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第百三十四話『真の難題』

 カーリー達が運んで来た紅茶と菓子をそれぞれ口に運び、自己紹介も兼ねた少しの談笑を交えた後、すぐにわたしは本題へと話題を移した。あまり、時間的な猶予が無い為だ。


「明日、ヴィヴィアン王女殿下のお茶会が開かれます。その準備をわたくしは仰せつかりました。ここにお招きした皆様にはその手伝いをして頂きます」


 驚いたり、嫌がる子は居なかった。


「フリッカ様! わたし、アガリア式のお茶会って、これが初めてなんだけど、何すればいいの?」


 シャシャが良い質問をしてくれた。


「まずは招待状の配布ね。今もヘミルトン寮のみんなにがんばって準備してもらっているから、それを各寮の新入生の寮姉兄(りょうしけい)に配って欲しいの。本人とその寮弟妹(りょうていまい)の分を」

「メッセンジャーって事?」

「それだけじゃないわ。仮に全員が参加を表明した場合、三百人を超える事になるもの。会場の準備には人手がたくさん必要よ。貴女達には自分達の寮で協力者を募ってもらいたいの。あまり多くても困るのだけど、一つの寮につき五人くらいに声を掛けてちょうだい」

「なるほどー」

「会場の準備って、何やるのー?」


 今度はキャロラインが良い質問をしてくれた。

 彼女達の場合、かしこまった言い回しや遠慮などが混じらず、話がとてもスムーズに進む。

 

「作業自体は単純なものです。ヴィヴィアン王女の花とも言うべきブルーム・ラザレアをメインに据えて花々を飾り、菓子や茶器を運び入れる」

「それだけ?」

「それだけです。ただ、時間的猶予が無く、量も多いので人海戦術が必要になるのです」

「なるほどー」

「これ、手紙とかじゃダメだったの? ぶっちゃけ、このお茶会する意味あった?」

「おい、貴様ら! いい加減にしろ! さっきから聞いていればフレデリカ様に対して無礼にも程があるぞ!」


 シャシャの疑問にわたしが答える前にイザベルが怒ってしまった。


「イザベル。()いのです」

「で、ですが!」

「疑問を感じる事は悪ではありません。そして、それが貴女に対する答えでもあるわ、シャシャ」

「……どゆこと?」

「そのままの意味ですよ。こうして面と向かって話していれば、疑問を感じた時、すぐに答えられるでしょう? 必要な事を必要な分だけ手紙に(したた)めて送るだけでは出来ない事です」

「えー? でも、手紙を出してくれたらそもそも……」

「その場合は別の疑問を抱いた事でしょうね。あまりにも不躾ではないかと」

「それは……」

「それに、貴女は言ったわね。アガリア式のお茶会は初めてだと」

「う、うん」

「それは貴女だけに限らないわ。こうして、アガリア式のお茶会の様式を見せたかったのよ。ルミリアやキャロラインにも。もちろん、貴女にも」

「……なるほど」

「それと、イザベル」

「ひゃ、ひゃい!」


 イザベルは青褪めていた。どうやら、余計な事をしたと思っているようだ。


()いと言ったのはこの場での事です。別の所で同じような振る舞いをするようならばしっかりと叱責をして下さい」

「ええ!?」

「なんで!?」

「要らぬ軋轢を生むからです。貴女達だって、険悪な雰囲気の中で学園生活を送りたいわけではないでしょう?」

「べっつにー?」

「どうでもいいけどー?」

「……日常的に誰かに睨まれたり、負の感情を向け続けられる事になれば、誰であろうとも心を病むものです」

「そういう事をする方が問題なんじゃないのー?」

「変えるべきはそっちだと思うなー」

「無論、そうなれば双方を(たしな)める事になるでしょう。ですが、わたくしが話しているのはその一つ手前の事です。貴女達が奔放に振る舞うならば、それに対して悪感情を抱く者も現れる。そうなったら……」

「なったら?」

「なんなのー?」

「……楽しくなくなってしまいます」


 わたしの言葉に二人はポカンとした表情を浮かべた。だけど、本音だ。


「ここはアザレア学園です。学ぶ事が多く、厳しく律すられる事も多々あるでしょう。それでも、学友と友好を深めたり、クラブ活動に精を出したり、恋をしたり、楽しい事もたくさんあると思うのです。そして、わたくしは貴女達にアザレア学園を楽しんで欲しいのです。お友達ですから」

「……ずるいなぁ」

「そういう言い方されちゃったら……」


 二人は渋々と言った様子ながらも納得してくれた。


「……では、話を戻しましょう。ロゼ、準備の進捗状況はどうですか?」

「は、はい! 招待状の作成、完了致しました!」


 丁度良くロゼがリンとマリーと共に白百合の間に入って来た。

 三人共、おっとりしている部分はあるものの、生真面目で頑張り屋だ。

 公平でありたいとは思っているものの、仕事を割り振る上で、どうしても信頼に重きを置く事になる。そうなると、カーリーやロゼ達に重要な仕事を偏らせがちになってしまう。あまり負担を掛け過ぎないように気をつけよう。


「アミエスの庭園の手配も終わりました!」

「洋菓子の手配も終わりました!」


 準備は万端というわけだ。三人が持って来た招待状をエレイン達がそれぞれ案内して来た子達に配っていく。

 口で説明しただけなのに、みんなそつなくこなしてくれている。これはかなり凄い事だと思う。

 わたしは専門的な教育を長年に渡って受けて来た。それでも不安が募り、いつもいっぱいいっぱいだ。だけど、みんなは違う。どうしたら、彼女達のようになれるのだろう? そんな事を考えてしまう。

 手本にならないといけない立場なのに、手本とするべき人が多くて、教わる立場に甘んじそうになる。


「それでは皆さん」


 立ち上がりながら意識を切り替える。

 すぐにウジウジと悩んでしまう点も直すべき欠点だ。


「頑張りましょう!」

「おう!」

「おー!」

「はい!」

「がんばります!」

「はっ!」


 みんな、威勢の良い声で返事をしてくれた。


「ありがとうございます」


 みんなは凄い。そんな凄いみんなが力を貸してくれる。その事がわたしに勇気をくれる。

 

 ◆


 ヴィヴィアンのお茶会の準備は急ピッチで進められた。

 白百合の間でのお茶会は手短に終わったとは言え、猶予は半日を切っていたからだ。

 フレデリカ・ヴァレンタインは全体をよく見渡せていた。それは密かに魔王の権能を行使していたからであり、アイリーンとミレーユ、そして、ライから念話によって情報を逐次齎されたからでもあり、そして、それ以上に一生懸命頑張ったからだ。

 その頑張りを誰もが理解出来るわけではなかった。指示ばかりで自分はほとんど動かないと陰口を囁く者もいた。けれど、理解出来る者も多かった。

 貴族の家の子の中には既に人を束ね、指示を下す経験を積まされている子も多かったからだ。その苦労を知っているからこそ、初対面にも等しい同世代の人間に指示を下す難しさを理解している。そして、理解出来る者ほど能力が高く、フレデリカも信頼を深めていく。

 第一王女のお茶会という一大イベントを一日という短過ぎる期限の中で成功に導かなければならないという、度が過ぎる程の難題がフレデリカに課せられた理由がそれだった。


「流石でございますな、陛下」

『それは彼女に対して言うべきものだ』


 第一王女のお茶会はフレデリカだけではなく、アザレア学園や王家としても大きな意味を持つ。

 アザレア学園の学園長であるエラルド・ライゼルシュタインはお茶会の準備の進捗状況を逐一確認して、専用の魔法具で王家に報告を行っていた。


『本当はもう少しゆとりを持たせてあげたかったのだがな……』


 フレデリカの課題をこうまで難しいものにする事はネルギウス王にとって、本意ではなかった。

 彼女はすでに優れた能力を持っている。そして、人格も申し分なく、順調に友を増やしていっていた。あのキャロライン・スティルマグナスを御して見せたと報告を受けた時は思わず笑ってしまった程だ。その時点で彼女は賢王である彼の予想を上回ってみせたからだ。彼の予想ではもう少し時間が掛かるものだと踏んでいた。

 アルヴィレオとの関係も良好であり、むしろ、良好過ぎて在学中に孫が生まれないか心配になる程だ。ちなみに彼の脳内では既に孫の名前が七十八個も浮かんでいる。賢王にしては少なく感じるが、吟味に吟味を重ねた結果の七十八個なのである。


「ミリアル・レーゼルフォンの一件でございますな」

『そうだ。ヴィヴィの対応は少々まずかった。フレデリカは己の選択を誤りだったのだと認識してしまっている。ミリアルに寄り添う気持ちが足りていなかったのだとな』

「次期王妃様は実に慈悲深い性格であらせられるようですな」

『過剰にな。事情があったにせよ、己に対して虐待紛いな事をした者に対しても愛と慈しみの心を向ける子だ。このままでは自分に敵対する全ての者に寄り添おうとしてしまうだろう。それが良き方向に向かう事もあるだろうが……』

「破綻は目に見えておりますな」

『……ああ。ヴィヴィからの報告によれば、得難き側近を得られたと聞くがそれでもな。あの子には取捨選択というものを覚えさせなけれならない』


 フレデリカならば、この難題もクリア出来るだろうという確信はあった。だが、その為には八方美人では居られなくなるだろう事も分かっていた。それでは時間が足りなくなるからだ。

 最高率で人を動かす為に必要な人員の取捨選択の強制。それこそが本当の意味での彼女に対する難題だった。


「今は差し迫る状況への対処の為に意識が逸れておりますが、いずれは自分の選択の意味を悟るでしょうな」

『あの子は敏い。その選択こそが必要であり、重要である事を悟るだろう』

「随分な荒療治ですな。あまりにも酷では?」

『あの子が特別をアルヴィレオ以外に知らぬままであれば別の道を考えていた。だが、あの子は魔王の力という大きな秘密を打ち明けられる特別を得た。友達の存在というものは存外、大きなものだ。友情は時に愛情を上回る』

「……その通りですな」


 それはエラルドにとっても身に覚えのある事だった。

 真に絆を結んだ友の存在は暗黒の中の光となり得る。

 それは縋るべき相手ではないからだ。導いてもらう相手でもないからだ。

 情けない所を見せたくない。見栄を張りたい。だからこそ、立ち上がる事が出来る。


「友達とは対等でいたいものですからな」

『そういう事だ』

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