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第百四十六話『オズワルド・アガリアの真実』

 オズワルドが立ち去った後、フレデリカは動けなかった。急いで寮に戻って身支度を整えないといけないのに、足腰に力が入らない。

 エルフランが二代目魔王ロズガルドだった。そんな事、ゲームでは一切描かれていなかった。

 彼女はフレデリカと共に魔王ファルム・アズールを打倒して、最も好感度の高い相手と結ばれる。それが彼女の物語の結末である筈だ。

 

「……ロズガルド自体はゲームでも存在を示唆されていた」


 ロズガルドの出現が五百年前である以上、羽川祐希の記憶を持ったフレデリカの存在が与えた影響とは考え難い。

 彼女がプレイしたゲームのルート上ではたまたま描かれていなかっただけとも考えられない。

 なにしろ、主人公が嘗ての魔王だったという衝撃的過ぎる展開がネタバレとして拡散されない筈がない。だけど、SNSや攻略系のサイトでもそのような情報は一切無かった。


「ゲームの制作者が知らなかった。もしくは、隠した……?」


 今まで、『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』について、考察しようとした事は何度もあった。けれど、あまり真剣には取り組んで来なかった。

 理由としては、この世界がゲームの世界だと捉えていたからだ。ゲームの存在が前提にあり、この世界はその後にある。そう考えていた。

 その考え方が誤りだった。この世界の存在こそが前提にあり、ゲームはその後にあったのだ。シャロンと羽川祐希とフレデリカが同一の魂を持っていて、その転生には確固たる原理があった以上、それは間違いない。


「そもそも、制作者は何者なんだ? それに、考えてみるとゲームのフレデリカは彼女自身だった……」


 シャロンは己の記憶を持ち越そうとしていた。けれど、何らかの理由で羽川祐希の記憶を持ち越した。

 いずれにしても、シャロンの策が実行された場合はゲームのフレデリカの人格にはならず、シャロンの記憶を持ったフレデリカ、あるいは羽川祐希の記憶を持った今のフレデリカになっていた筈だ。だけど、ゲームのフレデリカはそのどちらでも無かった。


「……考えられる可能性は二つかな」


 一つはシャロンが記憶の持ち越しに失敗した可能性。彼女はその事をゲームの内容から察して、自分ではなく、羽川祐希の記憶ならば持ち越せるのではないかと考えた。それならばシャロンではなく、羽川祐希の記憶が持ち越された事にも筋が通る。

 そして、もう一つはゲームの時間軸がスタート地点だった可能性。あのゲームの内容はこの世界の未来を描いている。つまり、予知能力を持っているか、一度経験している者でなければ作る事が出来ないものだ。

 フレデリカは後者の可能性が高いと考えた。その理由はロズガルド出現のタイミングだ。

 ロズガルドは五百年前に現れた。そして、ロズガルドはエルフランであり、結崎渚である。彼女は18歳の時にロズガルド化して、『時喰み』によって若返った。その容姿は紛れもなく結崎渚のもの。

 以前、フレデリカが読んだ『堕ちた竜の姫』の記述によれば、シャロンはそこで五年の歳月を過ごしたらしい。ラグランジアにウェスカーと共に訪れた後、二人がすぐに出会ったのか、多少の時間が過ぎた後に出会ったのかは分からない。ただ、逆算すると当時のロズガルドは13歳から15歳くらいの年齢だった事になる。それはフレデリカが明確に覚えている彼女との記憶の中の年齢と一致する。

 ロズガルド化の二百年後にシャロンは自害して、羽川祐希に転生した。そして、羽川祐希は恐らく十代半ば頃に死亡して、フレデリカ・ヴァレンタインに転生した。シャロンの自害から、フレデリカの誕生までの時差はおよそ三百年。羽川祐希として過ごしていた時間と比較して考えると、転生に掛かる時間が百五十年近く掛かるか、あるいは転生自体は一瞬で完了していて、転生前の世界とこの世界の時間の流れる速度が二十倍近くも異なっているかの二択となる。

 後者は考え辛い。この世界の時間の概念は転生前の世界とほぼ同一だ。一日は24時間であり、一年の周期も365日だ。一秒のカウント間隔もほぼ同じであり、誤差があったとしても二十倍に膨れ上がる事はない。

 パソコンのシュミレーションで時間経過を加速させて、長いスパンの中で生じる変化を調べる方法がある。けれど、それは実際に経過する時間の速度を早くしているわけではなく、計算する速度を上げているだけだ。

 前者を前提に考えてみると、羽川祐希と結崎渚が生まれ育ったのはおよそ百五十年前という事になる。けれど、渚が現れたのは百五十年前ではなく、五百年前だ。

 一度百五十年前の世界に現れてから五百年前の世界に移動したのか、直接五百年前の世界に現れたのか、それは分からない。

 重要なのはいずれにしても時間を遡っている点だ。つまり、タイムトラベルが仮説ではなく、実例として存在している事になる。

 ならば、誰の記憶も継承していないオリジナルとも言うべきフレデリカが経験した世界を観測した者がタイムトラベルして、異界である地球でゲームを作り出した可能性は大いにあり得るという事だ。


「……問題は理由だな」


 ゲームにはザラクのシナリオもある。彼の物語は今よりもかなり先の未来の話だ。観測者はその物語の終わりまで見届けた者という事になる。

 つまり、今現在はまだ生まれていない可能性がある。そうなると、彼あるいは彼女がゲームを作るに至った動機を調べようがない。

 なにしろ、この世界ではザラクが生まれない可能性が非常に高いからだ。主人公が不在となると、そのシナリオは前提からして成り立たなくなる。そうなると、ゲーム制作者の特定はほぼ不可能だろう。


「たぶん、ザラクはわたしとライの子供だろうしなぁ……」


 考えないようにしていた。けれど、ヒントは出揃っていた。

 ゼノンと同じく、ラグランジア王家の血を継ぎ、竜姫シャロンの力を授かった少年。

 アルヴィレオに婚約破棄を言い渡された彼女にとって、最も近しい男性は護衛騎士のライであり、彼に対する思いは並々ならぬものであっただろう事も想像が出来る。

 なにしろ、命を救われたのだ。自分だけではない。自分の為に命を捨てて竜王に挑んだ騎士達の命を救ってくれた。その事実はとても重い。

 

「……まずは百五十年前の事について調べてみよう」


 エルフランを救う。その為には彼女のロズガルド化の真相を探らなければいけない。

 取っ掛かりだけは掴めた。


「もっと、やり込んでおけば良かったな……」


 ―――― すげぇの持って来たぞ! 勉強より将来の役に立つぜ!


 龍平の世迷言にもっとしっかりと耳を傾けていれば良かった。

 まさか、本当に勉強よりも役に立つ日が来るなんで思わなかった。


「……助けてよ、りゅう」


 ◆


「ああ……、そういう事か」


 蹲るフレデリカを彼はそっと見守っていた。

 そして、彼女のつぶやきを聞いた。『りゅう』という彼女だけが知るであろう人物の呼称。それは彼の耳にとてもよく馴染んだ。


「……だから、わたくしは兄上に惹かれたのですね。いやはや、通りで放っておけないわけだ」


 彼自身でさえも今に至るまで気付いていなかった。

 悪として、常に走り続けて来た彼がそれまでの生き方を一時(いっとき)と言えども躊躇う事なく放り出す事が出来た理由。

 それは彼の敬愛する兄が彼の最も心惹かれた少年と同じ在り方だったからだ。

 いつも誰かの為に頑張る優しい人間。彼の脳をこれでもかと焼いた少年と同じ生き方をする兄と出会い、彼は野望の旗を下ろした。


「よもやよもやですねぇ」


 彼は涙を零した。転生を何度も繰り返して来た彼は転生後に思い出す記憶に優先度を設けていた。だからこそ、今まで思い出す事がなかった。けれど、記憶を消去していたわけではなく、切っ掛けがあれば容易に思い出す事が出来た。

 三百年前に狂王ヴァルサーレとして、炎凰アシュリーと勇者メナスに打倒された後、転生の為の術に不具合が生じた。そして、魂は異界へ渡り、そこで彼は日本という国の少年として生きた。

 アルトギア・ディザイアという数千年分の記憶に埋もれてしまっていた、その少年の記憶の中には羽川祐希という少年と過ごした黄金の日々があった。


「……祐希。ああ、大丈夫だぞ。俺がついてる。渚を一緒に救おう」


 嘗て、冴島龍平という少年だった男はそう呟くと、魔法で仮面を作り出した。

 顔を隠さなければいけない。そうしなければ、彼は体裁を保てなくなる。

 

「さてさてさーて、兄上に報告へ戻らなければいけませんね」


 そして、彼はアザレア学園から立ち去った。

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