなのかっこ悪い。
まして、大切な友達の家族を手に掛けるなんてあり得ない。
「陛下の御心のままに」
オレは再び傅いた。頭を深く下げ、その首を王の前に晒した。
別に死にたいわけではない。だけど、すでに死罪を言い渡されても仕方のない無礼を幾つも働いている。
まあ、本当に殺されそうになったら逃げるけどね。
「……フレデリカよ。昨日の言葉に嘘偽りはないと言ったな?」
「申し上げました通りに御座います。例え、如何なる立場になろうとも、わたくしはアルヴィレオ皇太子殿下の御力となるべく身命を賭して……」
「お前の立場は変わらぬ。アルヴィレオの婚約者であり、次期王妃だ」
王の言葉にオレの思考は乱れた。
オレを王妃に据えるを問題視しているなら、この状況はまさしく濡れ手に粟だ。
それなのに立場を据え置く意味が分からない。
「……困惑しているようだな。なるほど、これはお前なりに王家を、引いては王国を想っての事だったのだな」
「わたくしは……」
「フレデリカ。とりあえず、席に座れ」
「ほあ!?」
いきなり体が浮かんだ。そして、アルと王の間の椅子に座らされた。
「……一つ、説教だ。人の心を推理する事など不可能と知れ。そもそも、お前が知り得る情報で私の判断の真相に至る事は不可能だ。王とお前では得られる情報に差が生じる事も肝に銘じておけ」
「か、かしこまりました。数々の御無礼を誠に申し訳御座いません」
恥ずかしくなってきた。王の言う通りだ。オレは王の心を知った気になっていた。
オレはただ推測しただけだ。その推測の下で行動してしまった。
王の言葉や態度からして、オレの推測は完全に頓珍漢なものだったという事だろう。
穴があったら入りたい……。
「ッハ! そう恐縮するな。俺としては嬉しいぞ。未熟だが、王妃に据えるなら賢い女がいい。カトレアのように」
そう言うと、王はカトレア王妃の肩を抱いた。王妃は顔を赤らめている。可愛い。
「それと『魔王再演』について話しておこう。それはスキルだ」
「……は、はい」
それは知っている。
「スキルとは魂に刻まれた技の事だ」
「はい……」
それも聞いた事がある。確か、世界最大宗教であるバルサーラ教の経典に記されていた。
スキルとは技を極限まで磨く事で魂に記録させたものを意味している。
時に前世の記録を子供が覚醒させる事もあると言う。そのスキルが切っ掛けで前世の知人と会った人も居るという。
「要するにお前は七大魔王である竜姫シャロンの生まれ変わりだ」
「……へ?」
目が点になった。王が肩を寄せている王妃様もキョトンとしている。
「魔王再演。その意味は魔王を再び演じるというものだ。魂は輪廻を巡るものだからな。勇者メナスに滅ぼされたシャロンの魂はお前という器に転生したわけだ。そして、王家の湖でシャロンの肉体に触れた時、お前の魂とシャロンの肉体は共鳴を起こした。それが真相だ」
あまりにも衝撃的過ぎて頭が真っ白になり掛けた。
「ああ、勘違いはするなよ? シャロンと同一人物というわけではない。魂は転生時に浄化されるものだからな。実際、お前にシャロンとしての記憶は無いだろう?」
「は、はい」
なんとか情報を整理していく。
たしかに筋は通っている。オレがゲームのフレデリカ・ヴァレンタインなら……。
「お前はあくまでもお前自身だ。魔王の力も所詮はスキルでしかない。それを悪用するならば勇者様が討伐に動くだろうが……、悪用しないよな?」
「も、もちろんで御座います!」
言いながら、やっぱり王様の話はおかしいと思った。
だって、オレはオレだ。ゲームのフレデリカの前世がシャロンだとしてもおかしくはない。だけど、今のオレの前世はオレである筈だ。
そして、転生時に魂が浄化されて赤の他人として誕生するなら、オレがオレである事に矛盾が発生する。
「何か気になる点でもあるのか?」
「い、いえ……、御座いません」
あるにはあるが、こればかりは話せない。
「ならば善し。俺はお前の『魔王再演』とお前の前世がシャロンである事を知った上でアルヴィレオとの婚約を認めているのだ。余計に気は回さなくていい」
「は、はい……。ありがとうございます」
「うむ」
王はオレの頭を撫でた。なんだか、少しホッとした。
「一応言っておくが、フレデリカの『魔王再演』は他言無用だ。愚か者を踊らせるだけだからな」
そう言うと、王は手を叩いた。
「よし、話はこれで終いだ! 食事にするぞ!」
結局、真相は分からなかった。
あるいは王の話がすべて真実であり、オレの魂というものに対する認識が誤っている可能性もある。
けれど、やはりオレ自身の存在が妙だ。そもそも、どうしてオレはフレデリカに転生したのだろうか? その答えは永遠に見つからない気もする。
―――― 貴女、面白い事になっていますね! いや、これは……おや、おやおやおや! なるほど! この署名は間違いない!
ただ、オズワルドは奇妙な事を言っていた。
面白い事になっているという発言。そして、署名という言葉。
機会があればオズワルドと話がしてみたい。
真実を識るために。




