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第百六話『アルガリア』

 茶会室を出ると見知った顔があった。


「あなたは……」

「おお! フレデリカ・ヴァレンタインではないか!」


 そこに居たのはブリュートナギレスからやって来た留学生のシヴァだった。

 開口一番にシャロンと呼ばれなかった事に心底安堵した。


「お久しぶりですね、シヴァ様」

「様など付けるな、我が友よ。敬語も要らん」


 フレデリカは少し悩んだ。

 生まれ変わる前は男性として生きていた身の上として、男性の友人を得たいという欲求はある。加えて、シヴァの正体は宝王ガンザルディだ。彼の反感を買えば、アガリア王国は一刻と保たずに滅ぼされてしまう。それだけの力を持つものには慎重な対応が必要になる。彼が望むならば友としてフレンドリーな関係を築く事がベストに見える。しかし、フレデリカはアガリア王国の皇太子であるアルヴィレオ・アガリアの婚約者なのだ。次期王妃として、不貞を疑われるような行為は出来ない。相手が適度な距離感を保てる人物ならばともかく、シヴァは以前にフレデリカを抱き締めた事があった。あの時の対応を鑑みるに、彼に配慮というものを期待する事は出来そうにない。


「……そういうわけには参りません。シヴァ様と友好を深める事に異存はありませんが、ブリュートナギレスの重鎮であらせられる貴方様に対し、王国の次期王妃という立場にあるわたくしが礼を失する真似など……」


 フレデリカの言葉が途中で途切れた。それはシヴァが涙を流し始めたからだった。


「シ、シヴァ様!?」

「悲しいぞ。オレは悲しいぞ! 何故、そのようなつまらぬ事を言うのだ」

「つまらぬ事と申されましても……」

「立場とは己を示す記号に過ぎん。そんなものに縛られるな!」


 頭が痛くなって来た。彼は社会というものを全く理解していない。

 立場とは役割なのだ。一人一人が己の役割を全うする事で生まれる秩序こそが社会を形成する。

 その役割を放棄して秩序を見出せば混乱が生まれる。


「お、おい、大丈夫か?」


 エレインが心配してフレデリカに声を掛けると、彼女は曖昧に微笑んだ。


「その辺りにしておけ、シヴァ」


 どうしたものかとフレデリカが頭を悩ませていると仮面の騎士が現れた。

 彼の名はライ。フレデリカの護衛騎士であり、嘗ては勇者ゼノンと呼ばれていた男だ。

 

「おお、ライ!」


 ゼノンの名を出すのではないかと身構えたフレデリカはホッと息を吐いた。


「あまりフレデリカを困らせるな」

「むぅ……、しかしだな」

「相手を困らせる事がお前にとっての友情か?」

「……それは、その」


 ライの言葉にシヴァはすっかり小さくなってしまった。


「それと、お前の寮兄が探していたぞ。勝手にウロウロするな」

「おお、アイズか! いかんな、妙な気配を追っていてすっかりアイズの事を忘れていた」

「忘れるな」

「ああ、今度は忘れん!」

「そうしろ。彼はお前の兄だ。大事にした方がいい」

「いや、彼は兄ではないぞ」

「兄だ」

「ふむ、お前が言うなら……、兄なのか」

「そうだ」

「ふむ、説明を聞いてもイマイチよく分からなかったが、そういうものなのだな」

「そういうものだ」


 聞いていると何とも言えない気分になってくる会話を広げていたシヴァが唐突にフレデリカを見た。


「フレデリカよ、オレは兄に会いに行かねばならん」

「は、はい」

「これを渡しておく」

「え?」


 いきなりシヴァの手に剣が現れた。剣身だけではなく、持ち手や鍔の部分まで全てが白銀の金属で出来ている。思わず見惚れそうになるほど美しい。


「剣?」

「ゾディア・ヴライスやアリエル程ではないが、お前に馴染む筈だ。持っておけ」

「ゾディ? え? あの……」

「貰っておけ、フレデリカ。どうやら、何者かが潜り込んだようだ」

「何者か?」


 フレデリカは怪訝な表情を浮かべた。


「……正体が分からないのですか?」

「ああ、気配は感じるが正体を掴めていない」

「正体を掴めていないって、あなた達が!?」


 勇者ゼノンと宝王ガンザルディの目を掻い潜っているのだとしたら、それは相当な実力者という事になる。


「落ち着け、そこまで大きな問題ではない」


 青褪めるフレデリカにライが言った。


「いや……、だって! あなた達が正体を掴めない存在なんて……」

「オレの力は減衰している。シヴァも端末に過ぎないからな。お前が思っているよりも万能ではない。だが、それでも気配を感じ取れている」

「……だから、大きな問題ではないと?」

「そうだ。妖精達も協力してくれている。(じき)に見つかるだろう」


 ライがウソをつくとは思えない。けれど、フレデリカは不安を拭い切れなかった。

 

「ライ、わたくしなら……」

「必要ない」


 魔王の力を使えば調査に協力が出来るのではないかと考えたフレデリカの提案をライは言い切る前ににべもなく切って捨てた。

 フレデリカが不満そうに睨むとライは肩を竦めてみせた。


「お前は学業に集中していろ。侵入者はオレが対処する。それとも、オレが信用出来ないのか?」


 その言い回しはずるい。ライの正体を知り、信用が出来ないなどと口にする者は存在しない。

 それでも、シヴァに持たされた剣に不安を煽られる。


「……ならば、どうしてコレを持たせるのですか?」


 剣は戦う為の武器だ。つまり、ライとシヴァはフレデリカが戦闘を行う可能性を考慮している事になる。


「誤解するな。その剣はシヴァが前々から用意していたお前への贈り物だ。必要になるかは分からないが、護身用に持っておいて損はない」

「そ、そうなのですか?」


 フレデリカがシヴァを見ると、彼は大きく頷いた。


「友には剣を贈る事にしているのだ。ザルフィドールをルミリアが届けてくれたレリュシオンの炎で鍛えたものだ。ガイス・レヴァリオンやストレイヤー・クラヴェスに耐え切れるだけの耐久力を持っている。我ながら、中々の傑作を生み出せたものだ」


 シヴァの言葉には『ザラクの冒険』で登場した固有名詞が多数含まれていて、フレデリカは少し興奮した。

 ザルフィドールと言えば、ザラクの武器の一つである『破壊神(アンゼロッテ)の剣』の最終強化に必要なアイテムだ。ブリュートナギレスの最奥に存在するとされている希少鉱石なのだが、ザラク達が採掘に訪れた時は全てが掘り尽くされた後だった。最終的にはザルフィドールを鍛えた剣をラグランジアの宝物庫で見つけ出して、それを素材に最終強化を行うのだけど、その過程がとにかく複雑で大変だった。なにしろ、ザラクにとっての祖国の宝物庫へ侵入するのだ。手引きしてくれる者の中に裏切り者が混ざっていたりと最終強化のイベントに相応しい実に波乱万丈なストーリーだった。

 ガイス・レヴァリオンと言えば勇者の必殺技だ。ゼノンが技名を叫んでいる所は見た事が無いけれど、ザラクのシナリオに登場する勇者アルフォンスは確り叫びながら技を放っていた。本気の一撃はそれこそ次元を斬り裂くレベルらしい事も作中で語られていた。

 そして、何よりもフレデリカを興奮させたのはストレイヤー・クラヴェスだ。これはザラクの必殺技の一つだ。彼の最初の武器にして、最強の武器である『竜姫の籠手』を最終強化させると解禁される。この技の発動シーンがとにかく格好良かった。

 ザラクはその時、世界を滅ぼす要因を身に宿してしまった少女と行動を共にしていた。そして、彼女を殺す事こそが正義なのだと囁かれ、彼女を守る事は悪なのだと糾弾され、彼女を引き渡すように仲間からも諭された。それでも彼は譲らなかった。彼は彼女を守る為に彼女を殺そうとする者達に宣言した。


 ―――― お前達の意思など知るか! オレは守りたいんだ! だから、守るんだ!


 その言葉に呼応するように竜姫の籠手は光り輝き、すべてを斬り裂く爪撃を放った。その攻撃を目撃したオーリーという作中屈指の天才キャラがストレイヤー・クラヴェスという技の真価を見抜き、ザラクが守ろうとした少女を救う為の道を示す事になる。

 シヴァが現時点でストレイヤー・クラヴェスの名を知っているという事は、本来はシャロンの技という事なのかもしれない。だとすれば、自分にも使う事が出来るのではないかとフレデリカは少しワクワクした。


「……割り込んで悪いが、フレデリカに剣は無理じゃね?」

「ん?」


 話へ割り込んで来たエレインにシヴァは首を傾げた。


「見ての通りのか弱いお嬢様だぜ? 渡すならもうちょっとお上品な物にしておけよ」


 呆れたように言う彼女にシヴァは苦笑した。


「分かっていないようだな」

「あん?」

「フレデリカならば使いこなせる筈なのだ。それが分かっているからこそ、オレは剣を贈ったのだ。その曇った眼をよく拭う事だな」

「……喧嘩売ってんのか、テメェ」

「喧嘩だと?」


 シヴァは大口を開けて笑い出した。


「テメェ……」

「生憎だが、今のお前では喧嘩にならない。だが、実に愉快な娘だ。精進し、いずれは喧嘩が出来る事を願おう」


 わしゃわしゃとエレインの頭を乱暴に撫でた後、シヴァはフレデリカ達に背を向けた。


「テメッ!?」

「ではな! そろそろ、我が兄の下へ戻ってやらねばならん」


 去って行くシヴァをぐぬぬと睨みつけるエレインをフレデリカが宥めようとしているとライも彼女達に背を向けた。


「オレも調査に戻る。その剣に名を付けておけ」

「え? う、うん」


 首を傾げながらもフレデリカは素直に剣へ視線を落とした。


「えっと……」


 少し間を置いて、彼女は呟いた。


「アルガリア」


 それはザラクがラグランジアで発見する筈のザルフィドールの剣の名前だ。

 アルガリアは名付けられると共に光を帯び、小さくなっていった。そして、光の粒子となってフレデリカの腕に纏わり付くと、銀色の腕輪に変わった。


「名を呼び、剣になるよう念じれば剣に戻る。ではな」


 そう言い残し、ライは去って行った。


「……アルガリア」


 試しに呼んでみるとアルガリアはすぐに剣へ変わった。


「アルガリア」


 そして、腕輪に戻るように念じてみると素直に腕輪に戻った。


「アルガリアかぁ……」


 フレデリカはあまり考えないようにしていた事があった。それはゲームのフレデリカのゲームクリア後の事だ。アルヴィレオに婚約を破棄され、父が起こした反乱を止め、エルフランと共にラスボスへ挑んだ後、彼女はストーリーからフェードアウトしていく。けれど、その後も彼女の人生は続いていた筈だ。

 本来は知る術のない事柄だった。けれど、意図せずに情報という名のピースが集まって来ている。彼女が生きたゲームクリア後の世界で何が起きたのか、知ろうと思えば知る事が出来てしまう程に。


「……でも」


 フレデリカはその真実に背を向けた。

 彼女は自らの人並み外れた好奇心に蓋をした。

 それを遥かに上回る大きな感情によって……。

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