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第百三十五話『ヴィヴィアン王女のお茶会』

 ヴィヴィアン王女のお茶会は中央塔で最も格式高い茶会室である『青薔薇の間』で開かれた。

 絢爛な装飾に彩られた室内には色とりどりの花々が飾られている。その中で一際目を引いたのは鮮やかな青い花弁を持つ花だった。

 ブルーム・ラ・アザレア。

 それはヴィヴィアン王女が十歳の誕生日を迎えた日に献上された彼女の為の花だ。その花を献上したのは王都アザレアの西区に店舗を構える小さな花屋だった。

 その花は店主が趣味で作った花だった。ヴィヴィアンは母であるカトレアと共に教会へ赴き、その帰り際にその花を見初めた。

 それはまさに運命的な出会いだった。店主は新作の出来に満足して、店頭のイチオシ商品として並べようとしていた。その花をひと目見て気に入ったヴィヴィアンは母に珍しく買って欲しいとおねだりをした。普段、我儘など殆ど言わないヴィヴィアンのおねだりにカトレアは嬉しくなり、二つ返事で購入を決意した。そして、店主はあろう事か二人の立場に気づかず、アガリア王国で流通している貨幣の中で一番下の硬貨五枚で売ろうとした。まだ値段をつける前で、自分の自慢の逸品を気に入ってくれたヴィヴィアンに彼は大層気を良くしていた。

 実はその日の彼女の教会訪問の理由は奉仕活動であり、参加した子供達には祝福された硬貨を五枚ずつ配られていた。それは教会が子供達に労働と対価、そして、お金の意味を教える為に行っている催しだったのだ。

 店主はヴィヴィアンが教会の方向からやって来た事から、その催しの参加者に違いないと考えた。

 教会は子供達にお金を得る方法と意味を教えた。ならば、大人としてお金の使い方を教えてあげる事はとても大切な事だと考えた。

 ヴィヴィアンは硬貨五枚という言葉にハッとした表情を浮かべ、慌てて首から下げていた小袋の中身をひっくり返した。そこにある五枚の硬貨を店主に差し出した。


 ―――― そのお花をください!

 ―――― はい、どうぞ!


 そのやり取りは多くの人に見られていた。

 アガリア王国の第一王女の初めての買い物。その意味を店主が悟ったのは少し後の事だった。

 隣の肉屋のおかみさんに頭を叩かれ、向かい側にある魚屋の店主から状況を説明され、みんなから尻を叩かれて王城へ向かった。そして、事情を既に把握していたネルギウス王の計らいによって、ブルーム・ラ・アザレアはヴィヴィアンへの献上品という事になった。

 その花屋は今も変わらず小さな店舗のまま、王都の片隅にあり続けている。王女への献上品であるにも関わらず、その価格は硬貨五枚のままだ。

 初めての労働の対価で初めて買う物として、ブルーム・ラ・アザレアは王国の多くの子供達から大きな愛を注がれ続けている。そこに貴族と平民の境目はなく、王女が愛し、子供達が愛するブルーム・ラ・アザレアはお茶会に招かれた生徒達の緊張を解した。


「みんな、よく来てくれたわね」


 ヴィヴィアンの挨拶をフレデリカも招待客として聞いていた。

 彼女の仕事はあくまでもお茶会の準備だからだ。彼女以外の準備に携わった生徒達も今はそれぞれの寮姉と共に席に座っている。


「まずはこのお茶会の準備をしてくれた子達に感謝の言葉を送るわ」


 彼女はフレデリカや準備に携わった生徒達を順番に見つめながら言った。


「このオリエンテーションの目的は二つ。一つはアザレア学園を知ってもらう事」


 彼女の言葉と共に精霊達が空中を舞い、空に無数の映像を映し出した。

 そこには寮姉兄の為に料理に挑戦する生徒の姿があり、寮姉兄の後ろを必死に追いかける生徒の姿があり、寮姉兄の仕事を手伝う生徒の姿があり、寮姉兄から何かを学ぶ生徒の姿があった。

 始まりの一週間は長いようで短く、その時間を懸命に過ごした生徒にこそ大きな意味を齎していた。

 それは自分の意思で何かを決める事であり、自分の意思で動く事であり、誰かの為に考える事だった。

 

「もう一つはアザレア学園で過ごす為に必要な事を知るため。自らの意思で動けない者に学園はあまり優しくないのだから」


 その事を実感していない者はいなかった。自ら歩き出す者と踏み出す事を恐れる者との距離は離れていく一方であり、その恐怖は筆舌に尽くしがたいものだった。


「あなた達はアザレア学園での第一歩を踏み出した。その為に振り絞った勇気はあなた達の行く末を照らす光となるわ」


 そう言うと、彼女は優しく微笑んだ。


「よく頑張ったわね。オリエンテーション、おつかれさま」


 その言葉を聞いた途端、生徒達は深々と息を吐いた。

 オリエンテーションという一つの山場を乗り越える事が出来た。

 これは始まりに過ぎないのだと分かっていても、一段落した事にホッとしてしまう。

 そんな彼らの気持ちを理解して、ヴィヴィアンはクスリと微笑み、一拍の時間を与えた。


「……それじゃあ、これからの事を話すわね」


 ヴィヴィアンが再び話し始めると、空気が引き締まった。


「明日、使い魔召喚の儀式が行われるわ」


 その言葉によって、空気が浮つき始めた。

 使い魔召喚の儀式。それは多くの新入生にとって、もっとも待ち望んでいたものだ。

 その思いは入学前からあったものだけど、更に焚き付けたのは毎朝の手紙の配達だ。手紙を届けてくれる使い魔達を見て、自分の使い魔が欲しいという思いを更に燃え上がらせた。


「儀式はこのアガリア塔の側にある広場で行われるわ」


 そう言うと、ヴィヴィアンは指をパチンと鳴らした。すると、天井から青く輝く宝石が落ちてきた。それはよく見ると生き物だった。ブルー・プラネットと呼ばれる鉱石と非常に似通った性質を持つ鉱石に覆われた六本足の魔獣、ディブラリアだ。

 

「わたしの使い魔よ」


 そのあまりの美しさに見惚れている生徒達にヴィヴィアンは言った。


「この子はブリュートナギレスを棲家にしていた子。そして、他種族との縄張り争いで命を落とした子」


 ディブラリアは軽やかに空中を蹴り、大広間を駆け回った。その六本の足が宙を蹴る度に青い光が弾け、その幻想的な光景に誰もが息を呑んだ。


「死霊に仮初の肉体を与えて使役する。霊王レムハザードが考案した反魂の魔法。それが明日の儀式で使われる魔法なの」

「は、反魂……?」

「それって、死者の蘇生……?」

「でも、死者蘇生の魔法は存在しないって家庭教師(チューター)が……」


 ヴィヴィアンの言葉はあまりにも衝撃的過ぎた。

 死者蘇生の魔法は存在しない。それがあらゆる魔導書で共通している記述の一つだ。

 

「そうよ。死者蘇生の魔法は存在しない。言ったでしょ? 仮初の肉体を与えて使役すると」


 ヴィヴィアンはディブラリアの胴体に触れながら言った。


「この肉体を形作っているのは物質化した魔力。魂が宿す肉体の情報を(もと)にエーテル体を生み出す霊王の御業。その術式は人智を超えている。お父様や叔父様でさえ、その術理を解明するに至っていない。そういうものを使って、明日の儀式は執り行われるわ」


 その言葉の意味を真に理解出来た者など殆どいない。

 それでも、使い魔召喚の儀式に使われる魔法が如何に得体の知れないものなのかは全員に伝わっていた。


「儀式中に悪巫山戯をしたり、面倒だからと適当にやったら、想像を絶する恐ろしい事態になりかねない事を理解しておきなさい」


 誰もが神妙な面持ちを浮かべた。その中にはフレデリカもいた。

 彼女は霊王レムハザードの事を考えた。

 パシュフル大陸の中央に広がるルテシアン連邦国の北西に位置する死霊楽園を支配領域としている七王の一画。

 その姿は黄金の髪の少女。

 あまねく死霊は彼女に傅き、幸福を与えられる。そこに在る事以上の絶頂はなく、故にこそ、死霊楽園は死霊にとっての楽園であり、そこからはみ出すものは滅多にいない。

 ゲームにおいて、彼女は『ザラクの冒険』で巡り合う事になる。七大魔王の屍叉(ししゃ)ジュドの魔鎌(まれん)の真価を引き出す為に死霊楽園を訪れたザラクと旅の仲間達の前に彼女は現れる。そこで彼女はザラクに試練を課し、一つの予言を与える。彼女とはその後、風王バイフーと出会うストーリーで助言を請いに行くシーンがある。

 ザラクは壮絶な過去とは裏腹に、底抜けに明るく、いつも不敵な笑みを浮かべ、自分のやりたい事に正直な少年だ。けれど、どこか冷めた部分もあり、人の本質を見抜く力を持っていた。彼は信じるべきものを信じる事が出来て、騙される事のない人物だ。

 そんな彼が信頼を寄せるレムハザードは悪しき存在では無いのだろうとフレデリカは考えている。

 そう考えると、使い魔召喚の儀式の魔法自体に問題は無いのだろう。ただ、扱い方を間違えると危険だというだけの事だ。それは魔法に限らず、包丁にも同じ事を言える。浮かれ過ぎずに真面目に取り組むべきだという事だ。


「使い魔召喚の儀式が終わったら、いよいよ授業が始まるわ。三年生までは共通のカリキュラムよ。その後は進路によって変わってくるわ。王宮の文官となる者には高度な知識が求められるし、騎士となる者には武芸が求められる。自分がなりたいものをしっかりと見据え、準備を怠らないようにね」


 それから二言三言話した後、ヴィヴィアンは再び労いの言葉を新入生達に掛けて席に腰掛けた。

 団欒(だんらん)の時間が始まり、彼女は改めて周囲を見回した。

 フレデリカはエレインやアリーシャ達とお菓子を勧め合っている。色々と心配していたのだけど、彼女は見事にオリエンテーションの最終課題をやり遂げてみせた。

 自分で動くのではなく、周りを動かして一つの仕事をやり遂げる。それは慣れない者にとって、非常に難しいものだ。

 彼女は次期王妃という立場であり、非協力的な態度を取るものなど早々いない。それでも、一日という僅かなタイムリミットの中で成功を収める為には多くの人間のより積極的な協力姿勢が必要だった筈だ。

 フレデリカの手足として動き回っていた彼女達は幾人かを除いて、みんなが必死になっていた。

 それは誰の為だったのか?

 自分の為ならば、必死になる必要などなかった。言われた事を言われたままにこなしていけば十分だった。むしろ、言われていない事までやろうとすれば自身の評価を落とす可能性まである。

 だから、すべてはフレデリカの為だった。一人一人が彼女の最終課題の成功の為に自ら思考し、自ら行動した。だからこそ、このお茶会はフレデリカの初期構想以上のものになった。

 そこに下心を持つ者もいた事だろう。けれど、そうではない者もたくさんいた。


「……あの子は大丈夫そうね」


 一人だったら心配だった。けれど、あの子は一人ではない。

 友達が支えてくれる。その心強さをヴィヴィアンはよく知っていた。

 だからこそ、彼女の視線はフレデリカからアルヴィレオに移った。


「問題はあっちね……」


 アルヴィレオはバレットやヴォルフとばかり話している。他の生徒達と話す時は相手を完全に萎縮させていた。

 フレデリカの事となると感情豊かになる子なのだけど、それ以外の事となると相変わらずだ。

 賢王でさえも読み切れなかったポーカーフェイス。笑顔を浮かべていても、どうにも感情を読み取る事が出来ない。

 ただ、それが良くないというわけでもない。アルヴィレオにはフレデリカのような不安定さが無く、むしろ安定している。そして、いずれ王となる者として、やたらと感情を振りまく事はむしろマイナスなのだ。

 だから、これはあくまでも姉としての心配だ。弟にちゃんと側近以外の友達が出来るのかどうか、ヴィヴィアンは少し不安だった。

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