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第百三十一話『お茶会の準備』

 白百合の間は歴代のアガリア王妃が個人的なお茶会を開く為に使われて来た由緒正しいお茶会室だ。広さは食堂の半分くらいで、比較的コンパクトながらも調度品は一つ一つが国宝級の物で揃えられている。天井には創造神バルサーラを称える7つの絵が描かれていて、そこから大きくて絢爛なシャンデリアが3つ吊り下げられている。

 壁は白一色に見えて、よく見ると木々や花、動物が僅かなおうとつによって描かれている。

 お茶会のセッティングの為にフレデリカに連れて来られた少女達はその部屋に侵し難い神聖さを感じ取り、すっかり萎縮してしまっている。平民であるティナとルーシーだけではなく、貴族であるリンとカーリー、マリー、サーシャ、フェイト、ジャクリーン、ヴィクトリアまでもがだ。

 むしろ、貴族である彼女達の方がその部屋に踏み込む事を恐れている。なにしろ、調度品一つ一つの価値に気付けてしまうからだ。もしも、どれか一つに傷でもつけようものならば、その弁済の為だけに家が傾く事になる。


「そこでジッとしていたら間に合わなくなりますよ?」


 そんな彼女達に対して、フレデリカは容赦がなかった。

 ヘミルトン寮には他にも一年生の女生徒がいる。その中で彼女達を選んだのはオリエンテーションの結果が芳しくない為だ。

 リン・イガリアは独特な感性の持ち主で、寮姉とのコミュニケーションが上手くいっていなかった。カーリーは頭が硬く、融通が効かない。マリーはおっとりとし過ぎていて、あらゆる行動が遅い。サーシャはサボり癖がある。フェイトはいつもぼんやりとしていて、人の話を聞き流す事がある。ジャクリーンは傲慢さがあり、他者を見下す傾向にある。ヴィクトリアは一つ一つの事柄に対して、思考を巡らせ過ぎる。

 それぞれがそれぞれの問題を抱えている。けれど、サボリ癖のあるサーシャ以外は改善の余地が大いにあるとフレデリカは考えた。サーシャにしても、これから矯正していく事は可能な筈だ。これはその為に彼女達へ与える試練だ。

 失敗が許されない。彼女達はそう感じている。その緊張感が彼女達には必要だ。


「リンとカーリー、ティナ、ルーシーは床を掃き清めてください。マリーとサーシャ、フェイトはテーブルと椅子の移動を。一番大きいテーブルをそちらのシャンデリアの下へ。椅子はゲストの数とわたくしの分を。ジャクリーンは調度品の埃を払ってください。ヴィクトリアは茶器やケーキスタンド、食器の準備を」


 指示を飛ばすと、ジャクリーンが不満そうな表情を浮かべたものの、全員がすぐに行動を開始した。性格に難がある子も次期王妃の指示に逆らう程の反骨精神はさすがに持ち合わせていない。気が進まないようだけど、ジャクリーンは調度品の価値を理解している者の一人である為、極めて丁寧かつ慎重に埃を払ってくれている。

 彼女達が失敗しても、それは指示を出したフレデリカの失敗だ。だから、彼女達が弁済する羽目になったりはしない。けれど、その事は黙っておく。


「急がないと昼食を食べられませんよ」


 彼女達の仕事振りを見ながら所々で口を挟む。

 ついつい手を出したくなるけれど、それでは課題の趣旨に反するし、彼女達の為にならない。

 フレデリカは必死に自制を働かせた。


「フ、フリッカちゃん! 持ってきました!」


 そこに両手いっぱいに花を抱えたロゼが入って来た。両腕にも袋に入った花がたっぷり入っている。


「ありがとう、ロゼ! じゃあ、その花を花瓶に生けてくれる? どの花瓶にどの花を生けるかは任せるから」

「はい!」


 ロゼは持ってきた花をせっせと花瓶に生け始めた。そして、そのセンスにフレデリカは舌を巻いた。中央の花瓶には月の花をメインに、他の花はそれを最大限に引き立てる生け方をしている。壁際の花瓶には主張し過ぎない花を生け、その時の調度品の扱いにも慣れを感じさせるものがあった。

 フレデリカはアガリアの全ての貴族の家名を頭に入れている。けれど、ナイトハルト家という家名は聞いた事が無かった。だから、てっきり貴族ではないのだと思い込んでいた。けれど、調度品の扱い方や茶会の花の生け方は一長一短で身につくものではなく、誰もが学べる事ではない。いずれ、彼女の家の事を聞いてみようと思った。

 

「おっと」


 突然、ロゼの体が強張り、花瓶が倒れそうになった。

 咄嗟に魔王再演でロゼと花瓶を受け止めると、彼女の近くにいたジャクリーンがポカンとした表情を浮かべた。


「大丈夫ですか? ロゼ」


 魔王の見えざる手でロゼと花瓶の態勢を整えさせながら問いかけると、ロゼも目を丸くしていた。


「……今の、フリッカちゃんなの?」

「ええ、魔力を操作して受け止めたの。それより、大丈夫?」

「う、うん」

「じゃあ、続きをお願いね」

「はい!」


 ロゼは気を取り直してくれた。だけど、他の子達はそうもいかなかった。

 無詠唱の魔力操作はそれなりに高度な技術だから、驚いているのだろう。


「さあさあ、手を止めないで」


 手をパンパン叩きながらフレデリカは彼女達を仕事に戻らせた。

 次期王妃たる者、この程度の事は出来て当然だと思わせる。実際は魔王再演によるインチキなのだけど、それは説明出来ないし、する必要もない。次期王妃として、他人よりも秀でている部分をしっかりとアピールしていく事はとても重要だからだ。それがカリスマとなり、王家を支える力になる。


「フレデリカ様! お茶菓子をお持ち致しました!」


 ルイズとプリシラが精霊を伴ってお茶菓子を運び込んで来た。

 この二人は要領がとても良い。ロゼにも精霊を頼る選択をして欲しかった。

 彼女達はお茶菓子と共に、当然の如く紅茶の準備もしてくれていた。そして、言われずともケーキスタンドや食器にお菓子を盛り付け、精霊に時間まで埃が被ったり、乾燥したりしないように結界を張るように頼んでくれた。

 敢えて、最初は大雑把な指示を出し、その対応を見ながら細かな指示を出していく方式を取っていたのだけど、彼女達に対しては最初の指示だけで十分だったらしい。

 ルイズ・アリステア子爵令嬢とプリシラ・エーネクラウン伯爵令嬢。彼女達は今後も長く付き合って行く事になりそうだ。

 残酷だけど、この学園のシステム上、今の同級生全員と一緒に卒業する事は不可能だ。座れる席には限りがあり、だからこそ競争が生まれ、より卓越した者が国家の運営に携わる事になる。

 フレデリカの側近になる者はフレデリカが選ぶ事になるけれど、それ以外の者の未来を決める事は出来ない。そして、フレデリカが現時点で側近にする事を決めている相手はエレイン・ロットだけだった。

 決して、エレイン以外を軽んじているわけではない。ただ、彼女の場合は既に外堀が埋まり切ってしまっている為だ。なにしろ、公衆の面前で彼女は皇太子であるアルヴィレオと第一王女であるヴィヴィアンからお墨付きを貰ってしまったからだ。


 ―――― 貴女、凄く良いわね。気に入ったわ。これからもフリッカと仲良くしてあげてちょうだいね。


 ―――― 君のような人がフリッカの傍に居てくれて、本当に嬉しいよ。ただ、今宵だけはフリッカを僕に貸して欲しい。


 二人に名前を覚えられた上で、フレデリカの傍に居る事を認められたのだ。それは未来のフレデリカの側近として、半ば内定を下されたも同然の事だった。

 もっとも、そうでなくともフレデリカに彼女を側近にしない選択肢など無かった。彼女の前で魔王再臨を使った時、心に決めていたからだ。

 彼女が欲しい。

 あるいは、アルヴィレオに恋をしていなければ、フレデリカは彼女に恋をしていたかもしれない。それほどまでに強く求めた相手だからこそ、最大の秘密を明かしたのだ。

 側近の席も無限ではない。一つが埋まっている以上、取り立てる事が出来る人数も更に限られている。

 だからこそ、彼女達が他の道を選べるように手を貸している。今は関係が浅くとも、一度出来た縁を軽んじる事はしたくない。彼女達にはより良い未来を歩んで欲しい。だからこそ、気が進まずとも叱責を飛ばし、命令を下す。

 

「マリーとフェイトはもっとテキパキと動きなさい。サーシャ、食器の置き方はそれでいいと思う? ヴィクトリア、それは汚れではなく、経年劣化による破損です」


 マリーとフェイトはおっとりしているけれど素直だ。ヴィクトリアも少し恥ずかしそうにしながら直ぐに別の作業へ移っていく。対して、サーシャは不満そうな表情を浮かべながら渋々といった様子でテーブルのセッティングをやり直している。けれど、今度は完璧なセッティングになっている。

 能力はある。ただ、やる気がない。だから、挑発的な事を言って、ムッとさせる事が効果的だ。とは言っても、そういう対応ばかりではやる気を更に失わせてしまう。

 難しい。彼女の事をもっと良く知っていけば、他のやり方を模索出来るかもしれないけれど、それには時間が掛かる。


「サーシャ! 何よ、さっきから!」

「な、なによ!?」


 思考に耽りかけているとカーリーが声を荒げた。


「やる気がないなら出ていきなさいよ! 折角フレデリカ様に御指名頂いたのに、不満そうな顔をして!」

「やってるじゃない! ちゃんとやってるのに、なんでそんな事を言われなきゃいけないのよ!?」


 しくじった。サーシャに不満を抱かせた事で、真面目な性格のカーリーが怒ってしまった。

 判断ミスだ。急ぎ過ぎた。サーシャのやる気はゆっくり時間を掛けて出させるべきだった。

 兎にも角にも、まずは二人を落ち着かせる必要がある。彼女達の喧嘩で全員の手が止まってしまった。これではお茶会の準備も間に合わなくなる。そうなると、真面目に取り組んでくれたロゼ達に申し訳が立たない。

 フレデリカは手を大きく叩いた。音が響く手の叩き方は場の空気を切り替える手段の一つとして、公爵領でシェリーに教わった技術だ。

 二人は驚いて口論を止めた。


「二人共、喧嘩はお()しなさい」

「も、申し訳ございません! フレデリカ様!」

「申し訳ございません……」


 カーリーはすっかり青褪めてしまっている。


「カーリー。あなたが一生懸命にやってくれている事は分かっています。ありがとう」

「……フレデリカ様」


 泣きそうになっている彼女の涙をハンカチで拭ってあげると、更に涙が溢れ出してしまったけれど、彼女は自分の服の袖でゴシゴシと拭い、「申し訳ございませんでした! 作業に戻ります!」と自分の作業に戻っていった。

 残されたサーシャは気まずそうだ。


「サーシャ」

「……はい」

「このお茶会はヴィヴィアン王女殿下が新入生を歓迎する為のお茶会の準備の為のものです。その意味を考えて、作業を続けてくださいね」

「はい……」


 甘い言葉で場を濁す事も出来る。だけど、それでは何も変わらない。

 追い詰める形になってしまうけれど、ここは心を鬼にして厳しく接するべきだろう。

 そうしなければ、別の場所で同じような失敗を重ねてしまう。その方が可哀想だ。

 フレデリカが許す事が出来るのは、フレデリカの前でだけなのだから。

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