表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

163/180

第百五十二話『魔法理論学』

 魔法理論学の先生はクレスプリー・ワイアス。彼は枯れ木のような細身の男性だった。


「それでは、教科書を開きなさい。魔法理論学で学ぶべき事はたくさんある。一分一秒も無駄にしてはいけないよ。さあ、授業を始めよう」


 教室に入って来るなり、彼はそう言った。生徒達が慌てて教科書を開くと、自己紹介をする事もなく、そのまま授業をスタートさせた。


「そもそも、魔法理論学とは何なのか? それは魔法という現象を正しく理解する為の学問だ。では、何故それを学ばなければいけないのか? そこの君、分かるかい?」


 前の席に座っていたサーシャはいきなり指名されて飛び上がるように立ち上がった。


「は、はい! えっと、魔法理論学を学ぶ理由はその……、えっと……、あの……」

「分からないのならば、分からないと言えばいいんだ。分からないのに、無理に答えを絞り出そうとしても意味がない。座りたまえ」

「……ご、ごめんなさい」


 サーシャは声を震わせながら座った。隣のマリーやフェイトが慰めている。

 あの三人はヴィヴィアンのお茶会の準備を手伝ってもらった子達だ。良い関係を築けているようで安堵した。


「答えは単純だ。原理を理解出来ていない力に信頼など置けまい。そして、信頼出来ない力を十全に扱う事も出来まいよ。その為に学ぶのさ。分かったかね?」

「は、はい!」


 サーシャの返事に満足そうな笑みを浮かべると、彼は授業を進めた。


「魔法理論学自体の歴史は古く、今より千年以上も昔から研究が重ねられて来た。だが、その研究はほとんど進んでいなかった。およそ、三百年前まではね」


 先生は教科書の最初のページを叩いた。


「全員、顔を良く覚えておきたまえ。稀代の天才の肖像だ。彼はこの世界に科学を齎した。多彩な料理を食卓に提供した。そして、国を始めとした多くの概念を根付かせた。偉大なる賢者の名は、ハロルド。ハロルド・カルバドル。彼の類まれなる頭脳が魔法の正体を暴き出した」


 ハロルド・カルバドル。カルバドル帝国の始皇帝。おそらくはわたしと同じ世界からやって来た人。そして、科学の無い世界で近代レベルにまで科学を発展させた男。知識だけでは到底不可能な事を成し遂げた天才。

 彼の肖像画は皇帝として君臨していた時代のものが多い。けれど、この教科書に掲載されている彼の肖像は若き日のものだった。

 切羽詰まったような表情を浮かべている。この肖像を見るだけでも、彼の必死さが伝わってくるようだった。たった一人で異世界に来てしまった彼の必死さが。


「彼は魔法に対して、科学的なアプローチを取った。そこにある魔力測定装置は彼が発明したものだ。魔力に反応して光る石を見つけ出し、加工して、その発光度合いを数値化する機械を作り出したわけだ。おかげで、人類は魔力に個人差がある事を知った。更に、彼はこの機械を人間以外のあらゆる生命や物質に対して使用する事で魔力の根源にも辿り着く事が出来た」


 彼は指を鳴らした。すると、虚空にマネキンのような人型が浮かび上がった。


「彼は罪人を解剖した。そして、解剖しながら生きた状態の臓器や筋肉、骨、体液に対しても魔力測定装置を使用していった。その結果、どうなったと思う? 折角だ。次期王妃殿下にお答え頂くとしようかな」


 指名を受けて、わたしは立ち上がった。ハロルド・カルバドルが執り行った非人道的な実験については教科書になど載っていない。けれど、いくつかの歴史書や魔法理論学の本には記載があった。


「部位ごとに魔力の数値が異なりました。そして、同じ部位であっても、測定するタイミングによって反応が変化しました」

「素晴らしい」


 先生は拍手をしながら称えてくれた。けれど、内容が血生臭くて、あまり嬉しくない。


「彼女が言った通りの結果となった。そして、試しに彼は罪人の腕を切り落とした。生きたままね。そして、切り落とした腕の魔力を測定してみると、見る間に数値が下がっていった。別の被検体で別の部位を切り離した所、同じ結果となり、更に別の被検体でも実験を繰り返した。結果として、すべての部位で同じ結果が出た。脳の一部や心臓でさえ、同じだった。それがどういう事なのか、分かるかね? そこの君」


 指名されたのはヴィクトリアだった。


「つまり、魔力の発生源が分からなかったという事ですね。いずれかの器官が魔力を生成しているのではなく、すべての部位があくまでも魔力を伝達する経路に過ぎなかった。その為、切り離すと魔力が抜けていってしまう」

「その通りだよ。よく学んでいるね。肉体は魔力源ではなかった。ならば、魔力はどこから来ているのか?」


 再び、彼は指を鳴らした。すると、虚空に一人の少女が現れた。


「知っている者も居るかもしれないが、多くの者にとっては初見だろう。彼女が霊王レムハザードだ」

「霊王!?」


 思わず目を見開いたのはわたしだけではなかった。誰もが口をポカンと開けている。

 偉大なる七王の一画。死霊楽園(バスティロ)を支配領域とする死霊の王。その肩書からは想像もつかない程、彼女は可憐だった。


「ハロルドはレムハザードの下を訪れた。彼は仮説を立てたんだ。肉体が魔力を生み出さないのならば、魔力はどうして肉体に宿っているのか? その疑問の答えがそこにあるとね」

「死霊楽園にですか?」

「そうだよ。そこには死霊がいる。死霊とは、つまりは肉体から離れた魂だ。元々は概念的なものだった。けれど、それは確かに存在する。どこからともなく、ある日突然に現れた少女が証明した。ハロルドは彼女から反発を受けた。残酷な実験によって、多くの死霊を生み出したからだ。死霊を慰撫する者として、許しがたい事だったのだろうね。それを彼女は責め立てた。ハロルドはそれを受け止めた。そして、それでも知る必要があると訴えかけた。何故、それほどまでに知りたがるのかと彼女が問いかければ、彼は答えた。それが世界の真実に至るピースだからだとね。そして、彼は死霊を調査した。魂こそが魔力の源泉である事を突き止めた。更に、個体差がある事も調べ上げた。その個体差には怨嗟を始めとした感情や記憶が大きく関係しているともね」


 レムハザードの姿は掻き消えた。


「さて、授業の時間もそろそろ終わりに近づいている。次の授業は魂についてだ。魔力の源泉たる魂。さて、魂とはそもそも何なのか? これについて、各々予習してレポートを提出するように」


 そう言い残すと、先生はさっさと教室を出て行った。内容が濃いから、一時間があっという間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ