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第百三十話『最終課題』

 オリエンテーションもいよいよ大詰め。寮妹としての仕事にも大分慣れて来たけれど、今日はクライマックスに相応しい大仕事が待っている。

 ヴィヴィアンのお茶会。

 第一王女である彼女が主催となるお茶会の準備、それがオリエンテーションの最終課題だ。


「……猶予は一日」


 わたしが自らの権限をフルに活用すれば、一日でも王女様に相応しいお茶会をプロデュースする事が出来る。だけど、今回はわたしの権限を大きく制限されている。会場の確保や茶菓子の用意に至るまで、全てを他の一年生の女生徒達に指示を出して準備しなければならない。

 ヘミルトン寮の女生徒だけならまだしも、他寮の女生徒にも指示を出すとなると一筋縄ではいかなくなる。けれど、泣き言を言っている暇はない。お茶会には全ての寮の生徒が招かれる。ヘミルトン寮の人間だけでは手が行き届かない。

 打つ手が無いわけでも無い。まずは動こう。

 わたしがこの学園に来てから交流を結んだ相手はへミルトン寮に偏っているけれど、入学前の夜会で顔合わせを行った人達は各寮に散らばっている。彼らの助力を得て、それぞれの寮の生徒達をまとめ上げる。それが最終課題における、第一の試練だ。


「アリーシャはリード寮のイザベルとエルフラン・ウィオルネの下へ、イレーナはサリヴァン寮のルミリア・レントケリオンの下へ、レイチェルはリエン寮のアメリア・イスルトとシャシャ・シーライル・ウルクティンの下へ、レネはアガリア寮のレイラ・アカイラムの下へ、ヘイゼルはレッドフィールド寮のミーシャ・カステルの下へ、エレインはミリガン寮のセシリア・ウィスコンティーと……、キャロライン・スティルマグナスの下へ、それぞれ手紙を持っていって」

「ア、アイツにも渡すのか?」


 みんなが色よく返事をしてくれる中でエレインだけが顔を引きつらせている。


「彼女には必要な経験だと思うの」

「……まあ、従うけどよ」


 エレインは気が進まなそうだ。キャロラインの危険性を良く知っているからこそだろう。


「お願い、エレイン」

「へいへい」


 彼女達に持たせたのは招待状だ。

 お茶会を開くための作戦会議はお茶会で行う。

 それが貴族社会の作法だ。


「ロゼ、アガリア寮の西側にラエンハイエルの花園という場所があるんだけど、そこで花を貰って来てくれる? わたくしの名前と用途を話せば見繕ってくれる筈だから」

「は、はい!」


 ザイリンを頼れれば色々と楽なのだけど、彼は男子生徒だ。男子はアルの最終課題に駆り出されている。

 わたしの課題であるヴィヴィアンのお茶会はオリエンテーションのラストを飾る催し物であり、アルの課題はその後の為のもの。使い魔喚の儀式の段取りを整える事だ。

 

「ルイズとプリシラは茶菓子の準備をお願い。ゲストの好みを書いたメモを渡すので、参考にしてください」

「はい!」

「かしこまりました!」

「リンとカーリー、ティナ、ルーシー、マリー、サーシャ、フェイト、ジャクリーン、ヴィクトリアはわたくしと共に白百合の間を茶会用に改装を」


 各々の返事を聞きながら、オリエンテーションの二日目に同寮のみんなと挨拶をする機会を得られた事は行幸だったと改めて思った。

 一応、その前から全員の顔と名前は覚えていたけれど、わたしが一方的に彼らを知っている状態はあまり健全とは言えない。あの時はまさに渡りに船だった。おかげで課題のスタートダッシュをスムーズに切る事が出来た。

 

 ◆


 イザベル・アイニーレインは胸を踊らせながらサリヴァン寮を飛び出した。

 次期王妃フレデリカ・ヴァレンタインからの招待状が届いたからだ。

 一般生徒のオリエンテーションの最終課題。それは『ヴィヴィアン王女殿下のお茶会への出席』だ。

 同寮の生徒達の中には、この課題を自分達へのご褒美か何かだと勘違いしている者もいた。

 嘆かわしいにも程がある。あまりにも短絡的な思考だ。彼らは最終課題どころか、このオリエンテーションの意味を勘違いしている。

 アザレア学園の教育カリキュラムは既にスタートしている。

 オリエンテーションも教育の一部なのだ。寮姉や寮兄という、見ず知らずの他人の為に労働を行う。その行為によって育まれるべきものは何か? それは自主性や献身の心だけではない。その一歩先にあるものこそが重要なのだ。

 答えはコミュニケーション能力。

 王女殿下のお茶会に参加する為には寮姉の許可がいる。

 許可さえあれば、下級貴族だろうが、平民だろうが、誰もがお茶会へ参加する事が出来る。

 つまり、如何に寮姉に気に入られているか、最終課題はその成果を評価する為のものなのだ。

 学園が状況を整えてくれている中で寮姉との間に良好な関係性を築く。その程度の事も出来ない者に先はない。

 王女殿下のお茶会に出席した者と出席出来なかった者とでは、スタートラインの時点から大きな差が生まれる事になる。お茶会に参加出来なかった時点で落伍者の烙印を押される上、お茶会に参加した者同士の繋がりを得る機会を失う事になるからだ。

 教えられていない。教えてもらっていればちゃんとやっていた。そういう言い訳をする者が出て来るだろうが、その程度の事も推察出来ない間抜けや、推察出来ずとも寮姉との関係性を大切にしようとする人間力を持たない愚か者など、国家の中枢には不要だ。成長の可能性を考慮したとしても、最初からやるべき事をやろうとする者の方が期待値が高い。怠け者の背中を動き出すまで押し続ける程、この学園は甘くないのだ。

 もっとも、お茶会への出席は最低ラインだ。イザベルはその先へ進む為の招待状を受け取った。

 フレデリカは出席する側ではなく、もてなす側だ。そして、彼女に協力を求められた者もそちら側へ回る事を許される。ただ出席するだけでは、出席者同士のつながりを得て、王女殿下に名前を覚えてもらえる可能性がある程度だけれど、もてなす側に回れば王族とのつながりを得る事も出来る。そして、何よりも重要な点はフレデリカの力になれる点だ。

 彼女は将来、この国の王妃となる。ならば当然、数多くの側近を抱える事になる。そして、そこには必ず序列が生まれる事になる。その序列は彼女からの信頼感によって決まる。

 信頼を勝ち取る為には自らの価値を彼女に示さなければならない。その為には示すチャンスが必要だ。

 そういう意味で、ヘミルトン寮の生徒は実に幸運だ。お茶会を開くには相応の人数が必要になる。彼女と同寮というだけで協力を求めてもらう事が出来る。

 けれど、イザベルは彼女達を羨まなかった。なにしろ、自分はそこに居たから(・・・・・・・)ではなく、必要だから(・・・・・)求められた。

 

「イザベル、大丈夫? また、緊張して喋れなくなったりしない?」

「わたしが一緒だからね、イザベル!」


 唯一の難点はお節介焼き二人に取り囲まれている点だろう。


「まったくもって問題ない! アリーシャはさっさと戻れ! メッセンジャーとしての仕事は終わった筈だろう! エルも自分の心配をしておけ!」

「いやいや、ゲストのエスコートも仕事の内だしねー」

「わたしは大丈夫だよ!」


 この二人の事は嫌いではないが、正直に言うと苦手だ。

 

「とにかく! もう少し離れろ! 暑苦しい!」

「はーい!」

「はーい!」


 いい返事だ。素直な性格は彼女達の美点の一つだ。


「……さて、フレデリカ様への贈り物を用意しなければな」

「フリッカの? 食べ物がいいと思うよ?」

「うんうん。食べ物が良いと思う。あの子、食いしん坊だし」

「不敬だぞ、貴様ら!」


 あの花のように可憐でありながら、宝石の如く美しい美の化身に対して、言うに事欠いて食いしん坊と評するとは、不敬にも程がある。


「フレデリカ様には、やはり月の涙(ルネルアート)が相応しいと思うのだ!」

「なにそれ?」

「超高い宝石」

「……多分、フリッカはあんまりうれしくないんじゃないかなぁ」

「なんだと!?」 


 まるで自分の方が彼女を理解しているかのような態度にすごくイライラする。


「っていうか、イザベルがフリッカをフリッカって呼ぶ方が何より喜ぶと思うよ?」

「そうそう」

「そ、そ、そんなわけ……」

「っていうか、『フリッカとお呼びください』って言われてるのにフレデリカ様呼びする方が不敬じゃない?」

「ぐぬぬ……」


 息の合ったコンビネーションで追い詰めてくるアリーシャとエルフランに、イゼベルは歯ぎしりした。


「そもそも、貴様らはなんでそんなに息がピッタリなのだ!? さっき会ったばっかりなのだろう!?」


 アリーシャとは幼馴染だし、エルフランとは同室の中では一番仲の良い人間だと思っている。

 その二人が自分を差し置いて、すごく息のあったコンビネーションを発揮している光景を見ていると、なんだか、すごくモヤモヤしてくる。


「……なんでって言われても」

「そりゃねぇ」

「ほらまた! そうやって、二人だけで通じ合いおって! なんか、すごくムカムカしてくるぞ!」

「イザベル可愛い!」

「もう、大好き!」

「なんだ貴様ら!?」


 読めない。アリーシャとは赤ん坊の頃からの付き合いの筈なのに、二人の思考がまったく読めない。

 イザベルは頭を抱えた。


 ◆


 ルミリア・レントケリオンは困っていた。

 彼女の祖国であるポティファル教国にはお茶会という文化が無かったのだ。

 お茶会の作法など知らない。


「大丈夫です。わたくしがサポート致しますので」


 ルミリアにフレデリカからのメッセージを送り届けたイレーナ・ヒルデガードは不安そうな表情を浮かべる彼女を見て、胸を張って言った。

 同じだと思ったからだ。オリエンテーションの二日目、右も左も分からない状態の時の自分と彼女を重ね、あの時自分達に手を差し伸べてくれたフレデリカのように、彼女は手を伸ばした。


「あ、ありがとうございます」

「どうかお気になさらないでください」


 フレデリカに大役を任され、イレーナは張り切っていた。

 ヒルデガード家は父でようやく三代目になる歴史の浅い男爵家だ。

 ここで自分の価値を示す事が出来れば、ワンランク上の人生を歩む事が出来る。

 自分を政略結婚の駒としか考えていない父や母を見返す事が出来る。鈍臭いとバカにして来る姉にも二度と大きな顔を出来なくする事が出来る。

 その為にも、役に立ってみせる。単なるメッセンジャーでは終わらない。ルミリアの信頼を勝ち取り、彼女がフレデリカに快く協力するように促してみせる。


「お茶会は昼食後を予定していますから、それまでにお伝え出来る限りの事を御説明させて頂きます」

「よろしくお願い致します」


 ◆


 レイチェルは困り果てていた。

 彼女の目の前には地面に頭を押し付けるアメリア・イスルトの姿がある。


「あ、あの、頭をあげてください」

「申し訳ございません! 折角、フレデリカ様からお茶会へご招待頂いたにも関わらず、あの子ってば、今もどこを遊び歩いているのかさっぱり分からなくて!」


 どうやら、彼女と共に招待する予定だったシャシャ・シーライル・ウルクティンが朝から寮を抜け出して行方不明になっているらしい。彼女は相当な自由人らしく、捕まえるのは至難の業らしい。

 レイチェルとしては、フレデリカの意向通りにしたかったけれど、居ないものは仕方がない。

 フレデリカは事情を話せば納得してくださる方だと、彼女はここ数日の間に学んでいた。

 彼女は思っていたよりもずっと普通の女の子だ。だから、無理をせずに可能な範囲で指示に従う。それが結局、一番彼女の意に沿う行動になる筈だと感じた。

 まだ、少し距離が遠い。けれど、レイチェルはフレデリカと友達になりたいと思っている。それは彼女が次期王妃だからでも、公爵令嬢だからでもない。彼女が友達になりたい人間だと感じさせるからだ。

 

「大丈夫ですから! お茶会は昼食後ですし、どうしてもご都合が合わないようでしたら仕方がありませんし」

「か、必ずや捕まえてきます!」


 そう言うと、アメリアはすっ飛んでいった。フレデリカからは気弱な少女と聞いていたのだけど、そうは思えないくらいアグレッシブな子だとレイチェルは苦笑した。


 ◆


 レネはガチガチに緊張していた。

 最近、気の置けない友に囲まれていてすっかり忘れていたけれど、彼女はかなりの人見知りだった。フレデリカの指示を受けて意気揚々とヘミルトン寮を飛び出したものの、アガリア寮に近づくにつれて足取りは重くなり、入口前で固まってしまった。


「どうかしたのかい?」


 そんな彼女に声を掛けたのは優しげな少年だった。


「あ……、あの……、その……」

「君はレネ・ジョーンズだよね?」

「え? ど、どうして……」


 名前を当てられて動揺する彼女に少年はすまなそうに頭を下げた。


「驚かせてごめん。フレデリカ様の御友人の話を殿下から耳がタコになるくらい聞かせられているんだ」

「殿下……というと、アルヴィレオ皇太子殿下ですか?」

「そそ! 一方的に名前を知っているのはフェアじゃないし、名乗らせてもらうね。オレはバレット。バレット・ベルブリックだ」

「ベルブリック……、伯爵家の方ですか!?」


 レネは慌てた。ベルブリックと言えば、代々王宮騎士団の騎士団長を務めている家系だ。

 平民である彼女とは身分に天と地ほどの差がある。

 フレデリカやアリーシャ、ザイリンがあまりにもフレンドリーだから気が緩んでいた。

 この学園の生徒の大半は貴族であり、本来は自分如きが軽々しく声を掛けていい人々ではないのだ。


「いや、脅かすために名乗ったわけじゃないよ? 君の事はオレだけじゃなくて、殿下も知ってる。そんで、殿下はフレデリカ様にぞっこんだからさ、その御友人が困っているとなれば、助けなければオレに殿下の叱責が飛んでくるんだ。だから、哀れと思って、君を助けさせてくれないかな?」


 おどけた口調を作って、彼は自分が安心出来るように配慮してくれている。それは自分がフレデリカの友人だからだ。その事実に彼女は愕然となった。

 フレデリカの力になる為に来たのに、彼女の威光に救われてしまった。意図した事ではなくとも、自分がここで立ち止まった事が原因だ。それがとても恥ずかしかった。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫です!」


 レネは覚悟を決めた。これ以上はダメだからだ。彼女の友達として、彼女の威光を使う事など絶対にやってはいけない事だからだ。


「わたしはレイラ・アカイラム様にフレデリカ様からのメッセージをお届けに参りました。彼女にお取次ぎをお願い出来ますでしょうか? ベルブリック様」

「……承知致しました。少々、ここでお待ちを」


 バレットは彼女の意を汲むと共に、自らの言動を悔やんだ。

 彼女を助けたのはフレデリカの友達だからと言ってしまった。それは確かに事実なのだが、その為に彼女はフレデリカの威光を使ってしまったと恥じている。そういう子に対して、最悪な対応をしてしまった。

 自分の対応のせいで二人の関係がギクシャクしてしまったらどうしよう。そう考えると、穴を見つけて飛び込みたい気分だ。


「レイラ」

「ど、どうしたのですか? なんだか、顔色が優れないようですが……」

「ちょっと失敗してしまってね。それより、君にフレデリカ様からのメッセンジャーが来てる。寮の入り口で待ってもらっているから」

「フレデリカ様から!? かしこまりました! あの……、どうかお大事に……?」

「はは……、ありがとう」


 レイラの気遣いに苦笑しながら、バレットは小さく溜息を零した。

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