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第百六十五話『共有』

 フレデリカはボンズをふくよかな頬を柔らかく揉みながら、ぽつぽつと語った。エレインとボンズにも理解してもらえるように、最初から。


「エレイン。わたしは昔、七大魔王と呼ばれていた竜姫シャロンの生まれ変わりなの」


 その言葉にアルヴィレオは目を見開いた。それは彼女が有する幾つかの秘密の中でも特に大きなものだ。迂闊に話せば、彼女の進退どころか命にすら関わりかねない。

 フレデリカは思慮深い。誰かに言われずとも、語るべき相手は吟味すべきだと分かっている筈だ。

 彼女のエレインに対する信頼は、アルヴィレオが思っていた以上に大きかった。


「ああ、シャシャとの会話の中で言ってたな」

「ん? シャシャというと、シャシャ・シーライル・ウルクティンの事かい?」


 イルイヤ大陸の西部に広がる妖王ルミナスの支配領域である神護(リエン)の森から来た少女。

 資料によれば、彼女は長老であるアイメス・シグン・スラーンから神器『イスラ・ウズラ』を譲り受けている。

 それはつまり、彼女が神護の森の総意を担う代弁者という事だ。彼女がフレデリカと接触して、会話を行ったと聞いては黙っていられない。

 

「うん。ちょっと話が前後するんだけど、陛下からの伝言をライから受け取ったの」

「父上からの伝言だって?」


 初耳だった。皇太子とて、父王が誰に何の指示を下したかを逐一知る事は出来ない。だが、重要事項であれば宰相の息子であるラグナ・アルヴィスやジョーカーを経由して報告が来る筈だ。

 フレデリカに関する事は何よりも重要な事項である筈だ。その報告を受けていない事にアルヴィレオは不信感を抱いた。


「それは本当に父上からのものなのかい?」

「うん。その前に猊下から言われた事もあって、その為に必要な指示だったから、間違いないと思う」

「猊下……、叔父上からも接触があったのかい!?」

「う、うん。えーっとね」

「ちょい待った」


 オズワルドと接触した時の話をしようとしたフレデリカの口にエレインが人差し指を当てて止めた。


「お、おい!」


 フレデリカの唇に無遠慮に触れるエレインにアルヴィレオはついつい声を荒げてしまった。

 

「王子様よぉ、とりあえず聞こうぜ? 順番が前後し過ぎて、話がややこしくなんだろ」

「そ、それは……」

「フリッカはただでさえストレスでぶっ倒れてんだ。話しやすいように話させてやろうぜ」

「……ああ、そうだね。その通りだ」


 アルヴィレオは少し落ち込んだ。フレデリカのエレインへの信頼に対して、どうしても嫉妬心を抱いてしまう。そのせいで、何よりも優先するべき事はフレデリカを思いやる事だと分かっているのに出来ていない。

 

「……とりあえず、ベッドに座れよ」

「え?」

「フレデリカの左側、空いてんだろ」


 右側にはエレインがいて、前にはボンズがいる。たしかに、彼女の左側は空いていた。だけど、そこに座るのはなんだか少し、照れくさく感じた。


「……アル。来て」

「フリッカ……」


 アルヴィレオの躊躇いを感じ取ったフレデリカはベッドをポンポンと叩きながら言った。

 すると、彼は真っ赤になりながら頷いた。


「う、うん」


 フレデリカの横に座ると、アルヴィレオはますます赤くなった。前は平気だった筈なのに、どうしてなのか分からない。何故だか、心臓が高鳴っている。


「……フリッカ。これ、一回胸揉ませた方がいいかもしれないぞ。拗らせかけてやがる」

「そう? なら、早速……」

「待て待て待て!!」


 腕を掴むフリッカにアルヴィレオは大いに焦りを覚えた。


「おいおい、王子! フリッカの胸を揉みたくねぇのか?」

「ボ、ボクはフリッカを大切にしたいんだ! き、君はいささか軽薄過ぎないか!?」

「フリッカが嫌がってんならともかくよぉ、頑なに拒否すんのは逆に女心を傷つけんぜ?」

「え!? で、でも!! だ、だって……、いや、あの……、ボ、ボクだって揉みたくないわけじゃなくて!! って、何を言ってるんだ、ボクは!?」


 百面相をする婚約者にフレデリカは吹き出しそうになった。

 彼が思春期に入ったのだと、彼女は確信した。だからこそ、これ以上は可哀そうだとも思った。なにしろ、自分も一度は通った道だからだ。


「エレイン、そこまでにしてあげてよ。アルにはアルのペースがあるの」

「けど、焦れってぇよ」


 焦れったいのは同意だ。


「まあ、いっか。それより、続き話せよ。お前が昔の魔王の生まれ変わりって所までは聞いたぜ」

「う、うん。リアクションの薄さにビックリだけど、続き話すね」


 フレデリカはボンズの頬をムニムニさせながら続きを口にした。


「……エレイン、ボンズ。ここから話す事は絶対に秘密にして欲しいんだけど、同じようにエルも前は魔王だったの」

「ほうほう」

『ワイはその辺りの事は知っとるから大丈夫やで』

「そうなの!?」


 ボンズはちょっとだけ唸るように喉を鳴らした後、言った。


時喰(ときはみ)の獣の事を嬢ちゃん……、エルトリアに教えたんはワイらの(カシラ)や』

「それって、バイフーの事?」

『せやせや』


 予想外の事実だった。風王バイフーは精霊の長。つまり、精霊達はエルフランの事情をすべて承知していたという事だ。


『クレアは頭の弟子やったからな。その娘っ子のピンチに動かんわけにはいかんやろ? せやから、普段はワイらが力を貸しとったんやけど、あの時ばっかりは頭が自分でいっとったで』

「え? クレア・リードって、精霊使いだったの!?」

『せやで』


 七英雄最強の英雄であるクレア・リード。その強さの秘密が思いもよらぬ所で判明した。


「精霊使いって、なんだ?」

「そのまんまだよ。精霊の力を借り受ける事で魔法やスキルとは違った力を使えるようになるの。ただ、精霊から力を借りるには才能が必要だし、力を貸してくれる精霊との絆も必要だから、歴史上でもそんなに多くないみたい」

「へー! オイ、ボンズ! わたしはどうだ? 使えそうか?」

『嬢ちゃんはそこそこやな。数秒くらいならいけるんやないか?』

「マジかよ!?」

「でも、精霊使いになると通常の魔法が使いにくくなるみたいだよ。そこは注意しておいた方がいいかも」

「そうなのか!?」

『せやで。細かい理由は知らんけど』

「知らんのかい!?」


 フレデリカはゲームに登場する精霊使いの事を思い出した。

 エルフラン編では登場せず、ザラクの物語に登場している。その精霊使いのキャラクターがとにかく強烈で、印象に残っている。

 彼はネット上でこう呼ばれていた。


『ショタな年上にバブみを感じてオギャる益荒男』


 これが誇張表現ではないところが凄い。『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』には時折、彼のような強烈なキャラクターが登場していた。


「とりあえず、ボンズは全部把握してくれてるって事だよね?」

『せやで』

「じゃあ、遠慮せずに説明を続けちゃうね。単刀直入に言うと、エルはまた魔王になってしまうかもしれないの」

「それって、ヤバいのか?」

「うん。何としても、彼女の魔王化は阻まないといけない。ただ、今の所は解決策が無くて……、もし阻めなかった時は……」


 フレデリカはボンズの頭に顔を埋めた。それからゆっくりと言った。


「わたしは彼女を殺さないといけないの」

「はぁ!?」

「ど、どうして君が!?」

「わたしだけがガイス・レヴァリオンを使える可能性があるから」

「ガ、ガイス……?」

「たしか、勇者様の奥義(ラスト・スキル)だね」

「うん。魔王の力なら、それを再現出来る筈だって、猊下に言われたの。実際、シャロンはガイス・レヴァリオンを独自にアレンジしたストレイヤー・クラヴェスを使っていたそうだからね。陛下からも、権能を用いてライのクラスに入るよう指示を下されたの。きっと、ガイス・レヴァリオンをライから学ぶ為に」


 エレインとアルヴィレオは言葉を失っていた。

 倒れて当然だと、二人は思った。解決策のない問題。解決出来なければ友達を殺さなければいけない。そんな事を一人で抱えていたら潰れてしまう。

 

「……な、何考えてんだよ!? オイ、王子!! お前の親父、何考えてんだ!?」


 エレインはアルヴィレオに掴みかかった。


「分からない……」

「ああ!?」

「何を……、何を考えているんだ、父上は!?」


 当然、影で他の者も解決の為に動いているのだろう。解決出来なかった時の事も考えなければいけない。その時に必要な最終手段の準備を行う事も妥当な判断だ。

 ガイス・レヴァリオン程の技を会得する為には相応に時間が掛かる。今から指導を受ける必要がある事も理解出来る。

 だけど、分からない。


「どうして、フリッカにそんな事を!?」


 フレデリカは答えられなかった。推測を口にする事は出来る。だけど、それはあくまでも推測だ。

 陛下から何度も注意を受けて来た。

 人の心はそう簡単に推理出来ない。陛下には陛下だけが持ちうる情報や知識がある。それが無ければ、答えに辿り着く事は出来ない。

 

「……きっと、それが正しい事だからだと思います」


 少なくとも、陛下は間違えない。これが最善という事なのだろう。


「けどよ……」

「だから、みんなに力を貸して欲しいの」


 フレデリカはエレインとアルヴィレオの手を取った。


「エルを助けたいの。だから、わたしを助けて」

「ああ、当然だ」

「もちろんだよ!」


 一人では難しいかもしれない。だけど、みんなと一緒になら出来る気がする。

 フレデリカは二人の手をギュッと握り締めて気合を入れ直した。

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