第百三十七話『それぞれの使い魔』
「儀式は寮ごとに分かれて執り行ってもらう」
アルヴィレオの言葉と共に広場の至る所から光が溢れ出した。その光は巨大な魔法陣を形成している。
「召喚はその光の陣の中で行う。一人ずつだ。監督生がリストを読み上げるから、呼ばれた者から順番に陣の中に入り、召喚を行ってもらう。呪文は特に必要ないが、無言ではいけない。呼び掛けるんだ」
そう言うと、アルヴィレオは壇上を降りて、まっすぐにアガリア寮の生徒達が集まっている所へ向かっていった。
「手本を見せる」
彼はそのまま光の陣の中へ入って行った。
その姿にフレデリカは息を呑んだ。使い魔召喚の儀式は練習が出来る類のものではない。これはぶっつけ本番だ。失敗したらと思うと、自分ならば気が気じゃない筈だ。けれど、彼は実に堂々としている。
その姿を見て、フレデリカはかっこいいと思った。何度も何度も惚れ直して来て、それでも尚、気がつけば惚れ直している。彼女はうっとりと彼の勇姿を見つめ、そんな彼女に友人達は苦笑した。
「陣の中に入ると、少し体が重くなる。これは多量の魔力が閉鎖空間内で渦巻いている為だ。異常ではないから安心して欲しい」
アルヴィレオは今まさに体感している事を細やかに説明しながら儀式に入った。
「僕はアルヴィレオだ。どうか、この手を取って欲しい。共に過ごし、その未練を晴らす事を誓う」
その呼び掛けに応えたのは黄金の翼を持つ鳥だった。あまりの美しさに言葉をなくす生徒が多い中、彼はその鳥を迎え入れた。
「よろしく頼む」
黄金の鳥は美しく鳴いた。まるで唄声のようだ。
「綺麗だな。あれ、なんて名前の魔獣なんだ?」
「……分からない」
エレインの問いかけにフレデリカは首を横に振った。
あの鳥はゲームにもアルヴィレオの使い魔として登場していた。けれど、その詳細は不明なままだった。
それなりに魔獣関係の本は読んでいたのだけど、その中にもあの鳥の詳細は記されていなかった。
「召喚した使い魔には名前を付けるんだ」
そう説明しながら、アルヴィレオは初めて見る魔獣に臆した様子も見せず、自分の腕に止まらせた。黄金の鳥は嘴を数回カチカチさせると、その頬をアルヴィレオの頬に擦り付けた。
「君の名前はカリーンだ」
その名前もゲーム通りだった。由来は分からない。フレデリカは後で聞いてみようと思った。
「これで使い魔召喚の儀式は終わりだ。名を付けた時点から繋がりが生まれる。その繋がりを通じて、聴覚や視覚を共有する事が出来るし、その思いを受取る事も出来る」
カリーンはアルの手を離れて羽ばたいた。
「この儀式は霊王レムハザードが提供してくれた術式によって成り立っている。僕達は魔獣という驚異的な存在と敵対以外の関係性を模索するチャンスを与えてもらい、彼らは仮初の肉体を得る事で未練を晴らすチャンスを与えられる」
魔獣との共存。嘗て、それを訴える者がいた。けれど、それは夢物語に過ぎなかった。
使い魔召喚の儀式がその夢を現実に変えた。
敵対以外にあり得なかった魔獣との殺意を交えぬ触れ合いによって、人は魔獣の事を知る機会を与えられた。
「偉大なる霊王に感謝を捧げ、みんなも召喚の儀を執り行ってもらいたい」
そう締めくくると、再び舞い降りて来たカリーンを腕に乗せて、彼は光の陣を出た。
そのタイミングで監督生達が片手を挙げた。
「さあ、今から名前を呼ばれた者は順番に召喚陣の中に入って、召喚を行ってくれ」
いよいよだ。誰もが息を呑み、監督生が最初に読み上げる名前に耳を澄ませた。
「アリーシャ・ヴィンセント!」
「はーい!」
ヘミルトン寮の一番手はアリーシャだった。
彼女は踊るように召喚陣へ飛び込んでいった。そして、光の中で天に向かって手を伸ばした。
「来て、わたしの使い魔!」
アルヴィレオの手本と比べると、実にシンプルな呼び掛けだった。
その呼び掛けに応えたのは一匹の狼だった。
鮮やかな蒼い毛皮に、鋭い牙。それはポティファル大陸に生息している蒼炎の狼、エルムガリオスだ。
「わーお! モフモフだ! よろしくね、アクセル!」
予め決めていたらしい。アクセルと名付けられた狼はアリーシャの顔を大きな舌で舐めた。
涎だらけになって、アリーシャはケタケタと笑った。そして、「かわいい!」と抱きついた。
「さあさあ、気持ちはよく分かるが、次の人に召喚陣を譲ってやってくれ」
「はーい!」
「わおーん!」
監督生のジョナサンの言葉にアリーシャが返事をすると、アクセルも一緒になって返事をした。その姿にアリーシャの目はハートマークになった。召喚陣を出ると、全身で抱きつき、モフモフの海に溺れた。彼女はすっかりアクセルにメロメロだ。
「見た目はかっけぇけど、完全に犬だな」
「羨ましい」
「モフモフしたい」
「わたしも抱きしめたい」
「いいなぁ」
生徒達はアリーシャとアクセルの触れ合いを見て、より期待に胸を膨らませた。
「カーリー・イヴァン!」
「はい!」
次はカーリーだ。生真面目な彼女の呼び掛けにはどんな使い魔が答えるのだろうかとフレデリカは色々と想像を膨らませながら彼女の召喚を見守った。
「わたしの名前はカーリー・イヴァン! わたしと共に歩む事を臨んでくれるものよ、どうかわたしの手を取って欲しい。その未練を晴らす為に全力を尽くす事を誓う!」
彼女の呼び掛けに応えたのは大きな紫のサソリだった。外骨格の所々には金色の線が走っていて、アクセルとは対照的にすごくカッコ良かった。
恐らく、あれはパシュフル大陸の砂漠地帯に生息するシャザリオンだろうとフレデリカは推測した。その巨大なハサミは如何なる鉱石も両断し、その尾の毒は竜種を昏倒させる程だという。
「美しい……」
カーリーはシャザリオンを気に入ったようだ。そのハサミを恐れる事なく触り、その美しさに見惚れている。
「……あなたの名前はレース。よろしくね」
カーリーとレースが召喚陣を出ると、次はリン・イガリアの番だった。独特な感性の持ち主である彼女の使い魔にフレデリカは興味津々だ。
「来て」
アリーシャよりも更に短い呼び掛けだった。その呼び掛けに応えたのは大きな角を持つ鹿だった。毛皮が淡い光を発している。
「あなたはアストラル」
リンが名付けると、アストラルは静かに頷いた。
召喚陣を出ると、アストラルが踏んだ場所に花が咲き乱れた。
「森の母か!」
ザイリンが目を大きく見開きながら言った。
「森の母?」
「魔獣ではあるのだが、聖獣とも呼ばれている。森を生み出す存在だ。一説によれば、妖王ルミナスの眷属とも言われている」
「すごいのが来たね!?」
「妖王の眷属なんてびっくり!」
リンが召喚した使い魔に誰もが驚いている。それはフレデリカも例外ではなかった。
あの鹿が本当に森の母ならば、妖王の眷属どころではない。あれは妖王そのものだ。
ザラクのシナリオにおいて、ザラクは森の母と妖精の森で遭遇する事になる。
彼がその地を訪れたのは、そこに七英雄の一人、初代剣聖アギト・ミリガンの刀があったからだ。
その刀をアギトの義母たる妖精から授かった直後、森の母はザラクの前に現れた。そして、彼に使命を授けた。
―――― 『ジュラへ向かいなさい。そこであなたは運命と巡り合う』
ジュラとは、パシュフル大陸の北部に聳えるジュラマウンテンの事だ。
霊王の支配領域たる死霊楽園や竜王の支配領域である竜王山脈、そして、フィオレの大迷宮と並ぶ禁足地。四大魔境とも、氷神の山とも呼ばれている山。そこはザラクがメインヒロインと出会う場所でもある。
そのおかげで妖王ルミナスはカプ厨だとか、気ぶりおばさんだとか呼ばれていた。
「ザイリン・サリヴァン!」
「おっ、オレの番だな」
「ザイリン、がんばれー!」
「可愛いの召喚してね!」
「ちっちゃくてふわふわな子が似合いそう!」
「はいはい……」
ザイリンはフレデリカ達の要望に肩を竦めながら召喚陣に入って行った。
「我が名はザイリン! 来てくれ、オレの使い魔よ!」
その呼び掛けに応えたのは恐竜だった。
「ドラゴン?」
「でも、羽がないぞ?」
「ドレークじゃないかな?」
「ドレーク?」
ザイリンが喚び出した使い魔の正体にレネは心当たりがあるようだ。
「世界各地に生息している翼のない竜だよ。その特徴はなんと言っても、変身する事!」
「変身?」
「うん! ドレークは環境に応じて姿を変えるの! 雪国ならブルードレークになるし、火山地帯ならレッドドレイクになるんだよ。それに、使い魔になったドレークは主人からも影響を受けて変身する事があるんだって!」
「へぇ! じゃあ、あのドレークも変身するのかな?」
「ザイリンの影響を受けたドレークですか……」
フレデリカ達は思い思いに変身したドレークの姿を想像した。
いつもはニヒルな笑顔を浮かべているけれど、時々眼光が鋭くなるドレーク。
みんな、姿ではなく、表情の変化ばかり想像していた。
「うん。かっこよくなりそうだね」
「うんうん!」
「おっ、名付けるみたいだぜ!」
「かなり悩んだ見たいだね」
ザイリンはドレークにヴォルケインという厳つい名前を付けた。
「レナータ・ジョーンズ」
「はい!」
レナータと呼ばれ、レネが返事をした。
「レナータ……? え? レネだよね?」
アリーシャは目を丸くした。
「そういや、レネレネ言ってて、ちゃんと呼んだの最初の一回くらいだったかな」
「わたしはレネって呼ばれる方が好きだよ」
「なら問題無いな!」
別にレネが隠していたわけではなく、エレインがレネと愛称で呼び、それを周りが彼女の名前だと勘違いしていたパターンのようだ。
もしやと思っていた事が確証に変わり、フレデリカはすぐに納得したけれど、アリーシャは未だに放心状態だ。友達の名前を誤解していた事がショックだったのかもしれない。
「わたしはレナータ。おいで」
レネの呼び掛けに応えたのは白い蛇だった。
「よろしくね。アミリィ」
アミリィはシャーッと鳴きながらレネに絡みついた。
初対面では絆も何もあったものではないけれど、今のところ、使い魔はみんな大人しく召喚者に従っている。それは使い魔に確かな知性がある証拠だ。
この儀式は使い魔が持つ未練を晴らすためのものだ。その為に受肉する必要があり、受肉には召喚者という依代が必要となる。その事を理解しているからこそ、彼らは召喚者を襲わない。
「ローゼリンデ・ナイトハルト!」
ロゼの順番が回って来た。
「いってらっしゃい、ロゼ」
「がんばってね!」
「落ち着いてやれば大丈夫だろ」
「が、がんばります!」
ロゼは不安そうな表情を浮かべながら召喚陣に入って行った。
そして、頭上に巨大な眼が現れた。




