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第百四十八話『冴島龍平』

 アガリア王国の国王であるネルギウス・アガリアは眉間に皺を寄せている。

 今朝方、メルセルク王国に設置してある国家間緊急通信用魔法具を通して、ラグランジア王国の現況を聞いた。

 七大魔王の一画である朱天ネルぜルファーがラグランジア王の暗殺に向かって、一夜が経過している。けれど、ラグランジア王国に変化は一切無かった。

 

「……ネル」


 初代や二代目には劣ろうとも、魔王の力は勇者や剣聖に次ぐ。彼女ならば問題なく目的を達成する筈だと考えた。だが、成功していれば何らかの変化があって然るべきだ。

 トラブルがあり、実行に移せていない可能性もある。だが、それならば報せてくる筈だ。


「見誤ったか……」


 彼はオズワルドの言葉を思い出した。


 ―――― 『わたくしを超える魔法使いである可能性もありますが――――』


 オズワルドを超える魔法使いなど存在しない。

 その正体はアルトギア・ディザイア。彼は初代魔王が現れるよりも遥か昔から存在している。

 ある時は聖女の傍らにあり、ある時は初代魔王の側近として侍り、ある時は邪教の教祖として暗躍し、ある時は七大魔王の一画として世界を震撼させた男。

 彼は幾度も転生を繰り返し、その度に研鑽を重ね続けて来た。彼を超える為には、それ以上の歴史を積まなければならない。それはあり得ないだろう。

 だが、だからこそ、彼を超えない事が実力の低さを示すものではないと気づくべきだった。史上最高には劣ろうとも、魔王に比肩する超越者である可能性を憂慮するべきだった。


「ネルの生死を確認しなければ……」


 ネルギウスは表情を曇らせながらオズワルドを呼び出す為に伝令を送った。そして、瞼を閉じた。

 気高くも優しく、偉大なる魔王。そうする義理など無い筈なのに、彼女は汚名を被る覚悟を決めて敵陣に乗り込んだ。

 それは何故か? 彼女はネルギウスを信じたからだ。彼が考えた策こそが最善であり、それが世界の為になると信じたからこそ、彼女は死地へ赴いた。

 

「……ぁぁ」


 己を信じてくれた者を死なせた事は一度や二度ではない。その罪を背負う事もまた、王の責務である。

 その重みを忘れてはならない。背中が軽くなった時、それは罪が消えたのではなく、人の道を外れた事を意味する。

 

 ―――― 『王とは、人でなくてはならない』


 それは二代目のアガリア王の言葉だ。

 人である事を忘れた者に人の世を守る事は出来ない。

 背負った重みを忘れず、その命に報いなければならない。彼らが信じた賢王として在り続けなければならない。

 ネルゼルファーの生死を案じながらも、彼女の死体が敵の傀儡として利用される事を想定した対策を練らなければならない。

 人でありながら、人でなしの所業を行う。それが王たる者の背負うべき業。


「眉間に皺が寄っておりますよ、兄上」

「……オズ」


 弟の顔を見ると、彼は安堵の表情を浮かべた。

 その正体を知っていても、彼にとって、オズワルドはやはり弟だった。


「すまない。少し、頭を下げてくれないか?」

「え?」


 オズワルドは困惑しながらも、素直に頭を下げた。


「こうですか……?」

「少し堪えたのだ。弟として、兄を慰めてくれ」


 そう言って、ネルギウスは弟の頭を撫でた。


「……慰めになるのですか?」

「なるぞ。弟は兄にとって、この上なく可愛いものだ。だが、この歳になると中々撫でてやる事が出来ない。それは少し寂しいものなのだ」

「は、はぁ……」


 兄という立場に立った事のないオズワルドには分からない感覚だった。

 しばらくの間、ネルギウスは弟との時間を堪能した。王としてではなく、家族としての時間は彼の心を大いに癒やした。


「……すまなかったな、オズ。ありがとう」

「い、いえ、構いませんよ? 兄上はわたくしの兄上なのですから」


 戸惑いはした。けれど、兄弟としてのやり取りはオズワルドにとっても気分の良いものだった。


「……切り替えるとしよう。オズよ、ネルの生死の確認を頼みたい。一夜経ったが、ラグランジアの状況に変化が起こっていないようなのでな」

「些か、早計では? 彼女は魔弾の射手。その戦闘スタイルは長期戦に長けたもの。もう少し様子を見た方が良いのでは?」

「だと良いのだがな。彼女が死亡していた場合、朱天が敵に回る事になる。確認は必要だ」

「かしこまりました。では、早速……と、言いたい所ではありますが、その前に御報告が」

「なんだ?」

「レディ・フレデリカの前世であるエックスの詳細が判明致しました」

「……思い出したのか?」

「ええ……、彼女ではなく、わたくしが」

「お前が?」


 首を傾げるネルギウスにオズワルドは微笑んだ。


「つい先程の事です。レディ・フレデリカがとある人物の愛称を口にしました。それがわたくしの中に眠る前世の記憶を蘇らせたのです」

「前世とは、アルトギアの事か? それとも、ヴァルサーレか?」

「どちらとも違います。名は冴島龍平。エックスと同時期にアースに存在していた少年です」

「……お前の前世もアースに?」


 オズワルドは頷いた。


「名は冴島龍平。エックスこと、羽川祐希の幼馴染でした。ただ、世界を隔てた為にアルトギア手記との繋がりが万全ではなく、当時はアルトギアの記憶を胡蝶の夢のように感じておりました」

「胡蝶……? 聞き覚えがないが、アースのことわざか?」

「ええ、その通り。夢か(うつつ)か曖昧であるという意味です」

「なるほどな。記憶の継承に失敗したと言う事か?」

「失敗とは少し違います。言ってみれば、ノイズですね」

「ノイズ?」

「ええ、わたくしの転生にノイズが混じり、イレギュラーが発生したのです」

「イレギュラーか……」


 オズワルドの言葉を受けて、ネルギウスは頭の中で情報の断片を組み上げていった。

 

「なるほど、魔王の権能だな」

「さすがは兄上! その通りでございます!」


 瞬く間に真実を見抜いてみせた兄の明晰な頭脳にオズワルドは満面の笑みを浮かべた。


「シャロンを除く、七大魔王の権能はシャロンの権能を写したもの。彼女が転生を行った事で、七大魔王の権能にも転生に纏わる能力が備わったという事だな。そして、それが既に転生の手段を持っていたお前にとってのノイズとなったか」

「そうです。異なる二つの術式が反発を起こした。その結果、不完全な転生となったのです」

「……待て。だとすると、他の七大魔王も転生している可能性があるのではないか!?」

「あります。死亡しているジュド、ザイン、アシュリーはおそらく……」


 その言葉にネルギウスは難しい表情を浮かべた。


「アシュリーは良いとして、ジュドとザインは捨て置けない。二人の転生先を追う事は可能か?」

「不可能です」


 オズワルドは言い切った。


「魂が現世を漂っている間ならば可能なのですが……。大いなる海、集合無意識、魂の至る場所、輪廻、天国、地獄、混沌、冥界、根源世界。そうした名で呼ばれる場所へ至った魂を追う事は出来ません。その世界へ至れた賢者は歴史上にただ一人。わたくしとて、その方の偉大なる力を前にすれば木っ端のようなもの」

「……そうか」


 雷帝ザインと屍叉ジュド。どちらも放っておくには危険過ぎる存在だ。

 特にジュドは悪辣を極めていた。彼の私設監獄に関する記録は読むだけで気が触れそうになる程に悍ましいものだった。


「オズ。ラグランジアで暗躍している魔人がジュドである可能性はないか?」

「あり得ます。ですが、確証はありません。ラグランジアで起きている事象をジュドならば引き起こす事が出来るという程度です」

「一応、ジュドに纏わる情報を集めておく必要があるな」


 相手がジュドであるならば、出し惜しみは出来ない。最悪、ライやフレデリカに出撃を命じなければならなくなる可能性すらある。


「……兄上、我儘を言ってもいいですか?」

「なんだ?」

「フレデリカ嬢の出撃だけは何卒御勘弁頂きたく存じます」


 ネルギウスは目を見開いた。彼の眼に映るオズワルドの表情は彼がこれまでに見た事のないものだった。

 まるで、拾ってきた小鳥を助けて欲しいと親にせがむ子供のような顔だ。


「……それほどまでに大事か」

「大事です。祐希は俺にとって、大事な友達なんです」


 それはきっと、オズワルドの言葉ではないのだろう。アルトギアでも、ヴァルサーレでもない。

 冴島龍平という少年が乞い願っている。


「優しい奴なんです。それに、すごく頑固者で、一度やると決めたら止まらないんだ。だから、何も伝えないで欲しい。伝えたら、命令なんてなくても動いてしまう。顔も知らない誰かを助ける為に必死になれちゃうんだ、アイツは……」

「分かった」


 フレデリカ・ヴァレンタインは世界最強の力を保有している。彼女を動かせば、如何なる事態も解決に導く事が出来る。

 けれど、彼女を動かした時、アガリア王国は終わる。彼女は勇者なのだ。勇者に命令を下す事は禁忌であり、アガリア王国は過去に一度禁忌を犯している。

 世界はアガリア王国を責め立てるだろう。そして、彼女は各国を宥めようと動く。国家間の思惑によって、彼女の心は磨り潰されていく。そうなった時、アルヴィレオは彼女の為にアガリア王国を使うだろう。

 

「そもそも、フレデリカはアガリア王国の次期王妃なのだ。花や蝶を愛でながら、アルヴィレオと愛し合う事が仕事だ。戦場に立っている暇などないだろう」


 冗談めかして言うと、オズワルドは酸っぱいものでも食べたかのような表情を浮かべた。


「ど、どうした?」

「いえ、そのですねぇ……」


 オズワルドは切なそうに呟いた。

 

「男だった親友が甥の花嫁になるのは少々……、いやかなり、なんと言いますか……」

「複雑そうだな」

「はい、複雑です」


 ネルギウスは腹を抱えて笑った。そして、オズワルドは人生で初めて兄に怒りの鉄拳を振るった。

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