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第百五話『茶会』

 すっかりダウンしてしまったフレデリカを元気づける為にエシャロットは茶会を提案したけれど、エレインは渋い表情を浮かべた。


「茶会って、あれだろ? なんか堅っ苦しい格好して、堅っ苦しいポーズとか決めながら、堅っ苦しい話し合いをするっていう……」

「へ、偏見が凄いわね!?」


 ティナはあんまりなエレインの言葉に顔を引き攣らせた。


「まあ、そういう茶会が無いわけでもないけどねー」

「いや、ポーズの指定がある茶会なんて聞いた事ないわよ……」

「あるよ? 前に帝王学研究会が開催した茶会で足を組んだり、常に右手を額に翳したり、意味深な薄笑いを浮かべるよう指定されて楽しかったってミーシャが言ってたもん」

「……あの変人の巣窟ね」


 ティナは疲れたように溜息を吐いた。


「見てて飽きない子達だけどねー」


 クスクスと笑いながらエシャロットはエレインに向き直った。


「まあ、お茶会と一言で言っても色々なんだよ。わたし達だけでやるわけだし、堅っ苦しい事は何にも無しで楽しくお茶とお菓子を楽しむだけ。それでもイヤ?」

「それなら問題無しだ。この状態のお姫様を着替えさせたりポーズを決めさせたりするのは骨だと思っただけだよ。ほら、行こうぜ」


 エレインは未だにボケーっとしているフレデリカの手を取った。


「美味しいお菓子が待ってるみたいだからよ」

「お菓子!?」


 一気に目の輝きが戻り、エレインは吹き出した。


 ◆


 四人がやって来たのはヘミルトン寮の真上に聳える塔に設けられた一室だった。

 

「今回は貴女の言う堅っ苦しい事は抜きにするけど、いずれは堅っ苦しい事ありの茶会にも参加する事になるんだからマナーの授業は真剣に聞いておきなさいね」

「ゲェ……、マナーの授業!? そんなのあるのかよ……」

「当たり前でしょ。平民の出だとしても、アザレア学園の卒業者という肩書を持つ者には相応の教養や品格が求められるの。苦手だからと言って逃げ出すようなら来年度の名簿に貴女の名前はないわよ」

「ちぇー」

「慣れれば簡単だよ。分からない事があったら教えてあげるから、一緒に頑張ろ」


 フレデリカが言うと、エレインは「へいへい」と肩を落としながら頷いた。


「あらあら、フレデリカ様に対しては素直なのねぇ」

「うっせぇ」


 ティナにからかわれてエレインは真っ赤になった。

 それにしても、寮姉妹のマッチングを行った妖精は本当に優秀だとフレデリカは思った。

 大抵の貴族の令嬢はエレインの態度を許さない。きっと、最初に通された部屋で喧嘩になり、そのまま一日が終わってしまった事だろう。けれど、ティナはそれなりに厳しい事を言いながらも彼女の態度を柔らかく受け止めている。

 エシャロットとエレインが彼女をティナと呼んでいるからフレデリカもティナと呼んでいるけれど、恐らくはクリスティナというのが彼女の本当の名だろう。

 直接会ったのは今日が初めての事だけど、フレデリカは彼女の事を以前から知っていた。カトレア王妃の専属使用人であるエレノア・ルーテシアからアザレア学園に通っている従姉妹の話を聞いていたからだ。彼女から聞いていた身体的特徴や人格面とも一致している。


「じゃあ、お茶を淹れてくるから待っていてちょうだいね」

「あれ? 貴族は使用人に命じるもんじゃないのか?」

「今の時間、わたし達の使用人は別の所で仕事中なのよ。呼び出したら来てくれるけど、その分だけ彼女達の仕事が増えるし、準備が終わる頃には夕方になってしまうわ。それに、寮姉の為に茶会の準備をするのは寮妹の仕事の一つでもあるの。フレデリカ様は専属使用人がいるけど、貴女は違うでしょ? しっかり見て、仕事を覚えなさい」

「え? わたしが茶会の準備を!?」

「それだけじゃないわよ。寮妹の仕事はたくさんあるんだから」

「それ、サボったらどうなるんだ?」

「どうもならないわ。ただ、寮妹に何もしてもらえない哀れな寮姉が一人涙を流すだけね」

「ぐっ……」


 上手い。ティナはエレインの性格を見抜き、一番奮起する言葉を選び抜いた。


「丁寧に道案内をしてあげて、今また美味しいお茶とお菓子を御馳走してあげようとしている優しいお姉さまに妹の貴女はどういう対応をしてくれるのか、楽しみにしているわよ。エレイン・ロット」

「……ぐぬぬ」


 エレインはすっかり手玉に取られている。その姿がなんだかとてもおかしくて、フレデリカはクスクスと笑った。


「だぁぁぁ! 他人事じゃないぞ、フリッカ! お前だって、やるんだからな!」

「もちろん。お世話になった人に堂々とお礼が出来るんだもの」


 フレデリカの言葉にエレインは首を傾げた。


「……使用人にお礼をするのって、結構難しい事なのよ。どんなに恩義を感じていてもね」

「ふーん……」


 それからティナとエシャロットは手分けしてお茶とお菓子を用意してくれた。

 茶会室には菓子と茶葉が常備されているようで、二人は皿に盛り付けたり、お湯を沸かしただけだけど、それでもフレデリカとエレインにとっては特別な味だった。

 ゆったりとした時間が流れる中、エレインはクッキーを齧りながら言った。


「しっかし、アガリア王国の貴族って、聞いてたイメージと違うな」


 妙な言い回しだとフレデリカは首を傾げ、それから言葉の意味を吟味し、ティナに視線を移した。


「……あっ! エレインって、留学生?」

「留学生ってか、アガリア王国の国境外にある村から来たんだ。一応は国外だから、留学生になるのか……?」

「アガリア王国の国境外っていう事はクラバトール連合国の領土だから留学生で合ってると思うよ?」

「え? そうなのか? ってか、わたしの村って、そのクラバトール連合国って国に属してたのか……、知らなかったぜ」

「まあ、クラバトール連合国は連合国家だからね……」

「ん? どういう意味だ?」


 エレインにはピンと来ないようだ。


「元々、クラバトール連合国の領土は七つの小国に分かれてたんだよ。今は一つの国として纏まっているけど、権限が国家と地方政府で分散されているの。だから、ちょっとややこしいんだ」


 いわゆる連邦制による政治体制であり、国家は国防と国交、財政などの政策を主に担当し、地域毎の治安維持や医療整備、公共交通機関の運営などは地方政府に委ねられている。その為、地方によって様々な面にバラつきが生じてしまっている。魔法を伴わない通信手段が今よりも進歩すれば改善されていく事だろうけれど、今の段階では問題の多い政治体制だ。

 

「ふーん」

「って、ごめん。話を逸らしちゃったね。イメージが違うって、どういう意味?」

「ん? ああ、そのまんまだ。アガリア王国の貴族ってのはどいつもこいつも平和ボケして腐敗し切ってる連中ばっかりって話だったからな」

「……それ、よくわたし達の前で言えたわね。一応言っておくけど、相手によってはシャレにならないわよ」

「だろうな。でも、一応は知っておいた方がいいと思ってよ」


 ティナから向けられる鋭い眼差しをどこ吹く風と受け流し、エレインはフレデリカを見つめながら言った。


「アガリア王国は良い国だ。お前が王妃になるなら、これからもっと良い国になると思う。ただ、王国の外と中は違う。その事、忘れるなよ」

「……ええ、覚えておきます」


 フレデリカは友達としてではなく、次期王妃としてエレインの忠言をしかと胸に刻み込んだ。

 他国の者から見たアガリア王国の貴族に対する印象。それはフレデリカにとって得難い情報だった。なにしろ、本来は得たいと思って得られる情報では無いからだ。

 

「ありがとうございます、エレイン。それはわたくしが知っておくべきものです」


 ◆


 茶会の後片付けはフレデリカとエレインが行った。早速寮妹としての自覚を持ち始めた二人の背中をエシャロットとティナは満足気に見つめている。


「それにしても、フレデリカ様は不思議な方ね」


 ティナは呟くように言った。


「もっと浮世離れしている感じだと思ってたわ」

「……わたしも」


 ヴァレンタインのお姫様は皇太子の婚約者として現れるまで表舞台に一切顔を見せて来なかった。その存在は実に謎めいていて、社交界ではよく話の種になっていた。そして、実際に姿を現した時、そのあまりの美しさに多くの詩人が彼女を称える言葉として『月』を選んだ。美しくも神秘的な存在として。

 

「でも、話してみたら思った以上に普通の子だった……」

「エレインと話している時の方が普段よりもずっと自然だし、きっとアレが彼女の本当の顔なんだと思う」


 今も食器を洗うという作業をエレインと一緒に楽しげにこなしている。

 

「……彼女、王妃になりたいのかしら?」

「少なくともアルヴィレオ殿下の伴侶になる事は望んでいると思うよ。だって、二人はいつもラブラブだもの。それに……」


 エシャロットは目を細めた。


「エレインの忠誠を勝ち取ってみせた。フレデリカ様がアガリア王国の王妃となるに相応しき器を備えている事は確かだよ」

「……別にそこは否定してないわよ」


 ティナは小さく息を吐いた。


「ただ、心配してるだけよ」

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