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第百四話『オブリビテーク図書館』

 料理研究会『冒険者の食卓』でランチを御馳走になった後、フレデリカ達はクラブ棟を後にした。

 アレクサンドラから「いつでも歓迎致しますので是非またいらっしゃって下さい」という言葉を頂戴したので、また是非とも足を運びたいものだとフレデリカは思った。


「変な雰囲気だったが、飯は美味かったな!」

「雰囲気に関してはわたしの責任だよ。ごめんね、エレイン」

「お前が平気なら別にいいさ。ただ、キツくなったら言えよ? わたしみたいに粗暴な人間はそういう時に便利だぜ」


 その言葉にフレデリカは苦笑した。


「ありがとう、エレイン」


 彼女の優しさはフレデリカの心を暖かく包み込んだ。それまで胸の中で渦巻いていた不安や焦燥感のようなものが一気に薄れていくのを感じる。

 

「さあ、二人共! そろそろ次に行くわよ。覚えるべき事は山程あるんだから、モタモタしていられないわよ」


 ティナの言葉にフレデリカとエレインは声を揃えて「はーい」と答えた。

 

 ◆


 入って来た時と同じ出入り口からクラブ棟を出て、エシャロットとティナはフレデリカとエレインをヘミルトン寮がある方角の建物へ案内した。そこには商業施設が集まっていて、学用品や日用雑貨の類の他に娯楽用品なども販売されていた。


「当面必要な物は買い揃えてあると思うけど、足りない物はここで補充するようにね。あと、ここには学生が出店している店もあって、アルバイトを募集していたりもするわ」

「学生がお店を出しているのですか!?」


 目を丸くするフレデリカにティナが頷いた。


「例えば植物学で優秀な成績を修めた生徒には個人の庭園が与えられるのよ。そこで育てた花や薬草類を販売している生徒もいるわ。それから三年生から選択出来る上級薬学で教師から認められた生徒は早期に資格試験を受けられるから在学中に薬品を販売する生徒もいるわね」

「後は魔道具の研究会が研究成果の一部を販売していたりするよ」


 ティナとエシャロットの話を聞きながらフレデリカは立ち並ぶ店舗のショーケースを眺めた。

 本当に様々な店がある。見て回るだけでかなりの時間を浪費してしまいそうだ。


「とりあえず、ゆっくり見て回るのは次の機会にしましょう。次に行くわよ」


 揃って名残惜しげにショーケースを眺めているフレデリカとエレインをエシャロットとティナが引き摺るように次の場所へ連れて行った。


 ◆


 商業区画から少し歩くと地下へ向かう階段があり、降りていくと街一つがすっぽりと入ってしまいそうなほどの広大な地下空間に行き当たった。

  

「なんだこりゃ!?」


 エレインは目を丸くしている。

 無理もないとフレデリカは思った。この空間には奇妙な点が多過ぎる。

 まず目に付くのは空だ。地下空間である筈なのに、あるべき天井がなく、そこには空が広がっていた。太陽の位置も時刻的にズレは無さそうだし、雲の動きにも違和感を感じない。

 それだけでも十分過ぎるくらい異常なのに、奇妙な点はまだ他にもある。むしろ、地下に空がある事が大した事ではないのではないかと思わされるような異常があった。

 空を見上げた時、視界の隅に橋のような物が映り込んだ。その裏側を人が逆さまの状態で歩いている。それだけではなく、よく見ると壁を歩いている人もいる。まるで重力の方向があべこべになってしまったかのようだ。

 そして、何よりも奇妙な点はここが図書館である事だった。


「……あれは魔法なのですか? まるで重力が真上や壁の方に向いているかのようですが……」


 それ以外にはあり得ないと分かっていながらもフレデリカは問わずにはいられなかった。

 重力を完全に逆転させたり、特定の場所でのみ重力の方向を変えたりする。そんな事は魔法でも不可能だと思っていたからだ。

 そもそもアルベルト・アインシュタインが提唱した一般相対性理論によれば、重力とは物体の質量やエネルギーが周囲の時空を歪める事で発生する引力の事だ。

 質量が大きい物体程強い引力を発生させる以上、この星の引力に対抗する為にはこの星の重量を超える質量の物質を用意するか、電場と磁場を変化させる必要があるけれど、フレデリカが生まれ変わる前の世界において最大の威力を誇るペタワット級レーザーでさえも生み出せる時空の歪みは極小であり、重力の向きを変えるには全くと言っていい程に足りていなかった。

 科学的には絶対に不可能な事だ。けれど、エシャロットはアッサリと「そうだよ!」と答えた。


「彼らが歩いている部分だけ重力の方向が違うの」


 魔法は法則を塗り替え、不条理を条理とする理不尽だ。

 そういうものだと分かっていた筈なのに、フレデリカはまだまだ魔法という物に対する理解と認識が足りていなかったと思い知らされた。

 魔法に不可能はない。この光景にはそれを確信させるだけの説得力があった。

 転生した事よりも、竜姫シャロンに変身したり、空を飛んだり、ワープしたりするよりも彼女にとってはそれだけ衝撃的な事だったのだ。

 

「……魔法って、すっげぇ」


 思わずそう呟いてしまい、エシャロット達をギョッとさせてしまった。


「おいおい、わたしの口調が移っちまったのか?」

「……そうみたいですね」


 舌をペロッと出して誤魔化すと、彼女達はそれで納得してくれた。


「ちょっと歩いてみる?」

「是非!」


 フレデリカは壁を歩き、その奇妙な感覚に心をときめかせた。

 生まれ変わる前から勉強が大好きで、色々な本を読んで来た。そこで学び、絶対の真実と信奉していた物理法則を完全に無視している今の状況がおかしくて、彼女はウキウキと胸を踊らせた。

 もっともっと学んでみたい。魔法について、フレデリカはまだ初歩的な事しか学んでいなかった。この学園で本格的に学ぶ為の下地を作った程度だ。


「エレイン。いっぱい勉強したいね」

「そ、そうか……?」

 

 エレインは怪訝な表情を浮かべた。


「ここで学ぶべき事はたくさんあるからモチベーションは高く持っていたほうが良いわよ」


 ティナの言葉にエレインは「へーい」とやる気の無い声で答えた。

 その姿に苦笑しながら歩いているとエシャロットが面白い話を聞かせてくれた。


「この『オブリビテーク図書館』はこの学園が出来る前からここに存在していたそうだよ」

「学園が出来る前からですか?」

「うん。歴史考察研究会が前に発表してた考察によると、アザレア学園どころかアガリア王国が建国されるよりもずっと昔に建造された可能性が高いんだってさ」

「そんな昔からあるようには見えないぞ?」


 エレインの言葉にフレデリカも同感だと頷いた。確かに壁や地面には歴史を感じさせるものがあるけれど、それでも歴史的建造物のような雰囲気は感じられない。


「それは維持の為の魔法が幾重にも重ねられているからみたいね」


 ティナが足元の壁(・・・・)に触れながら言った。


「この重力があべこべになる魔法もだけど、現時点では全貌を解明出来ていないのよ。研究はされているみたいなんだけどね」

「おいおい、そんな所を使ってて大丈夫なのか?」

「危険性があれば、ここはとっくに閉鎖されているわよ。数百年もの間、広過ぎて迷子になる生徒やここを使って悪巧みを働こうとする生徒が出る事以外に問題は殆ど起きていないわ」

「ふーん」


 エレインは胡散臭そうに上を見上げ、図書館全体を見下ろした。


「……にしても、変な感覚だな。そろそろ戻らね? 他の所にも行くんだろ?」


 彼女の言葉にフレデリカもうんうんと頷いた。前に空があり、後ろに地面がある。その感覚はとても奇妙で、どうにも落ち着かない。慣れてくれば平気になるのかもしれないけれど、今は一刻も早く立ち去りたい気分だった。

 それなのに、エシャロットは事もあろうにこう言った。


「もうちょっとだけ我慢してね」


 その言葉に揃って「えー」と言う寮妹達にエシャロットとティナは顔を見合わせて苦笑した。


「だったら、ちょっと振り返ってごらんなさい」

「え?」


 言われた通りに振り返ってみた。そして、ゾッとした。


「あっ、う……ぁ」

 

 地面は遥か彼方にあった。落ちる事はないと分かっていても、その距離に足が竦む。

 フレデリカは何度か空を飛んだ事があったけれど、その時は常に魔王再臨を発動させていた。翼を生やし、自らの意思で空を自在に舞う事が出来たからこそ、高所に対する恐怖を抱かずに済んでいた。けれど、翼を持たない状態では勝手が違った。

 

「大丈夫だよ、フリッカちゃん」


 エシャロットが腕を掴んで無理矢理振り向かせてくれた。地面が視界から外れたおかげで少しだけ恐怖が薄れた気がする。


「もうちょっと歩けば別の出入り口に辿り着けるからさ!」

「べ、別の……?」

「うん!」


 フレデリカはエシャロットに手を引いて貰いながら恐る恐る先へ進んだ。

 今の自分はあまりにも情けないと自覚していても、一人では立っている事すらままならなかった。

 そのような状態だったから余計に恐怖の時間は長引いてしまい、出口の扉に辿り着いた時には涙目になっていた。そして、扉を潜った途端に上下左右の概念が本来の姿を取り戻し、フレデリカはよろよろとへたり込んでしまった。


「……地面にいるって素晴らしい」

「おーい、大丈夫かー?」

「だいじょばなーい……」


 魂が抜けかけている状態のフレデリカにエレインはやれやれと肩を竦めた。

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